36-6.取り扱い注意
追加でノアちゃんとセレネも加わって、私のベットに寝かせた混沌ちゃん(仮)を囲んで話を始めた。
一通りの経緯を話し終えると、ノアちゃんは深い溜息をついた。
「諸々の罰は後で考えるとしましょう」
「むしろお手柄と考えるべきかもよ?
お母様相手に一矢報いるなんて、私だって不可能だもん」
一矢報いたのはルネルだけどね……。
私は全然関係ない理由でルネル呼び出しただけだし……。
ルネルパネェ。
「それはそれよ。
アルカが出かけなきゃ、混沌ちゃんは干渉してこなかったはずでしょ?」
はい……。
多分そうだと思います……。
混沌ちゃんも目的は私だって言ってたし……。
「ううん。そんなはずはないよ。
突発的に一矢報いるのは不可能でも、私だってお母様対策はずっと続けてきた事だもん。
いくつかの約束で、この世界とアルカへの直接的な干渉が出来ないよう縛ってきたの。
けど、今回はそれを掻い潜ってこの世界の中で好き放題してきたんだから、相応の準備をしていたはずなんだよ」
でも、混沌ちゃん。
これで手を出してきたの三度目だよ?
一応本人も、ニクスとの約束だから不味い的な事は、前に言ってたけども。
でもあれ、大して気にしてるようにも見えなかった。
「つまりアルカが出向く前から長老に取り憑いていたと?」
「そういう事じゃなくてね。
エルフの長老はたまたま相性が良かっただけ。
例えアルカがずっと家にいても、今度はセフィとか別の誰かを依り代にしただろうって話だよ」
「ああ、そういう事ね。
ならやっぱり分けて考えるべきね。
無駄に出かけたせいで長老に迷惑をかけたのだもの。
後で頭下げに行かなくちゃ」
「ダメじゃ。余計な事を伝えるでない」
「ルネルの言う通りだよ。
お母様の存在を無闇に広めるのは無しだよ」
なんか妖怪みたいな扱いね。
「ならその辺はルネルに任せるわ。
どの道、後でもう一度行くのでしょう?」
「うむ。
心配するでない。
わしに任せよ」
ごめん、長老。ルネル。
代わりに後でルネルに頭下げるから……。
「うん。わかった。
それで、これどうしよっか。
今の内に封印しとく?」
「セレネ、そんな方法思いつくの?」
「知らないわ。
ニクスこそ思いつかないの?
ノルンでも、アルカでも、シイナでも、誰でも良いわ。
どう考えても厄介事でしかないもの。
今のうちに蓋をしておくべきじゃないかしら」
「不可能よ、セレネ。
混沌ちゃん様の分け身が、そう容易く制御出来るはずがないわ」
ノルン、相変わらずその呼び方なんだ。
混沌ちゃん嫌がってたのに。
でもなんか、娘達には甘いのか結局許してたのよね。
その娘達からは、なまはげ扱いされてるけど。
「そもそもこの子、どういう存在なの?」
皆の視線が縮こまる私に集まった。
どうやら説明を求められているようだ。
とは言え、私もよくわからない。
ハルカとも違い、もう完全に私とは別の存在だし。
「えっと、私の分体に混沌ちゃん自身を流し込んだみたい。
それで、入るだけくれたっぽい?
あと一応、ニクス達と同じように私に隷属してるみたい。
取り敢えず、パスは繋がってる。
代わりに分体として元々あった繋がりは完全に消えてるけど」
「ならまあ、本当にごく一部ってところなのかな。
多分お母様としての意識すら持ってないんじゃないかな」
ほんとぉ?
ニクスの言う事信じて良いのぉ?
「アルカ」
「ごめん」
「こはる。お母様の言う通りよ。
混沌ちゃん様とは比べ物に成らない程ちっぽけだもの。
精々、欠片としか呼べない代物でしょうね」
ノルンが言うなら間違いないね。うん。
それはそうと、お母様、お母様じゃ、何かごっちゃになるから、今だけ名前で呼び合わない?
「そう言えば、ノルン。
勝手にごめんね?」
「何を謝ってるのかしら。
別に気にする必要はないのよ。
私もとっくに、こはるの物だもの」
「うん。ありがとう」
「もう!
アルカ反省してるの!?
ノルンとイチャイチャしてる場合じゃないでしょ!」
ニクスが私の片腕にしがみついてきた。
私はニクスをくるっと回して、逆に片腕で抱きしめ返した。
「欠片ちゃん、神の座で引き取ったりとかはどう?」
「出来るわけないでしょ。
あそこが乗っ取られたら洒落にならないよ」
「なら、ルネルの」
「あほう」
せめて最後まで言わせて……。
「そう言えばルネル。
抱き寄せ魔法使われたのよね?」
「……それがなんじゃ?」
セレネ?
どうして今その話を?
「つまり、アルカにいいように使われたのよね?
これって、負けを認めるべきじゃないかしら」
は?え?
何言ってるの?
「……何故わしに押し付けたい?
理由を話せ」
「ここでは話せないわ」
「うむ」
ルネルとセレネの姿が掻き消えた。
二人でどこかに転移したらしい。
"私に"秘密の話をしに行ったのだろう。ぷんぷん。
率先して話を進めていたセレネが席を外した事で、その場に暫しの静寂が訪れた。
「この子は、混沌ちゃんとアルカの娘なのでしょうか」
沈黙を切り裂いて、ノアちゃんがボソリと呟いた。
「う~ん。
アルカの要素は残ってないと思うよ?
多分全部溶かして器にしただけだと思うし」
ひぇっ!?
ニクス!怖い事言わないでよ!
「そうですか。良かったです」
再び沈黙が続く。
なんだろう。この空気。
「うっ~う~ん?ん?」
そんな中、少女がようやく目を覚ました。
伸びをして、辺りを不思議そうに見回している。
「……?」
「「「「「?」」」」」
「もしかしてこの子、喋れないのでは?」
今度はミーシャが呟いた。
私は試しに少女に近づき、視線の高さを合わせて話しかけてみた。
「えっと、おはよう。
私はアルカ。
わかる?」
「?」
どうやら本当に通じていないらしい。
混沌ちゃんをくれるという話だったけど、くれたのは本当に一部だけだったようだ。
一体どういうつもりなのだろう。
この子を新しい依代にでもするつもりなのだろうか。
「この子、なんて名前にしよっか」
「アルカ……反省してます?」
「ごめん……でも……」
「まあ良いです。
どの道放ってはおけませんから」
「うん。ありがとう、ノアちゃん」
「この子の事、お母様の妹と思って名付けてみなさい」
「ニクスの?
混沌ちゃんがくれたのは、娘だったって事?」
「まあ、あながち間違いでもないよ。
アルカの世界の神話でも、神が自らの一部から子を成すのは珍しくもないでしょ」
「なるほど。たしかに」
「ノルンちゃんにとっては、叔母様にあたるんですね。つまり私にとっても。
叔母様~ミーシャちゃんですよ~優しくして下さいね~」
猫なで声を出しながら近づいていくミーシャ。
直後、少女が振り抜いた腕に吹き飛ばされた。
「ぐへっ」
潰れたカエルみたいな音を出しながら、叩きつけられた壁から床に落ちる。
ノルンが慌てる事もなく、ゆっくりと歩み寄って介抱を始めた。
やっぱノルンって天使よね。
他の誰も、動こうともしなかったわよ。
私もだけど。まあ、ミーシャなら大丈夫。
「驚きました。
とんでもない膂力ですね。
しかも今の、神威まで纏ってましたよ」
冷静に少女の一撃を分析するノアちゃん。
確かに容赦の無い見事な一撃だった。
よっぽどミーシャが気持ち悪かったのかしら。
少女は私の正面に駆け寄り、ガシッと抱きついてきた。
一応、今は加減してくれているようだ。
一瞬ヒヤッとしたけど、絞め千切られるような事はなかった。
ところでニクス?
何で今、避けたの?
私の事、守ってくれないの?
「なんかもう懐いてません?」
「刷り込みってやつなのかな?」
「神にもそんなのあるんです?」
「さあ?
多分無いと思うけど」
何だかなぁ。呑気だなぁ。




