35-38.猶予
「どうかね。
この国の対応は。
アルカ殿の率直な意見を聞いてみたい」
おかしい。
とっくに本題は終わっているのに、この侯爵様中々解放してくれない。
あなた忙しいんじゃなかったの?
私と敵対してる貴族達の元締めだったんじゃなかったの?
別に仲良くしたいってんなら無下にするつもりもないけれどさ。
アリアとルイザちゃんの事もあるんだし。
それはそれとして、この状況はなんなのかしら。
侯爵の態度からは、敵意なんて微塵も感じ取れない。
実はリリカが洗脳でもしておいたとか?
『してないわ。
それより問いに答えてあげて。アルカ様』
は~い。
この国の対応ねぇ。
当然、リリカが流したアスラの情報に関する話よね。
この場合どう答えるべきなのかしら。
私達は意図して混乱を引き起こさせるために、ギルドにまで情報を流したのだ。
その辺りすっとぼけて、客観的な評価を下して良いものなのかしら。
「お粗末ね」
私達の目論見通りとはいえ、いくら何でも簡単に踊らされ過ぎよ。
もっと冷静に対処出来る人はいなかったの?
リオシアがギルドとちゃんと連携出来ていたなら、ラヴェリル送り込む事だってなかったのに。
「唯一評価できる点があるとすれば、全て私達の思惑通りに動いてくれた事くらいかしら。
あの男を取り逃がしでもしていたら、面倒な事になっていたもの」
まあ、そんな事はありえないけど。
念入りに罪悪感を植え付けておいたし。
放っておいても、そのうち自首したんじゃないかしら。
「ふむ」
何やら考え込んでいる。
特段予想外っぽい事は言ってないと思うんだけど?
「アルカ殿はかの組織をどう見ている?
既に取るに足らぬ敗者に過ぎぬと?
それとも今なお力を溜め込み、虎視眈々と再起の時を待つやっかいな者達だと思うかね?」
この侯爵様、随分と情報通なようだ。
ギルドからも色々抜いているのだろう。
確かに私達も情報は流したけど、アスラの件と結びつけて考えられるのはごく一握りのはずだ。
そもそも私達は関与を名言したわけではない。
あくまでこの王都で悪さをする連中の名簿と犯罪歴を流したに過ぎないのだ。
この質問は、それを確認する意味合いもあるのだろう。
自身も間接的に与したことは把握しているのかしら?
以前、アスラの一人がルスケア伯爵に近づいて魔道具を提供していた事がある。
その際起きた事件を揉み消していたのがこの侯爵だ。
なんだったらアスラとも関係があるのかと思ったが、特にそういう事も無いらしい。
少なくともリリカが調べた限りでは、その手の証拠が出てくる事は無かった。
そもそもルスケア伯爵とアスラの関与自体、あまり大っぴらにされているものでもないはずだ。
この侯爵は何をどこまで知っているのだろう。
取り敢えず、対岸の火事と放っておくつもりはないようだ。
自分にも関係のある事と認識して、徹底的に調べ上げたのだろう。
場合によっては足元すくわれかねないものね。
そう考えるとなんとなくわかってきたかも。
この侯爵は、アスラと私達の関係性を知りたいのね。
私達が何故そこまでしてアスラを追っているのかとかも。
自分に矛先が向くのでは無いかと恐れているのかしら。
いやでもこの人、それ以前に直接私に敵対してるんだった。
なんか眼の前にするとそんな態度が全然無いから、うっかり忘れかけてたけど。
「どちらかと言うのなら後者ね。
あの組織が厄介な存在であるのは確かよ。
少なくとも、本気で攻め込まれたらこの国はおしまいよ」
「今なおそれだけの戦力を隠し持っていると?」
「ええ。
後何回出来るのかはわからないけどね」
そもそも既に強力な魔道具が尽きている可能性もある。
結局、現時点の全体像を把握しようがないから、残りどれくらいと問われてもわからないのよね。
昔ギルドが派手に引っ掻き回してくれたせいで、折角本拠抑えたのにかえってややこしくなってしまった。
「ふむ」
またも何やら考え込む侯爵。
大丈夫よ、心配しなくても。
私達が守ってあげるわ。この国のついでにね。
だからそろそろお暇していい?
こちとら、よく知らないおじさまと長々話す趣味は無いのよ?
しびれを切らして言葉にしようとした瞬間、応接室の戸をノックする音が聞こえてきた。
「只今戻りました、お父様」
部屋に現れたのはルイザちゃんだ。
どうやら学園が終わって、たった今帰宅したらしい。
「アルカ殿。突然すまないな。
この子は我が娘、ルイザだ。
貴殿の娘子とも親しいと聞いている。
何より、貴殿に対しても並々ならぬ興味を抱いているようでな。
勝手なこととは思うが、少し話をしてやっては貰えないだろうか?」
……え?
まさかこの展開は!?
めっちゃ見覚えあるやつだよ!?
『アリアが何て言うかしら』
絶対お叱りパターンは回避するよ!
つまりここで話すのは得策じゃないよ!
『アルカにしては冷静ね』
当然でしょ!アリアとは密約があるんだから!
そうでなくとも、お嫁さん泣かしたいわけじゃないし!
「悪いけど、日を改めても良いかしら?」
「え!?」
心底ショックを受けたという顔をするルイザちゃん。
さっきまでニッコニッコしてたのに。ごめん……。
「ルイザちゃんには、是非我が家に遊びに来てもらいたいと考えているの。
生憎今日は別件で用があるし、何より今からでは時間も少ないものね。
取り敢えず、週末あたりでどうかしら?」
ルイザちゃんの表情がぱぁっと明るくなった。
「ああ。構わぬとも。
ならば、これ以上引き止めるわけにもいくまいな」
まったくよ。今更過ぎるわ。
別に本当に用事があるわけでもないけど。
そもそも今も我が家では分体達が代わりを果たしている。
この外出は秘密のやつだからね。
バレるわけにはいかないのだよ。
ルイザちゃんの件も、あとでアリアと口裏合わせておかなきゃだわ。
ルイザちゃんには、アリアから伝えてもらうとしよう。
アリアが協力者になっていたのは幸いだったわね。
説明が面倒になるところだった。
それからようやく解放された私は、ストラトス侯爵家を後にした。
自室に戻り、リリカに今更過ぎる質問を投げかけてみた。
「そう言えば聞いてなかったけど、肝心なお母様の扱いはどうなってるの?」
メルクーリ家の減刑ってどの程度なのかしら。
侯爵とリリカで話がついていた事なので、わざわざ改めて確認しなかったのよね。
とは言え、知らないままで良い事でもないのだ。
必要なら、クリスタさんの受け入れも検討しなきゃだし。
『今すぐの取り潰しは免れたわ。
理事長の職を追われるような事もない。
けれど、メルクーリ家はクリスタの代でお終いよ。
クリスタのこれまでの功績と国に尽くしてきた実績を鑑みて、猶予付きのお家取り潰しってところかしら』
いやそれ、素直に喜べないやつじゃん……。
『仕方ないのよ。
娘は出奔、息子は重犯罪者。
その上、元々他の子供もいなかったのだもの』
むむむ。
確かにそれは……。
でもなぁ。なんだかなぁ。
『贖うべき者に贖わせるのでしょう?
この件に関しては、クリスタにも全く罪が無いとは言い切れないわ』
そうね……。
とにかく、暫くグリアの様子にも注意しないと。
この事はきっと近い内に知ってしまうでしょうし。




