35-30.禁忌
「おはよう!セフィ姉!
調子はいかが!
今日は待ちに待ったデートの日だよ!」
「よかった。忘れて無かったんだね。
昨日何も言ってこないから少し心配してたんだよ?」
「え?そうだったの?
な~んだ。
ならセフィ姉からも言ってくれたら良かったのに~!
あはは~!セフィ姉って意外と照れ屋さんなんだね~!」
「なんか変にテンション高くない?
やましいことでもあるの?」
「ないない!
楽しみすぎて浮かれてるだけよ!」
「そっか。ふふ」
セフィ姉!可愛い!
何その笑顔!それはズルいって!
「早速だけど、行きたいところはあるかしら!
なければエスコートさせてもらうわ!
安心して!プランはバッチリよ!」
昨晩慌てて詰め込んだやつがね!
「あ、えっと。
実は行きたいところがあるんだ。
ルネル経由で許可は貰ってるから」
え?許可?ルネル?何の話?
「それじゃあ行こっか」
「えっと?
どこに?」
「もちろん、エルフの国だよ?
長老に挨拶行こうよ。
本当は私入っちゃダメなんだけど、アルカが行くのに付いていくだけだなら、まあ、今回くらいは許されるから」
突然どうしたんだろう?
もしかして何か教えてくれるつもりなのかな?
セフィ姉のお母さん、シルフィーさんの件と何か関係があるのかな?
とにかく行ってみよう。
単に里帰りしてみたいだけだって構わない。
セフィ姉が望む事を私が叶えてあげられるのなら、迷うことなんて何一つ無いはずだ。
「わかった。
エルフの国ね。
なら、取り敢えず国の側に転移するから」
「うん。お願い」
私はセフィ姉の手を握ってエルフの国へと向かった。
何時ものようにエルフの国がある森に入ったところで、見張りから声をかけられて、国の入口まで案内された。
その間、案内役のエルフ達はセフィ姉の方を見ようとはせず、言葉を交わす事も無かった。
初めて見る態度だ。
悪意は感じないけれど、当然好意的でもない。
どちらかと言うと、バツの悪さと戸惑いみたいな感じだろうか。
こんな態度は取りたくないけど、決まりだから仕方なくみたいな感じに見える。
あと、何かはしごを外された感じというか、期待を裏切られた?もなんか違うし、何か、がっかりしているのに近い戸惑ったような空気も感じる。
なんだろう。この感じ。
この世界のエルフは、基本的に陽気で気さくな人達だ。
陰湿なイジメみたいな事を好む人達ではない。断じて。
なら、何か理由があるのだろう。
種族特有の、何か決まりごととして説得力のあるものが。
なんとなくセフィ姉が国に戻れない事は私も知っていた。
けれどその件に関してルネルは、セフィ姉が気にする必要は無い事だとも言っていたのだ。
たぶん、セフィ姉が国を離れる事になったのは、母親であるシルフィーさんが関係しているのだろう。
セフィ姉自身は追放を当然の事と受け入れているようだ。
少なくとも、これまで自分から国に戻りたいとは言ってこなかった。
今までこの国が人を追い出そうとしたのを直接見たのは、レヴィとルビィの件くらいだ。
長老も、あの二人に関してはハッキリとこの国に置いておく事は出来ないのだと言っていた。
レヴィには人間の血が半分流れている。
ルビィは獣人だ。
という事は、エルフの国には純粋なエルフしか住まわせられないのだろうか。
だがそうでもないようだ。
私やノアちゃんが一年以上滞在する事は普通に受け入れられていた。
あくまで一時的な滞在だから許されていたのかと思いきや、どうやらそうでも無いらしい。
ノアちゃんが私にエルフの国で一生暮らそうと言いだした時には、ルネルもその意見に同調して、国ぐるみで守ってやろうとまで言っていたのだ。
あのルネルが、その場のノリの軽口で不可能な事を言うはずはない。
実現可能な事ではあるはずだ。
なら、必ずしもエルフ以外を住まわせる事が出来ないわけでもないのだろう。
いやでも、私の場合は特別なのかも。
かつて私がこの国で成した事に起因しているのかも。
あのレベルでなければ居住を認められないのであれば、実質的に不可能に近いだろう。
エルフ達は人間より遥かに強大な力を持っている。
そもそも自分達で出来ない事などそうそう無いのだ。
「久しいね、セルフィー」
考え事に集中しすぎて、気がついた時にはセフィ姉と一緒に長老の前で座っていた。
「ご無沙汰しております。長老」
出禁状態でその挨拶もどうなの?
あと、セフィ姉の敬語って違和感凄いのよね。
普段があれだし。
いやまあ、ルネルと再会した直後もこんな感じだったし、元々敬語は普通に使える人なんだろうけども。
ただどうしても、私のセフィ姉のイメージとは乖離してしまうのだ。
流石に失礼ね。これ以上は止めておきましょう。
「本当にね。
何百年ぶりかしら」
「そこまでではございません。精々二百年程度です」
だとすると、セフィ姉は人生の大半を国の外で過ごしていたのね。
この国に居たのは生まれてから数十年くらいのはずだ。
「そうね。それくらいだったわね。
それで?
今日は改まってどうしたのかしら」
「ご挨拶に伺いました。
この度、アルカと結婚致しましたので」
「あらあら。おめでとう。
出来る事なら盛大にお祝いしてあげたいのだけど。
ごめんなさいね。セルフィー」
「お止めください!
長老が謝罪するような事ではありません!
こうして再びこの地に踏み入る許可を頂けただけで十分なのです!」
「この子は。
まだそんな事を」
長老もルネルと同じように、セフィ姉が戻る事は問題ないと思ってるの?
でも、さっきお祝いは出来ないって。
ダメだ。考えてもわからん。
「長老、セフィ姉は何したの?
というか、セフィ姉のお母さん?が何かしたの?」
「「……」」
何ぞその反応?
ここまでこうして連れてきて、眼の前で言い合っておいて、結局説明してくれないつもりだったの?
「シルフィーは……」
「……」
長老は話始めたところで、少しセフィ姉に視線をやって、セフィ姉が止めるつもりが無いと確認すると、そのまま話を続けた。
「シルフィーは魔力を得てしまったの。
今のセルフィーと同じように」
え?
「この国に魔力を持つ者を長く置いておく事はできないの。
というより、長くは居られないのよ。
数日程度で影響の出るものでも無いけれど、一生となると無理がある。それが例え人の一生程度であっても。
おそらくアルカは、自身の持つ魔力量が膨大過ぎて影響がないのでしょう。
それにノアとセレネは魔力を持っていなかった。
けれど、普通の者達は次第に体調を損なっていくものよ。
この国の魔力は少し特殊だから。
シルフィーはそれをわかっていて、自ら魔力を得たの。
セルフィーはそんなシルフィーについて国を出る事を決めたわ」
それでレヴィとルビィは……。
それにセフィ姉まで……私と契約したから……。
「セフィ姉……そんな事一言も……」
「気にしないで。
言わなかったのは私の意思だよ。
契約には驚いたけど、拒絶するつもりは無かったし。
そもそも今長老が話してくれたのは、あくまで裏の本当の理由だよ。
表向きには、魔力を得る事と魔力を持つ者を正式な許可なく国に引き入れる事は禁忌なの。
私の母はその禁を知っていて破った。
私は母と共にありたかった。
だから二度とこの国には戻らない覚悟で外の世界に飛び出した。
ただそれだけの事だよ。
だから、アルカとの契約は関係がないんだよ」
「……お母さんはどうして?」
「……わからない。
結局長くは生きられなかったから」
「え!?
まさかセフィ姉も!?」
「ううん。それは無い……と思う。
少なくともルネルは大丈夫だって」
「そっか……よかったぁ」
「セルフィーはシルフィーの事を聞きたくて戻ったのかい?」
「いいえ。
その理由は自分で見つけ出してみます。
今日は、デートに来ました。
私の思い出の場所を愛する人と共に見て回りたいのです」
「ふふ。そうかい。
なら好きになさいな。
それと、帰る前にもう一度ここへ寄っておくれ」
「はい。感謝します。長老」
私は諸々感情が追いつかないまま、セフィ姉に手を引かれて長老の下を後にした。




