36-9.対抗手段
「へーちゃん、ようやく寝てくれたみたいね」
結局、今日はルネルに引き渡さず自分で見守る事にした。
正直少し怖い気持ちもあるけど、私にしがみついて怯えるへーちゃんを見ていたら無理やり引き剥がす事なんて出来なかったのだ。
あとまあ、ルネルにはエルフの国へ向かってもらう必要もあった。
セフィ姉とエルヴィ、それに長老の件を頼む事にした。
長老が何をどの程度憶えているかはわからないけど、諸々誤魔化してもらう必要もあるのだ。
それに加え、諸々のお説教も翌日に回される事になった。
それまでにはへーちゃんをルネルに引き渡せると良いのだけど。
「もう妹が出来ちゃった」
私越しにへーちゃんを覗き込むハルカ。
完全に眠るまで近づかないでいてくれたけど、何だかんだ気になっていたらしい。
『違うわ。
これはハルカの妹なんかじゃない。
アルカの要素は欠片も残っていないもの』
「じゃあアルカも娘と認めないって事?
そんなの可哀想じゃない?」
『ようしんぎ』
『たくらん』
『みたいなもの』
「そんな言い方はあんまりだよ!」
「落ち着いて、ハルカ。
へーちゃんが起きちゃうわ」
「……ごめん。
それで、アルカはどう思ってるの?」
敢えて私の気持ちは読み取らないつもりらしい。
今回は言葉で答えてほしいようだ。
もしかしたら、ハルカは怖いのかもしれない。
自分とへーちゃんを重ねているのかもしれない。
「娘……ではないかもね」
「……そっか」
「でも、放り出すつもりはないわ。
娘ではないけど、伴侶の妹だもの。
つまり私の義妹でもあるのよ」
取り敢えず、無下には出来ない。
混沌ちゃんから報復されたら堪らないとかって理由も無いわけじゃないけど、それ以上にニクスと似た少女をぞんざいに扱う事なんて出来るはずがない。
どうせ私の事だから、抵抗があるのも最初だけだろう。
すぐにこの子の事も可愛がるはずだ。
アリスの時と状況に大きな差があるわけでもない。
ハルカの誕生経緯とだってそうだ。
なんなら、自分の娘と認識する事だって可能かもしれない。
「……なら私の叔母さん?」
「……さあ?」
ニクスとハルカも、一応義理の母娘にあたるけども。
とは言え、ハルカも何れは私の伴侶になるのだし……。
まあ、うん。深くは考えるまい。
「でも良かった。
アルカがそう言ってくれて」
へーちゃんを覗き込むのを止めて、私に抱きつくハルカ。
「大丈夫よ。
あなたが妹だと言うのなら、それはそれで付き合ってあげるから。
ハルカはハルカなりの方法で、この子に向き合ってあげてね」
「うん。ありがとう。お母さん」
珍しく母と呼ぶハルカ。
どうやらたまにそんな気分になるようだ。
『結局こうなるのね。
流石に甘すぎるのではないかしら』
『しゃあない』
『この子の場合どちらに置いておくべきなのかしら。
アルカ世界?それともニクス世界?』
『えらべない』
『どのみちきけん』
『きっと』
『こんとん』
『なんでもあり』
『よりしろ』
『かんし』
『ようと』
『いろいろ』
『だから』
『ルネルのそば』
『いがいない』
『まあ妥当なところよね。
ニクスも異論は無いようだし』
「いっそアルカが完全に口説き落として、混沌ちゃん対策にすれば良いんじゃないの?」
ハルカって、そういうとこはクレバーよね。
へーちゃんを蔑ろにするのは反対だけど、利用する事は賛成なようだ。
ハルカ自身そういう認識でいるからなのだろう。
私の為に生まれ、私の為に存在している事も、娘である事とは別に受け入れているからなのだろう。
『わるくない』
『対抗手段にはなるかもしれないわね。
少なくとも、そのヒントくらいには』
ハルちゃんとイロハも賛成か。
ならまあ、わざわざ反対するつもりもないけども。
「けど、先ずは言葉を教えなきゃだわ。
口説くための言葉が通じないんだもの」
「アルカなら別に関係なくない?」
『必要ないわ。アルカなら』
『アルカ』
『わすれてる』
『アルカとへー』
『かみさま』
『とくせいパス』
『いしのそつう』
『かんたん』
なるほど。
自分より格上の神すら隷属させる理不尽パスがあるのよね。
それが言葉でしか命令出来ないとも思えない。
このパスは普通のパスとはまるで違う。
なにせ、原初の神のお手製だ。
魔術的な繋がりなんかとは比較にもならない。
言うなれば、この世に敷かれたルールそのものだ。
ニクス世界や私世界、それ以外の数多ある世界その他諸々全てを包括するレイヤーの、更に下層に描き足された何かなのだ。
少なくとも、ハルちゃんはそう仮説を立てた。
そんなパスが、私とへーちゃんの間にも結ばれている。
あれ?
本当にそれだけ?
混沌ちゃんは、自分を差し出すと言ったのよ?
それも、今回で二回目だ。
多分だけど、あれは本気で言っているはずだ。
なのに今回は、土壇場になって全てはあげられないと言い出した。
今回の功績では、丸ごとは無理だと言っていた。
おそらくだけど、混沌ちゃんにも何かしらのルールは存在するのだろう。
それがニクスとの約束によるものなのか、混沌ちゃん自身が課している制約なのか、はたまた混沌ちゃんを超える何かが存在しているのかはわからないけど、対抗手段があるとしたらそれを利用するしか無いのだろう。
へーちゃんはその為に"使える"のではないだろうか。
へーちゃんとしてではなく、あくまで混沌ちゃんの一部として扱えば、その先は何時でも混沌ちゃんに繋げられるのではないだろうか。
『あり得ない事もないけれど、その場合十中八九罠よね。
少なくとも、混沌ちゃんが思い描いた絵図通りに動くことになるのは間違いないわ』
『わざわざ』
『だした』
『ヒント』
『そして』
『れんらくしゅだん』
『そうみえる』
まあ、普通に考えたら無視一択よね。
「まさか本気で混沌ちゃんを従えるつもりなの?
流石にあれは無理だと思うけど……」
「別にそこまで考えてるわけじゃないわ。
単に混沌ちゃんの思惑がどこにあるのか知りたいだけよ。
例えばこれから先も、度々褒美と称して分割した混沌ちゃん自身を送りつけてくるつもりなのかも。
そうやって長い時間をかけて、自身の全てを私の下に集めるのかなって」
『正気の沙汰じゃないわね。
一体どれだけかかるのよ』
『そうでもない』
『てはある』
『アルカが協力すればって話でしょ』
「どういう事?」
『へーを融合させれば良いのよ。
ハルとは違って、完全に取り込む形でね。
もちろん他に送り込まれてくる欠片達も全てよ。
単純計算でアルカの力は倍々よ。
少なくとも隷属契約より遥かにロスは少ないわ。
それで段々と混沌ちゃんとアルカの差も埋まっていくの。
普通に受け取るよりずっと短い時間で、混沌ちゃんと力関係を逆転させられるでしょうね』
「そんなの、私が消えて無くなりそうだけど」
『ええ。そうなるでしょうね。普通に考えれば。
けれど、そこで混沌ちゃんの目的の話になるわけよ。
仮に混沌ちゃんの最終目標がアルカに自分の仕事を引き継がせるとかなら、アルカの自我を消させないような仕掛けも仕込んでいるのではないかしら』
「そうかなぁ?
どっちでも変わらないんじゃない?
上書きされた私でも、今いる私でも。
混沌ちゃんにとっては」
『最後まで続けてほしいと思うはずでしょ?』
「まあ、そっか。そこも書き換わっちゃ意味ないのか。
と言うか、別に全部取り込ませる必要も無いのよね。
契約可能な範囲まで力を移し終えたら、後は本人の言う通り、本当に私のものになるつもりなのかも。
案外、愛しの愛娘であるニクスと過ごしたいとかそんな理由なのかもね」
『これまでの言動を思えばあり得なくもないわね。
ニクスと同じような制約があるなら、嘘をつく事も難しいのでしょうし』
「力がありすぎるというのも考えものね」
『明日は我が身よ。
それに、そういう意味でもへーを取り込むのはお勧めしないわ』
「するわけないでしょ。そんな事」
『そう仕向けられないよう、気を付けなさいな』
「大丈夫よ。イロハが守ってくれるもの」
『ハルも』
「私も!」
私の心のセキュリティは万全だ。
もちろん、心だけじゃない。
ついにあのルネルすら味方についてくれた。
セレネは一体何を話したのだろう。
ルネルがあんな口実に乗っかってまで動かざるを得ない理由とは何なのだろう。
まあでも。
混沌ちゃんが何を企んでいるにせよ、きっと乗り越えていけるはずだ。
私には頼りになる家族がいっぱいいるのだ。
だからきっと大丈夫。




