36-7.取り消し不可
「何よ、この状況。
何でもう、その子アルカに懐いてるの?」
戻ってきたセレネがらしくないことを言い出した。
普段なら、アルカだし当然って言いそうなものなのに。
私の膝の上に収まった少女は、セレネをちらっとみてから再び私の胸に顔を隠した。
もう、さっきからずっとこの調子だ。
どうやら人見知りを発症したらしい。
私にコアラのように抱きついて、離れようとしないのだ。
「大丈夫よ、へーちゃん。
このおねーちゃん、とっても優しいからね~」
「なんですって!?」
「!?」
セレネの大声に、へーちゃんがビクッと肩を震わせた。
セレネはノアちゃんとニクスを引っ掴んで、再び何処かへ転移した。
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「ちょっとノア!どういう事よ!
まさかあれの名前って!」
「……すみません……セレネの想像通りです……」
「どうしてそうなってんのか聞いてんのよ!!
ニクスもよ!あんた達二人してなにしてんのよ!!」
「止めようが無かったんだよ……。
アルカが突発的に一度口にしただけで、名前が定着しちゃったんだ」
「あんた、アルカの思考覗いてるんじゃなかったの?」
「覗いてたよ。別に何時もじゃないけど、さっきは当然。
けど、浮かんだ瞬間に言葉にされちゃたら、止めようが無いんだよ……かと言って、出来れば事前には……」
「慎重になり過ぎて肝心なところでやらかしてたら、笑い話にもならないわ」
「ですが、既のところで最悪の事態には至りませんでした。
あの子の名前は、へーメラです。ヘメラではありません」
「一応、私達の計画に支障は無いはずだよ……」
「安心できるわけないじゃない!」
「「ごめんなさい……」」
「まったく。よりによってどうしてそうなるのよ……」
「そう言えば、ノルンが言い出したのですよね。
ニクスの妹と思って名付けてくれとかなんとか。
別にヘメラはニクスの妹ではありませんが、それをキッカケに連想したのでは?
ノルンも計画を知っていたはずなのに、何故あのような迂闊な発言をしたのでしょう。
まあ、私達も特に気にせず話に乗ってしまったので、ノルンもその可能性に気付かなかっただけかもしれませんが」
「「……」」
「少し外すね」
「任せるわ」
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慌てて戻ってきたニクスは、今度はノルンとミーシャを掴まえて転移してしまった。
ノアちゃんとセレネもまだ戻っていないので、部屋の中には私とへーちゃん、それにルネルだけが残された。
「アルカ。わしの負けを認めよう。
一瞬であろうとも、完全な無力化を成し遂げたのは事実じゃ」
え!?
突然何!?
いえ、さっきセレネが何か言ったのはわかるけど!
なんでそんなあっさり!?
「じゃからわしも協力してやろう。
その娘、わしに預けよ」
「えっと……良いの?
私としては助かるけど……」
流石に混沌ちゃんの一部を側に置く勇気はない。
かと言って、始末するわけにもいかない。
ルネルが付きっきりで見ていてくれると言うのなら、これ以上に心強い事もない。
「よい。わしもお主の伴侶じゃ。
好きに使え」
「いや、べつに伴侶ってそういうものじゃ……え?伴侶?」
「何じゃ?
そういう約束じゃったろうが」
「え?いや?え?」
「そうかそうか。
あの程度ではお主が納得出来んという事じゃな。
ふむふむ。良い心がけじゃ。見直したぞ。
なれば仕方ないな。
残念じゃが伴侶の話はまたの」
「ちょ~っと!待ったぁ!!!
受ける!受け入れる!
ルネルも今すぐ私の伴侶!お嫁さん!!
決定!はい決定!取り消しなんてさせないわ!!」
「!?」
あ、ごめん、へーちゃん。
「なんじゃ。折角見直しかけたと言うに。
がっかりじゃのう」
「ルネルに失望されようがなんだろうが、こんなチャンス逃してたまるもんですか。
どうせルネルなら私の事許してくれるもんね♪」
「……」
「そんな蔑んだ目で見たって意見変えないからね。
ルネルが言い出した事なんだから。
自分の言葉に責任持ってよね」
「ふむ。良いじゃろう。伴侶という立場は認めよう。
じゃが、わしと触れ合いたければ都度一本取ってみせよ。
一度毎に、必ず別の手段でのう」
「なにその法外なレート!?
無茶言わないでよ!?」
「何じゃ?
その程度の覚悟も無しに、わしの伴侶を名乗るつもりなのか?
わしも随分と甘く見られたものじゃのう」
「屁理屈が過ぎるわ!
甘く見てないから無茶だって言ってるんじゃない!
ルネルこそいい加減みっともないわよ!
一度認めたんだから変なゴネ方しないでよ!」
「じゃが、お主は許してくれるじゃろう?
お主の言葉を借りるならば、お主に失望されようがなんじゃろうが、という事じゃな」
「許さないわ!
罰として、いっぱいキスしてやるんだから!」
「ならばわしも許さん。
罰として、たっぷりしごいてやるのじゃ」
「望むところよ!
その程度で受け入れてもらえるなら、いくらでも付き合うわ!」
「……」
「……」
『早速イチャイチャし始めたわね』
『私、ルネルを倒して手に入れる為に生み出されたんじゃなかったの?
結局、アルカが自分で射止めちゃったの?』
『だいじょうぶ』
『ルネル』
『まだまださき』
『もくひょう』
『かわらない』
『それもそっか。
どうせちゃんと勝つまではやるんだろうし』
『それで良いと思うわ。
もうアルカ自身の原動力なんて関係なく強くなれるんだし、目標が無くなったとかも心配する必要無いものね』
「……」
「……」
『まだ無言で見つめ合ってるわ。
これも二人きりの世界ってやつなのかしら』
『その割には色気が無いよね』
『まるでけっとう』
『さきにうごいた』
『まける』
違うわよ!




