34-38.懸念
「ツムギ、結局王様は私に何をさせたかったの?」
今日は三人で一緒に寝ることになった。
ツムギを中心に、私とステラで挟む形だ。
二人用としても広めのベットを用意しておいたおかげで、三人でも十分に余裕がある。
設置した時は部屋自体も広いから気にならなかったけれど、流石にちょっと大きすぎたかもしれない。
でもまあいっか。こうして役立ってるんだし。
暗い部屋の中、ステラの寝息が聞こえてきた頃になって、私はふと思い出したことを問いかけてみた。
「ナディの治療以外にって事だよね。
まあ、うん。気にしないで♪」
「私には言い辛い事なの?」
「あはは~」
「そんな言い方されたら、かえって気になるじゃん」
「まあ、そう特別な事では無いの。
ただ失うのが怖くなってしまっただけよ」
「シルヴァン王子の件があったから?」
「そうね。
積もり積もったものが兄様の件と結びついてしまったの。
ナディの命が残り少ない事。
かつて同じ年頃の妹を失った事。
先代の王妃を亡くした事。
あの歳になればそれなりに別れも経験するものよ。
とはいえ、父様は一番近い人ばかりを失ってきたの。
少しくらい弱気になってしまっても仕方のないことね」
「まさか、私に死者の蘇生でもさせるつもりだったの?」
「かもしれない」
「ハッキリとは聞かなかったの?」
「ええ。そればかりは問い詰める事が出来なかった。
ごめんなさい」
「ううん」
暫くの間沈黙が流れた。
ツムギは今何を考えているのだろう。
父のこと?兄のこと?
それとも……。
「小春」
「なに?」
「母様が戻ったらまた一悶着あるわ。
今度こそあの国とも敵対せざるを得ないかもしれない」
「そんなに厳しい人なの?」
「厳しいというか、正しい人よ。
あの人は決して現状を許しはしないわ。
今やマノン達三人は他国の間者と言われても文句の言えない立場なの。
母様はきっと追い出そうとするでしょうね」
まあ当然の話とも思うけど。
国外の存在と通じ合った者達を王族として城に住まわせておく事は出来ないのだろう。
とはいえ……。
「理屈はわからないでもないけど、相手は子供二人と今まで寝たきりだった子よ?
追い出すなんて事があるの?」
「ええ。まず間違いなく。
ナディが小春の下へ来たのはあくまで療養の為と言い張る事も出来るけど、アニエスとマノンの件もあるから見逃して貰えないでしょうね。
三人は既に小春の手のものなの。
少なくとも、母様はそう判断するわ」
ツムギがサンドラ王妃を苦手そうにしているのも、その真っ直ぐさが原因なのだろうか。
きっと王妃は職務か国を守る事に忠実なのだろう。
その為なら一切の私情を切り捨てられる程に。
そうでなければ、ツムギがここまで警戒する事も無いのだろうし。
「マノンを失ったジュスタ兄様に王が務まるとも思えない。
そうなれば、第一王子どころか第二王子までもが継承者から外れる事になる。
今回の件では王族が減りすぎた。
どころか、次期宰相候補筆頭だったマル兄まで外れてしまった。
それらを止める事の出来なかった父様には、隠居を迫るはずよ」
状況に乗じて王族を減らした側のツムギが言うのはどうかと思わなくもないけど……。
とはいえ、何か考えがあるのだろう。
サンドラ王妃を説得するつもりのようだし。
「本来なら次の王は第一王女であるアレク姉様か、第三王子であるトリス兄様のどちらかになるはずなの。
とはいえ、アニエスの件もあるからアレク姉様も外されるかもしれないわね。
そうなると、トリス兄様に決まったようなものだわ。
けどまあ、事はそう単純では無いの」
トリス兄様とは、トリスタン殿下の事か。
今日式典の後で少しだけ挨拶したけど、まだ随分と年若い青年だった。
「今話したのはあくまで母様がどう考えるかって話よ。
当然、王の事を母様一人で決められるわけじゃない。
最終的には重臣たちと話し合った上で決める事になる。
だからまあ、小春との敵対は本当に最悪の場合の話よ」
「可能性的にはどれくらい?」
「事が事だけにハッキリとは言えないけど五分も無いわね」
「五分に近いなら十分過ぎる程可能性高いと思うけど」
「大丈夫よ。
私がなんとかするわ。
アレク姉様も味方になってくれるし」
「そう言えばアレクシアさんとの約束もあるのよね。
でも私、あまりあの国に行かないほうが良いわよね?」
「問題ないわ。
離宮で会えばいいだけだもの。
母様が戻るまでの一月、一緒に作戦会議がてらお茶でもしてましょ」
「そんな調子で本当に大丈夫なの?
さっき散々脅してきたくせに、呑気すぎない?」
「こういうのは、最初に最悪のケースを想定するものよ。
そこからどれだけの譲歩を引き出せるか計算していくの。
取り敢えずの私達の理想は、父様の王位存続かアレク姉様の王位継承よ。
目標もハッキリしているのだし、後は詳細を詰めていくだけなの。
ほら、簡単な話に聞こえてくるでしょ?」
「全然聞こえないわ。
何一つとして、具体的な方法を言ってないじゃない」
「具体的な方法ねぇ。
多分小春は、漫画やドラマみたいな決めの一手みたいなのをイメージしてると思うんだけど、別にそんな魔法みたいな方法は必要ないのよ。
やる事はひたすら根回しと説得なの。
要は事前に味方を作っておくってだけよ。
相手の行動が想定出来ているのだから対策しておくだけ。
いくら母様が正しいからって、それだけで人や国は動かないもの」
「それはそれで……なんだかなぁ」
「ならこの話はもう止めておきましょう。
そもそも、小春が気にする必要は無いのよ。
というか、気にしてはダメよ。
いくら私と結婚したからと言って、王族の問題に首を突っ込んで良いわけではないの。
小春にはその権利も義務もない。
今はそう割り切って頂戴」
「私と敵対するかどうかって話じゃなかったの?」
「そうはさせないわ。
あなたの嫁を信じて任せておいて♪」
「うん。わかった。
けど何かあったらすぐに言ってね?
何でも力になるから」
「ふふ。もちろんよ。
その時は首どころか全身どっぷり浸かってもらうわ」
「ツムギまで国取りするとか言い出さないよね?」
「まで?どういう事?」
「あれ?
まだ言ってなかったっけ?
今セレネが中心となって国取りを仕掛けてるの。
ツムギにはその国の発展に協力してもらいたいのよ。
研究成果を広める良い機会でしょ?」
「なにそれ!面白そう!
そういうのはもっと早く言ってよ!」
「ごめんごめん。
そうだ。確かツムギと最初に話した頃は、まだ家族内でも話し合う前だったのよ。
それに建国はまだまだ先の話よ。
そういう事だから、あと数年は大人しくしていてね」
「もしかしてまた警戒されてるのかしら?」
「ムスペルはいらないわ。
大きすぎるもの」
「やらないってば。
父様達から国奪い取ったりするわけ無いじゃん」
「アレクシアさんを王にして好き放題するつもりも無いわよね?」
「……悪くないわね」
「ダメよ。
新技術を広めるのは慎重に進めなければならないわ。
私達の国取りは、そのためのモデルケースでもあるのよ」
「試験場が欲しいって事なのね。
面白そうね。
いっそ建国の方にも関わらせてもらえないかしら」
「その辺りはセレネ達と話し合いましょう。
今日は来ていなかったけど、セレネのブレインはグリアっていう魔術研究者なの。
近い内にツムギにも紹介するわ」
「あんなにいたのにまだ家族がいるのね」
「ええ。まあ。
家族であり、客人でもあるから、少し特殊な立場だけど。
残念ながら、グリアはまだ口説き落とせてないのよね」
「増々興味が湧いてきたわ。
グリアさんってどんな人なの?」
「えっと、見た目はマノンと同じくらいの幼女でね……」
グリアの話を聞いたツムギは大興奮してしまった。
少し早まったかしら。
というか、ステラ一切起きる気配無いわね。
随分と騒がしくしてしまったはずなのに。
「合法◯リじゃん!」
それ絶対グリアに言ってはダメよ?




