35-16.名付け
「あなたの名前は……ダメね。何だか思いつかないわ」
「え~!もっと頑張ってよ~!」
だって仕方ないのよ。
この子が私とは違う存在だと知ってはいても、どうしても自分の分身という認識も抜けきらないのだ。
実際、今もこの子との繋がりは消えていない。
今はただ、何かに塞がれている感じがするだけだ。
その在り様は、他の分体とも変わりがない。
少なくとも今の私の認識では、この子を私以外の何かとして扱う事は難しい。
念の為まだフィードバックもしていないけど、記憶の同期までしてしまったら、いよいよこの子と私とで境目が無くなってしまう気がしてならない。
「フィードバックと言っても、別に記憶全部を引き継ぐわけじゃないよ?
技術に関する部分をマージしていくだけ。
アルカの全てを私で上書きなんて事はしないからね?」
「何だか随分と都合の良いことばかり言うのね。
あなた、私に成り代わってしまいたいとは思わないの?」
「思わないよ?
だってアルカって色々面倒くさそうだし。
アルカになっちゃったら、修行してる暇も無いんだよ?
そんなの耐えられるわけないじゃん」
そこまで言われちゃうほどじゃないよ?
少なくとも千年近くもあんな暗闇で一心に修行を重ねるよりも、それなりに有意義な人生送ってるはずだよ?
というかこの子、何でそんなに修行が好きなの?
私の記憶を引き継いでおいて、そんな性格になる事なんてありえるの?
『アルカ。
この子の人格は元々そういう風に作ってあるの』
なるへそ。
確かに私の人格をただそのまま真似たって、禄に修行をするはずもないわよね。
私なら事ある毎にイロハに言い寄って、修行そっちのけでイチャイチャしてそうだし。
うん?
まさかやたらイロハに好意的なのもそのせいなの?
「別にそれだけじゃないよ。
イロハとずっと一緒にいて、イロハの教えを受け続けていたんだもん。
そんなの、好きになって当然でしょ?」
まあそうね。
私もイロハ好きだし。
気持ちはわかる。
とにかく私の記憶の影響がまったくないわけでもなさそうだ。
身近にいなかったノアちゃん達はともかく、側に居続けたイロハに対しては、私の感情に色々引きずられてしまったものもあるのだろう。
「まあ、一切ないとまでは言わないよ。
イロハの事は最初から大好きだったし。
けどそれがアルカの記憶から生み出されたものだとしても、私はもうアルカがイロハと過ごした時間よりずっと長い時間イロハと共に在ったんだから、この想いの大部分は自分自身のものだって言い切れるよ」
ぐぬぬ。
イロハの様子も何か変だし、さては浮気してたわね?
私の分身と浮気ってのも変な感じだけど。
『……ごめんなさい』
「許さないわ、イロハ。
今後イロハとこの子だけでの深層行きは禁ずるわ。
これは命令よ。
イロハ自身が私のものだと再認識できるまで、私のことを常に考え続けなさい」
「もう。乱暴だよ、アルカ。
そんな事しなくても、別にアルカの心配してるような事はなかったから。
ただイロハは、母や師として接してくれただけだよ。
というか何でもかんでもそっちと結びつけないでよ。
アルカじゃあるまいし」
いや、あなたは私でしょうが。
人格違ったって、それ以外の何もかもが私でしょうが。
しかもさっき自分で恋愛がどうこう言ってたんでしょうが。
「それより何時まで『あなた』なんて呼んでるつもり?
早く名前考えてくれないなら、小春の方貰っちゃうよ?」
「ダメよ。
アルカも小春も私の大切な名前だもの」
「なら私にも大切なものをくれる?
私の存在を認知してくれるのなら必要な事でしょ?」
「……あなたの名前は"クロネ"よ」
「クロネ……安直すぎない?
クローンが由来でしょ?
もう少し、アルカとイロハの子供だってわかる名前は無いの?」
「あなた私よりずっと年上じゃない」
「ママの為にいっぱい頑張ってきたからね♪」
本当に口の減らない子だ。
「そんなに嫌わなくたっていいじゃん……」
「違うわ。別に嫌ってるわけじゃない。
あなたには私の感情がわかるでしょ?」
「その上で言ってるんだよ。
確かに今は戸惑いが大きいかもしれないけれど、それ以上にアルカは私の事が嫌いなの。
自分自身でも気付かないほど、心の奥底で湧き始めている感情なの。
でもそんなの当然だよね。
アルカからしたら突然自分の一部が離反したようなものだもん。
それに大好きなイロハまで取っちゃったように見えちゃうし。
私にはアルカが警戒してしまう要素しかないんだもの。
仕方ない。うん。仕方ない。
なら先にフィードバックを済ませちゃうね。
ついでに私の記憶の一部も流し込むから。
それできっと、アルカもわかってくれると思うの。
私はアルカとイロハの為だけに存在してるんだって事が」
直後、私の中に莫大な情報が流れ込んできた。
その急過ぎる流れに私の頭の処理が追いつかず、強烈な頭痛に襲われた。
「おっとっと。
少し勢いが強すぎたね。
意外と加減が難しいなぁ。
今度から、せめて百年くらい毎にマージかけるようにしなきゃだね♪」
どうやら加減してくれたようだ。
情報の奔流が落ち着いていくのを感じる。
「これが私の千年分の修行の成果だよ♪
ハルにすらまだ少し及ばないし、ルネルなんてどれだけ距離があるのかもわからない。
けれど、それでも少しずつ前に進んでるよ!
まだまだいっぱい頑張るからね!
必ずアルカをルネルのとこまで引き上げてみせるから!」
この子の気持ちが伝わってくる。
確かにこの子は修行が好きなようだ。
でも決してそれだけではない。
大好きなイロハに喜んでもらいたいという感情が何より一番大きな原動力となっていたようだ。
私の為にというのも嘘でもなんでもない。
この子はまっすぐ過ぎるくらいまっすぐだ。
自分の生まれに嫌悪する事もなく、イロハによって設定された本能を前向きに捉えて、自らの原動力にすら昇華していた。
この子は根本的に人間とは違うのだ。
言うなれば、ロボットとかに近い存在だ。
自我が芽生えたところで、根本的な部分は生来のままなのだ。
良い悪いは置いてこの子の事を信頼出来るかを考えるのなら、間違いなく信頼出来ると断言しよう。
千年の努力には、それだけの実績が伴っている。
この子は恨んだり腐ったりする事無く前に進み続けてきた。
それだけは十分過ぎる程に伝わってきた。
「……お願いね、"遥"」
「ハルカ?
イロハの"ハ"とアルカの"ルカ"?」
「そうよ。
あなたの望み通り、私とイロハの娘として受け入れるわ」
「ふふ。ならおっけ~♪
私は今からハルカよ!」
「チハルとアリスはあなたの姉になるわね。
二人にも興味を持ってあげてね」
「う~ん。
少し難しいかも。
私、そういう風に作られてないし。
まあでも、アルカが言うなら頑張るね♪
これも修行の一環だよ♪」
「その意気よ」
「へっへ~♪」
『アルカ……』
「大丈夫よ、イロハ。
ちゃんと全部伝わったわ。
ハルカったら随分と悪知恵が働くのね。
まあでも、思いついたからって自我が芽生えた事をギリギリまでイロハに悟らせなかったなんてやるわね」
「最初は消されちゃうかと思っただけなんだけどね。
でも段々、イロハの様子を窺うのが楽しくなっちゃって」
「それで結果的に正しかったのよ。
イロハももっと早くハルカの覚醒に気付いていたら、ハルカがここまで成長する前に切り上げていたでしょうし」
「アルカも本気で受け入れてくれたんだね♪
嬉しいよ!お母さん!」
『でもハルカ』
『"ハル"のな』
『とっても』
『とっても』
『たいせつ』
『こころして』
「がってんだよ!
ハルママ!」
『よろしい』
ママと呼ばれてあっさり受け入れるハルちゃん。
流石は私の分身だ。ハルちゃんの扱いはよくわかってる。
「でもハルとルカの組み合わせは少し贅沢すぎたかしら。
ルカからも文句言われる可能性無い?」
「もう撤回させないよ!?」
「そんな事しないわ。
代わりにルカとも仲良くしてあげてね」
「頑張る!」
『でもざんねん』
『しばらくないしょ』
『ハルカ』
『ないきん』
『アルカぶんたい』
『まぎれこむ』
「それって九人の中にって事?」
『そう』
『きをかくすなら』
「なんでまた?」
『そのほうが』
『おもろ』
「悪戯心的な?」
『てきな』
「私は別に良いよ?
それもまた修行!
緊急時の影武者くらいは出来るようにならなきゃね!」
『いいこころがけ』
『ハルカ』
『きにいった』
「私もハルには興味あるの!
どうしてかな?
ハルの因子も混ざってるからかな?」
『私がそう設定したからよ。
ハルはハルカにとっての目標であり、基準なの』
「なんでイロハにしなかったの?」
『そう簡単に私に追いつけるわけないじゃない』
『むむ』
『ききずて』
「まあイロハも調子が戻ってきたようで何よりだわ」
でもまさか、千年修行してもハルちゃんに追いつけないとは。
いっそハルちゃんベースの分体にも仮人格を植え付けてみようかしら。
「『それはダメ!』」
「冗談よ。
フィードバックが上手くいくとも限らないしね」
いやまあ、融合してるんだから不可能では無いはずなんだけども。
それでも色々と調整は必要になるだろう。
今度こそ間違えて上書きされてしまうかもしれない。
これ以上余計な事に手を出すのは止めておこう。
ハルカが居れば、十分に強くなれるんだし。
「折角だから模擬戦してみようよ!
確認は必要でしょ!」
まあそうね。
フィードバックされた経験がどれだけロス無く私に根付いているのかは確かめなきゃだ。
それに、自分自身と全く同じ存在と戦うのも単純に興味がある。
ハルカの努力の成果、あらゆる角度から見せてもらうとしよう。




