35-37.確執と対価
「やだな~。
行きたくないなぁ~」
今日はルイザちゃんの父、ストラトス侯爵との面会だ。
早くもメルクーリ家の減刑が成されたらしい。
それで約束通り、侯爵に会いに行く事になったのだ。
しかも侯爵のお願いを何でも一つ聞くとかいう、嫌な予感しかない用件で。
いくら何でも早すぎない?
まだ依頼してから数日しか経ってないわよ?
手を回す程度じゃなくて、もう解決までしてくれたの?
流石に強引に事を進めすぎじゃない?
色々疑問はあるけれど、リリカがもう大丈夫だと言っているので大丈夫なのだ。きっとたぶん。
『雑に放り投げすぎよ。
そんな調子で思考放棄していては、早々にボケてしまうわよ?』
うぐっ……。
『今回ばかりは仕方ないわ、イロハ様。
元はと言えば私が情報を絞っている事が原因だもの。
どうしても嫌なら私がアルカ様のフリして行ってくるわ。
気にしないで。そもそもアルカ様に出張ってもらう事の方が、私達チハちゃんズの存在意義に反しているのだもの。
けれどそれでも、出来れば今回だけは力を貸して欲しい』
「勿論リリカがそう言うなら行くけどね……」
なにやらリリカには考えがあるらしい。
私が直接出向いて話す事自体に意味があるようだ。
こっちは別に思考放棄してるわけじゃなくて、何故かリリカが教えてくれないのだ。
なんかリリカもリリカで私にやらせたい事があるっぽい。
『アルカは主なんだから、リリカの勝手を咎めたって良いのよ?』
「別にそういうんじゃないでしょ。
結果良ければ全て良しよ。
リリカが立てた計画に私も従うわ」
『ありがと♪
アルカ様♪』
まあ、何時までもゴネていたって仕方ないものね。
とにかく話を聞いてみよう。
私は私らしく対応すれば良いだけって話だし。
「直接乗り込んじゃって良いの?」
『まだ少し待ってて。
先ずは私が侯爵の前まで行くわ。
そこにアルカを呼ぶようにするから』
「りょ~」
暫く待っていると、リリカから合図が送られてきた。
私はリリカの示す座標に転移した。
「私がアルカよ。
今回の件、助かったわ。
それで?対価は何をお望みで?」
「いきなりだな。貴殿は。
まあそう急くな。
先ずは腰を据えて話をしよう」
「あら?
私の事はお嫌いでは無かったの?」
「私個人に想うところはない」
どゆこと?
「これはどういう事かな、アスモ殿。
貴殿の主は状況を把握していないようだが?」
「閣下の求めに応じる為には、その方が都合が良いと判断致しました」
「……正気かね?」
「はい」
「……まあよい。
貴殿の考えにも一理ある。
この件は私の口から直接話すべき事だ。
素直に気遣いを感謝しておくとしよう」
「恐縮です」
何やら通じ合っている様子の二人。
相変わらず話が全然見えてこない。
「アルカ殿。
対価の内容を伝える前に一つ話がある。
貴殿と我が家の確執についてだ。
率直に言って、その確執を取り除きたい。
どうかね?賛同してもらえるだろうか?」
なにそれ?
確執も何も、私は別になんとも思ってないけど?
あなた達が勝手に敵視してきただけじゃない。
しかも我が家のって、随分と人ごとな物言いね。
自分はなんとも思ってないけど、今までは立場上仕方なく私を敵視していたとでも?
そんな筈ないでしょ?
あんた娘から見てもわかるくらい、個人的に私を敵視していたはずでしょ?
私がこの国の王族と近づいたから、手の平返す事にしたの?
しかもこれ、対価とは別の話でしょ?
流石に虫が良すぎると思わないの?
いや待て。落ち着け。
どう考えてもバカにしてるとしか思えない話だけど、リリカも納得している事なのだ。
なら何か裏があるはずだ。
私はどう答えるべきなの?
リリカは何を望んでいるの?
侯爵の本心と目的は?
いくら何でも情報が少なすぎるわ。
この状態で考え続けたって正解なんて出しようがない。
ならもう、リリカの言った通り私の心のままに答えを出すとしよう。
もう頼みは聞いてもらった後なんだし、不興を買ったところで痛くもなかろう。
そもそも、現時点ではまだ私とストラトス侯爵家は一応敵対関係なんだし。
「興味ないわ。好きになさい。
五年も前のつまらない嫌がらせの事になんて、今更目くじら立てるわけないでしょ」
「……ふっ。
そう言ってもらえて何よりだ」
何か今一瞬笑った?
バカにしてるとか、上手くいって嬉しいとかそう言うんじゃなさそうだけど。
「では話を進めよう」
随分あっさりね?
さっきの件を自分で言う必要があるって、謝罪したいって意味じゃなかったの?
私はあなた達みたいに、何でもかんでも察せる程頭良くないのよ?自慢じゃないけどさ。
「対価として求めるのはルスケアだ。
私が彼の地を掌握するのに助力してもらいたい」
ルスケアかぁ。
別に協力は良いんだけど……良いの?
セレネの方、影響出ない?
「……目的は?」
「この国の安定の為だ」
「冗談でしょ?
あなたの仕事では無いはずよ?」
ストラトス侯爵はリオシア王国の法務大臣だ。
王都に住まう重臣ではあっても、統治者ではない。
もしかしたら貴族としての領地も持ってるのかもしれないけど、ルスケアまで求める意味がわからない。
というか、この国の王でもない私に助力を求めるという事は、欲しているのは領地の所有権ではなく、ルスケア伯爵を制御したいという話に過ぎないはずだ。
何にせよ、法務大臣がやるべき事とも思えない。
掌握した上で国に献上でもするつもりなのかしら。
「ふむ。
本来の職務と直接的な関係を持たない事は確かだ。
しかしそれだけでは無いのだよ。
職務以前に、私はこの国に忠誠を誓った臣下の一人だ。
彼の地の暴走は見過ごせんのだよ」
どうだか。
政治的に利用価値があるからとか、そっちの方が納得出来るわよ。
「……条件があるわ」
「聞こう」
「今のルスケアをそのまま利用する事は認めないわ。
それはつまり、この国が私の名を使って好き放題する事と同義だもの。
掌握が済んだら早急に私を崇める宗教を解体なさい」
「今まで放置していた割には正しい判断だ」
うっさいやい!
「良かろう。必ず成し遂げると約束する。
もとより、こちらの望むところでもある」
「それで?
具体的に何をすれば良いの?」
「簡単な話だ。
教主に私の存在を認めさせるのだ。
私の言葉は貴殿の言葉なのだと、神託でも下してやればよい」
「流石にその方法は認められないわ。
例え一時的にでも、私の言葉を代弁する事は許さない」
私はこの世界の神の代行者なのだ。
私の言葉はニクスの言葉でもあるのだ。
その辺り、慎重に立ち回らなければならない。
「一旦持ち帰らせてもらっても良いかしら?
こっちでも方法を考えておくから」
「構わん。
どのみち今すぐに動ける事でもない」
これもあっさりしてるわね。
本当にこんな流れで良かったのかしら?
リリカは何を黙っている必要があると思ったの?
いい加減、諸々説明してもらわないとだわ。




