35-25.刺激
「いや!これ!疲れるよ!
普通に無茶だって!!」
もう一人の分体を生み出して全ての現場を任せ、本体の私は自室のベットに倒れ込んだ。
『とか言いつつもう一人増やしてるじゃない』
「処理能力は問題ないんだよ!ハルカのお陰で!
けどメンタルが保たないよ!
気疲れは鍛えてもどうにもなんないよ!」
九つの現場同時進行は無茶だって!
処理能力が足りてたって、精神的な負荷も九倍なんだって!
ハルカの担当分は随分マシだけどさ!
というかこんなん想像出来たことじゃん!
誰か気付いて止めてよ!
『そんな事無いよ!
鍛錬で克服出来ない事なんて無いんだよ!アルカ!
アルカに出来ないなら私が頑張るよ!』
この熱血ちゃんめ!
『ハルカ』
『いうとおり』
『いずれなれる』
『ハルも』
『いつも』
『いっぱい』
『でもなれた』
「そうだった!!
ハルちゃんは既にこれくらいやってるんだった!!」
『無茶は無茶よ。
ハルと一緒にしてどうするのよ。
アルカは一応まだ、ギリギリかろうじて、たぶん人間なんだから。
少なくとも精神性は』
イロハちゃん?
何でそんな自信無いの?
と言うか分体作戦にはイロハも賛同してたよね?
そうやってコロコロ意見変えるの良くないと思うの。
イロハって意外とお調子者だよね。
『アルカが私の期待に応えられなかっただけじゃない。
本心では「この程度で弱音吐くなんて」と思ってるわ。
その上で、アルカに気を遣って言葉を濁してあげただけ。
私が素直じゃないと文句を言う前に、そういう気遣いに気付いてほしいわね』
うぐっ……ごめん……。
『でもイロハ』
『すこしだけ』
『すなお』
『なった』
「そうね。
さっきので私の愛も伝わったみたい」
『アルカ!どういう事!?』
しまった!
ハルカも聞いてるんだった!
『むう!!
なにこれ!!
何で呼んでくれなかったの!?
私だけ仲間外れにして楽しみ過ぎだよ!!』
しまった!
記憶読まれた!!
『もうもうもう!!
もう!イロハ可愛いなぁ!!!』
そっち!?
というかやっぱあなたそういう感情持ってるんじゃない!
『当然でしょ!
私はアルカの分身だもん!』
それはそう!
「いやでも!
イロハの事は母や師としか思ってないって!」
『それはそれ!
アルカだって娘や姉に手を出してるじゃん!』
ごもっとも!
『次は絶対私も呼んでよね!
というか今から一緒に行くよ!
でないとイロハと二人きりの時に襲っちゃうよ!』
いや、流石にイロハが簡単に押し倒される事は無いと思うよ?無いよね?イロハ?
『……』
イロハちゃ~ん?
『勘違いしないでよ!アルカ!
私が迫るのはイロハだけじゃないよ!
アルカとハルもだよ!
ハルとイロハはともかく、アルカにならいくらでも隙があるんだよ!
それに私にハーレム乗っ取られるのを心配するより、私をハーレムに加えて満足させておくべきだと思うよ!』
なん……だと……。
いやまあ、うん。
もうわかってたけどね。
娘認定イコールお嫁さん入りって事も。
いや、おかしいのは自覚してるんだよ?
でもほら、私は一度自分のものだと認識した相手を放っておけるはずもないし。
時間の問題だったのは間違いない。
とは言えだ。
け・れ・ど!だ!
流石にまだハルカへそんな感情を抱くのは無理だよ!?
つい数時間前に娘として認知したばっかだよ!?
そもそも顔は私だよ!?
子供時代とは言えだよ!?
『むぅ!
アルカは顔でお嫁さん選ぶんだ!!』
「人聞きが悪すぎるわ!!」
『事実でしょ!
私の顔には興奮できないってだけの話じゃん!』
「そんな単純な話じゃないってば!」
『それだけだよ!
きっと私がノアに変身すれば興奮してくれるはずだよ!』
「ちがっ!」
『違わないってば!
今日は誰の気分?
ノア?セレネ?レーネ?ニクス?
誰でも良いよ?
私が変身してあげるよ?
アルカのしたい事、何でもしてあげるよ?
それで私の事も愛してくれるんでしょ?
私いっぱい頑張るよ?
皆になりきれるよう、いっぱい練習するよ?
だから受け入れてよ!
良いでしょ!アルカ!』
「……ハルカ?
突然どうしたの?
さっきまで本当にそんな感情持ってなかったんでしょ?
泣き出しちゃった事と関係があるの?
それとも私と記憶を共有したせい?
イロハやハルちゃんの光景にあてられちゃっただけ?
落ち着いて、ハルカ。
私も落ち着くから。
一旦ちゃんと話し合いましょう。
今のハルカは少し変よ?」
『……わかんないよ』
「自分の気持ちが?」
『どうしてこうなったのかだよ。
ハルとイロハと交わるアルカの記憶を見て、体中がかっとなって……欲しくて堪らなくなって……。
今更おかしいよね。
私、知ってたはずなのに。
アルカの記憶は元々持ってたんだから。
もう何度も見たことがある光景だったのに。
なのに全然違ったの。
元々持ってたアルカの記憶と、ついさっきアルカから抜き取った記憶から受ける印象が。
前はなんとも思わなかったのに、今回だけ変なの。
なんでここに私がいないんだろうって。
悔しくて悔しくて堪らなくなったの。
それで、不安で不安で堪らなくなったの。
折角認めて貰えたのに、結局仲間外れなんだって。
そう思って……』
私はハルカと記憶を共有し、ハルカの想いを受け取った。
ハルカのぐちゃぐちゃになった思考を紐解きながら、奥底に湧き出す本当の想いを手繰り寄せていった。
そうして、私はハルカの本体を抱き寄せた。
良かった。この魔法が使えるという事は、ハルカは間違いなくここに一つの生命として存在しているのだ。
この魔法は決して分身に対して使えるものではない。
私の愛する"人"を呼び寄せる為の魔法なんだもの。
「仲間外れになんてするわけないじゃない。
でも、そうね。なんとなくわかったかも。
ハルカは初めてハルカ以外の人間関係を知ったのよ。
過去の情報や無関心な相手に関するものではなく、大好きな人達の今を。それも実感として。
よりによって、私達のそういう現場だったから勘違いしてしまったのね。
いえ、全くの勘違いというわけでも無いのでしょう。
きっと目覚めかけてもいるのでしょうし。
そもそも、そういう強い感情を目の当たりにしなければ、こんな急激な変化にはならなかったはずだものね。
けどごめんね、ハルカ。
今のハルカとそういう事は出来ないし、させてあげられ無いの。
ちゃんと落ち着いて、自分の気持ちが理解出来るようになってからにしましょう。
それに、先ずは家族に紹介しなくちゃ。
やっぱり秘密になんてしてちゃダメよね。
ハルカはいっぱい修行しなくちゃいけないんだもの。
心してね。人間関係は体を動かす修行とは別物だから。
特に私とハルちゃんの素質を引き継ぎ、イロハの指導を受けたハルカにとってはね。
残念ながら、三人とも社交的とは言い難いの。
きっとハルカも苦労するはずよ。
ごめんね、ハルカ。
滅茶苦茶なお母さん達で。
でも大好きよ。私もハルちゃんもイロハも、皆あなたの事を愛しているわ。
だから、どうか焦らないで。
もう誰かの代わりになる必要なんてないの。
ノアちゃん達だけじゃない。
私の代わりにだってならなくていい。
私のあげた体、大切にしてくれるのでしょう?
その体と顔で、ハルカとして生きてくれるのでしょう?
なら、イロハに貰った心と合わせて大切にしてね。
私達もハルカの事、大切に思ってるわ」
「……うん」
そのままハルカが落ち着くまで抱きしめ続けた。
ハルカの慌ただしい人生一日目は、ようやく暫しの平静を得たのだった。




