35-32.思い出
「それで!それで!」
「セフィったら私に抱きついて!」
「ストップ!
その話はおしまいだよ!エル姉!
もう勘弁してよ!」
「「え~~~」」
「え~じゃないよ!
アルカもアルカだよ!
今日はデートしに来たんでしょ!
何普通にエル姉とまで仲良くなってるの!?
まさかまた浮気するつもりなの!?」
「そんな人聞きの悪い事言わないでよ。
私だってデート中くらい弁えるわ。
ここで手を出すわけないじゃない」
「一人だったら手を出してたの!?」
「あらあら!まあまあ!」
「何でエル姉も満更じゃ無さそうなのさ!」
「ふふ。そっちじゃないわ。
セフィの反応が可愛らしかっただけよ♪」
「だよね!だよね!
セフィ姉可愛いよね!」
「「ね~!」」
「もう!もう!もう!
何なの二人して!
いい年した大人が集まってなに話てんのさ!」
「あら。まるで人間のような事を言うのね。
やっぱり外で暮らすと意識も変わるものなのかしら」
「セフィ姉ってなんだかんだ真面目だよね。
普段はチャランポランなのに」
「アルカ!?
そんな風に思ってたの!?」
「そうよ、アルカさん。
セフィは普段は楽しいこと優先で我儘ばっかりなくせに、妙なところだけ義理堅いの。
だから、シルフィーさんが亡くなっても帰ってこなかったのね……本当にバカな子なんだから」
突然堪えきれなくなったように、涙声になってセフィ姉を抱きしめるエルヴィさん。
先程シルフィーさんの事を話した時は落ち着いて聞いてくれていたけれど、色々と我慢できなくなったようだ。
セフィ姉はどうしていいかわからないといった感じで手を彷徨わせている。
助けを求めてきたセフィ姉の視線に首を横に振って、自分でなんとかするよう返しつつ、手の動きで抱きしめ返すよう促した。
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「ふふ。ごめんなさいね。
恥ずかしいところを見せてしまったわ」
「ううん。こっちこそごめん。
いっぱい心配かけて……。
それと、ありがとう。
気にかけてくれて」
「もう。セフィったら。
まだ泣かせ足りないのかしら?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「ふふ」
セフィ姉の頭を愛おしげに撫でるエルヴィさん。
エルヴィさんはセフィ姉の親戚だそうだ。
セフィ姉のお父さんの従兄弟の娘さんだから、えっとなんだっけ?はとこ?
セフィ姉のお父さんは早くに亡くなっており、近所に住んでいたエルヴィさんが、幼いセフィ姉の面倒を見てくれていたらしい。
エルヴィさんとセフィ姉は同年代にしか見えないけれど、エルヴィさんの方が百年程年上なようだ。
エルフの親戚関係ってなんか凄いのね。主に年齢差が。
かと言って特別親戚が多いわけでも無いみたいだけど。
まあ、人間と同じ感覚で子供産んでたら、すぐに国に収まりきらなくなるものね。
エルフは人間の十倍以上の寿命があるんだし。
どうやらセフィ姉が親しくしていた人はそう多いわけでもないみたいだ。
そもそもセフィ姉がこの国に住んでいたのは、本当に子供の頃の短い期間だけだったようだ。
まあ、エルフ基準の短い期間だから、私達からしたら十分長いけども。
シルフィーさんはこの国に居た頃から何やら実験にかかりきりだったらしい。
父もおらず、母も多忙なセフィ姉だったが、エルヴィさんのお陰で寂しい子供時代を過ごさずに済んだそうだ。
セフィ姉にとっては半分母親みたいな人らしい。
そんな事情もあって、セフィ姉はエルヴィさんに頭が上がらないようだ。
「何でそんな大切な人の名前、すぐに出てこなかったの?」
「いや!ちが!
別に忘れてたわけじゃなくて!」
「ふふ。わかってるわ、セフィ。
私がセフィの事を片時も忘れなかったように、セフィだって私の事を忘れた事なんてなかったはずよね♪」
「うっ……」
あ、これガチで忘れてたわね?
いやまあ、二百年前だもんね。
確かにセフィ姉は義理堅いけれど、記憶力に関しては疑惑があるのだ。
何故か十五年程前にいたはずの旦那さんの事をあまり覚えていないらしい。
私に気を遣ってそういう事にしている可能性もあるけど、エルヴィさんの件と合わせて考えるならやっぱり少し妙な気もする。
本人が拒絶したため記憶の調査までは行っていないけど、もう少し真剣に取り組むべき問題なのかもしれない。
ただセフィ姉本人がその件には乗り気では無いので、出来る事なんてルネルに相談するとかくらいしか思いつかないけど。
『多分必要ないと思うわよ。
セフィの気持ち、なんとなくわかるもの』
どゆこと?
イロハも年長組としての意見が?
『セフィは抱え込みきれなかったのよ。
愛した人との別離の記憶を。
姉と慕った人と二度と会えなくなったのだもの。
何時までも覚えておくより、存在そのものを忘れてしまう方が気楽に決まってるじゃない。
旦那の方も同じでしょうね。
そっちはまだそう時間は経っていないから、特別嬉しかった事くらいは覚えてるみたいだけど。
母の件もそういう事なんじゃないかしら。
何故母が魔力を求めたかとか、実は知っていた事を忘れているのではない?』
う~ん?
本当にそうなのかなぁ……。
エルヴィさんも言ってたけど、セフィ姉って結構義理堅いよ?
お世話になった人の事忘れちゃうかなぁ?
『別にそんなの矛盾しないわよ。
自分の意思で忘れているわけではないもの。
きっと単なる防衛本能よ。
脳が勝手に処理してしまっただけ。
セフィにその自覚は無いわ。
本当に魔術的に処理していたのなら、こうして思い出す事も無かったはずよ。
けれどセフィはエルヴィを見て思い出した。
思い出話にだって付いてこれているの。
つまり忘れてしまっただけで、消えたわけではないの。
母の方も、何か見れば思い出すんじゃないかしら』
う~ん……。
イロハの意見もわからなくもないけど……。
それだと、エルヴィさんだって同じじゃない?
セフィ姉の事、忘れてなかったよ?
『そんなの、誰でも一緒なわけないでしょ。
世の中、ニクスのように何でもかんでも抱え込む人だって存在しないわけでも無いわ。
まあ、そんな人達はどこかで道を踏み外したり、心を壊してしまったり、最悪自らの命を絶ってしまったりして、そう長くは生きられないでしょうけど。
当然、そこまで極端でなくともあまり忘れない人だっているでしょうね。
取り敢えず、エルヴィの場合は心配なさそうよ。
そもそも、何時かセフィが帰って来るとでも信じ続けていたんじゃないかしら。
もしくは、セフィが極端に親しい人を失い過ぎているだけで、エルヴィにはそういう経験が少ないから、まだ防衛本能が働いていないのかも』
エルフの寿命なら……って、そうか。
エルフ同士なら先に誰かが亡くなるのも、人間同士とあまり変わらないのか。
外で暮らしていたセフィ姉は、普通のエルフ達よりずっと多くの人を亡くしているのだろうし。
なら長老の事は?
長老の事は普通に覚えてたよ?
『単に接点が少なかったからでしょ。
その相手に特別強い思い入れがなければ、逆に忘れたりしないのよ』
それは……悲しすぎるよ……。
『そうでもないわよ。
忘れられなければ、ニクスのように全てを抱え込む事になるわ。
そんなの、エルフにだって耐えられるわけがないのよ。
言っておくけど、これは決して人ごとではないのよ。
アルカ達にも何れは訪れる事なの。
たった二、三百年程度の人生でも影響が出る事なの』
……うん。
『けれど、特別に気にする必要は無いわ。
そういうものだと知っておきなさい。
これはただそれだけの話しよ。
それでもどうしても嫌だと言うのなら、ミユキのように魔術的に管理するしかないわ。
望むなら私とハルがやってあげる』
……そのうち考えとく。
『良い子ね。
それで良いわ。アルカ』




