34-35.再起動
「どういうつもりよ。
一週間我慢しろって言ってたじゃない」
「どうもこうも、ただの目覚めのハグよ。
それ以上でもそれ以下でもないわ」
「ならもう良いでしょ。
何時まで続けるつもりよ」
「マノンが安心できるまでかな」
「なによそれ」
「良いから黙って抱きしめられてなさい。
身も心も委ねてしまいなさい。
今の私に下心が無いことくらいはわかるでしょ?」
「……どうかしらね」
そんな事を呟いたものの納得してくれたようだ。
マノンの体から段々と力が抜けていく。
そうしてすっかり脱力したマノンを抱きしめて、幼子をあやすように撫で続けた。
暫くして満足した私は、ようやくマノンを解放した。
「ありがとう。付き合ってくれて」
「……別に」
マノンは私の袖を掴んで俯いている。
少し振り回し過ぎかしら。
まあでも仕方ない。
マノンとの関係をある程度健全なものに保つ為には、私の態度をハッキリ示しておかねばならない。
「そろそろ戻りましょうか」
「……キス」
これは……そっちのってこと?
「もう。少しだけよ」
頬に優しくキスをしてみた。
「ちがう」
「ダ~メ。
今はこれだけ。
そっちはまた来週」
「いじわる」
マノンがしおらしくなってしまった。
なんだか調子が狂うわね。
「一回だけよ」
結局そんなマノンの様子に私も流されてしまった。
今度は唇にも優しくキスをする。
真っ赤になったマノンは、またすぐに俯いてしまった。
「まだ暫く出られそうにないわね。
まあ良いわ。おいで、マノン」
今度は足の間にマノンを座らせて、マノンの綺麗な髪を櫛で解いていく。
「……好き」
「私もよ。
人に櫛やってもらうのって気持ちいいわよね」
「……うん」
どうやら間違ってなかったようだ。
「はい。おしまい。
じゃ、行こっか」
「……うん」
私はすっかり調子の狂ってしまったマノンと手を握り、アニエスとナディが待つ私世界の表層に戻った。
「アニエス、ナディ。
移動するわ。心の準備は出来てる?」
「でへへ~
可愛い女の子いっぱいなんだよね~」
「あらあら~」
「お触り厳禁よ」
と言っても、アニエス好みの子はレーネしかいないけど。
うちの子は元々幼い容姿の子が多いから貧乳率が高いのだ。
お姉ちゃんも今は十二歳くらいの姿だからペッタンだし。
「ナディも大丈夫そうね。
けどアニエス。くれぐれも側を離れてはダメよ。
一人アニエス好みの子もいるけど、ふらふらと吸い寄せられたりしたら怒るからね。
ナディは体の弱い部分を補っただけで、体力を付けるのはこれからなんだから」
「もちろんだよ!
アル姉私をなんだと思ってるの!?」
「巨乳好き」
「そうだけど!!」
「も~アニちゃんたら~」
「ああそうだ。
もう一つ大切な事を言ってなかったわね。
アニエスとナディがそういう関係になるのも認めないわ。
どっちも最初は私とよ。
抜け駆けは許さないわ」
「そんな!!
また生殺し!?」
「ダメよ~。
アニちゃん。
アニちゃんはアルカ様のお嫁さんでしょ~」
「ナディ。様はいらないわ。
普通に呼んで頂戴」
「ごめんなさい。
でもどうかお許しくださいな。
これは大恩あるアルカ様への気持ちなの」
「必要ないわ。
ナディと結んだのは対等な契約よ。
だから恩だなんて思う必要は無いの」
「それでもどうか。お願いします」
「仕方ないわね。
ならお嫁さんになるまでね。
それ以降は恩ごと忘れてもらうわ。
私は対等な伴侶を望んでいるの」
「承知いたしました」
「改めてよろしくね、ナディ」
「はい♪」
「ところで、アル姉。
マノ姉はどうしちゃったの?」
結局ずっと私の手を握っていたマノン。
しかもこっちに戻ってから一言も発していない。
アニエスが疑問に思うのも無理はない。
「気にしないで。少し緊張してるみたい。
というか、アニエスもわかってるの?
今から四十人近い家族に紹介されるのよ?
ちゃんと自己紹介出来るの?」
「え?
四十?
確かお嫁さんって二十いくつって……」
「そりゃあ家族だもの。
お嫁さん以外に娘だっているわ。
他にもおばあちゃん枠もいるしね。
アニエスには、健全組もいると言ったでしょ?」
「……アルカって……なんか凄いね……」
「なんでそう言いながら引いてるのよ?」
「だってぇ……」
「一体どうやって養ってるの?
アルカ引き籠もりなんでしょ?」
マノンが再起動したようだ。
突然横から刺してきた。
「半数以上は魔物、ここではフィリアスと呼んでる種族なんだけど、その子達は私の力を糧にしてるから、食事とかは必要ないのよ。
残りはまあ、出稼ぎに出てる子達の稼ぎで……」
「最っ低!」
「いやでも……。
その子達の活動資金は元々私の貯蓄だし……。
そもそも私を軟禁してるのはその子達だし……」
「それでもドン引きだよ……」
「よくそれで私達に手ぇ出せたわね!!」
「だからそれも元はと!……ごめんなさい。仰る通りです」
「何よ!言いたい事があるならハッキリと!」
「アニちゃん。マノちゃん。
二人とも。アルカ様を虐めるのはその辺でね。
アルカ様は言わば王よ。差配がお役目なの。
何も間違った事はしてないでしょ?」
「「うっ……ごめんなさい。言い過ぎました」」
「いや、うん。こっちこそ。
幻滅させちゃったよね。ごめんね……」
「大丈夫だよ!アル姉!
私もいっぱい稼いでくるから!」
「仕方ないわね!
私もやってやるわ!
極貧生活なんてごめんだもの!」
「あ、えっと……ありがとう……。
だけど、その心配は要らないよ?
実感出来ないだろうから無理は無いんだけど。
今いるここ、私の持つ別の世界なの。
向こうで食うに困っても、こっちにも食料はいくらでもあるから」
気を利かせたシーちゃんが、私達の周りに大量のモニターを出現させてくれた。
そこには、船の外に広がるこの世界の光景が映し出されていた。
映像を見つめるアニエス達は、驚きのあまり一斉に言葉を失ってしまった。
「えっと?
どゆこと?」
アニエスが最初に我に返って問いかけてきた。
「王どころか、神だったって事?」
そこにマノンも続いた。
「まあ、そんなとこかな。
私的には、人間のつもりだけど」
「あらあら。まあまあ」
ナディは既に受け入れているようだ。
元々城の外にすら殆ど出たことがないだろうし、かえって未知への耐性があったのかもしれない。
「後でこの世界の事も案内するね。
きっと楽しんでもらえると思うから」
大丈夫だ。心配ない。
どれだけドン引きされても、遊園地の魔力には抗えまい。
きっとこの子達も諸々忘れて楽しんでくれる事だろう。




