34-32.すれ違い
「ナディさんの件は済んだわ」
「お疲れ様♪
マノンはもう少しかかるかも。
アルカが迎えに行ってあげたら?」
「ツムギ、どういうつもりなの?
マノンもアニエスも、あなたの大切な子でしょ?
どうしてそこまで私に口説かせようとするの?
二人だけじゃないわ。
ステラの事だってそうよ。
自分だけを見て欲しいとは思わないの?」
「違うわ。間違ってるわ。小春。
そもそも私は元々異性愛者なのよ?
確かに小春には惹かれているけれど、そう簡単に切り替わるものでもないの。
あの子達に対しては、大切な親友と妹達としての意識が強いのよ。
執着も、あくまでその範疇でしかないの。
そこをあなたの尺度で測ってはダメよ?」
「……ごめん。
そうよね。私がおかしかったのよね」
「私も勘違いさせてしまったのよね。
大丈夫よ。焦らなくても。
ゆっくり歩み寄って行きましょう。
時間はいくらでもあるのでしょう?」
「うん。そうだね。
マノン、迎えに行ってくるね」
「ええ。
私の恋心が刺激されてしまうくらい見せつけてね♪」
「……やっぱり何か実験的な事してない?」
「必要な事よ。
新しい自分を受け入れる為にはね」
「可愛い妹を実験台にしてまで?」
「ふふ。あの子には秘密にしてね♪」
うちに来る研究者達は、どうして皆こうなのかしら。
私はマノンの位置を探ってみる。
マノンは丁度こちらに向かい始めた所だったようだ。
城の廊下を一人で歩いている。
私はマノンの直ぐ側に転移した。
「!?」
「ごめんね?
驚かせちゃった?
迎えに来てみたんだけど……」
振り向きざまに蹴りを放ってきたマノンの足をキャッチして、問いかけてみる。
「いきなり背後に現れないでよ」
「ごめんて」
私はマノンの横に並び、マノンの手を取った。
「転移?で連れて行ってくれるの?」
「ううん。このまま歩きましょう。
折角だから、もう少しマノンと二人きりで話したいの」
「あっそ」
マノンは私の手を振り払う事もせずに歩き出した。
「お母様はなんて?」
「……別に」
マノンの態度はそっけない。
私のせいだろうか。
それとも、お母さんと何かあったのだろうか。
「マノンにお願いしたい事があるの」
「なによ」
「暫くの間、アニエス達の護衛をしてくれないかしら。
と言っても、護衛するのはマノンと契約する魔物だから、マノンは入れ物としてここに来てくれるだけで構わないわ。
範囲も城の中程度ならどこでもすぐに駆けつけられるから、四六時中一緒にいる必要も無いの。
どう?引き受けてくれる?」
「……私をこの国に置いておく口実のつもり?」
「さっすがマノン♪
察しが良いわね」
「あっさり認めてんじゃないわよ」
「ならスパイって事にしておく?」
「ふっ。何よそれ」
「これは単なる自己満足の辻褄合わせよ。
この国を引っ掻き回したのは私じゃないやいって言いたいだけなの。
私の干渉で大きな変化が生まれたのは、無かった事にしたいの。
いえ。それもちょっと違うか。
急速な変化を押さえたい、が正しいかな。
だから大体五年後よ。
そこで、三人にはこの国を捨ててもらう。
私のお嫁さんに専念してもらう。
それまでは好きに過ごしなさい。
望むなら私の所で過ごしてもらっても構わない。
一度も私の所には来なくても構わない。
週に一度、遊びに来てくれるだけでも構わない。
その間、私を嫌い続けてもいいし、私を好きになる努力をしてもいい。
けれど、契約の破棄だけは認めない。
五年後には全ての自由を失うの。
私の事がどれだけ嫌いでも、必ず愛してもらう。
だからそれまで少しの猶予をあげる。
ただ怯えて過ごすか、前向きに受け入れて有意義に過ごすか、全てはあなた次第よ。マノン」
「……もう一つあるわ」
「どんな?」
「五年であなたを超えるのよ。
あなたから全てを奪い取ってやればいいの。
そうすれば、ベア姉さまも私のものよ」
「ふふ。そういう話しなら私も力を貸してあげる。
世界一強いお師匠様を紹介してあげるわ。
私と真っ向から戦えるだけの力も授けてあげる。
マノンならきっと強くなれるわ。
私よりずっと強くね」
「そんな余裕かましてていいわけ?」
「ええ。もちろん。
だって私もマノンのものにしてくれるって事でしょ?
それもそれで悪くないと思うの。
だから楽しみにしてるね♪」
「はぁ……」
「やる気なくなっちゃった?」
「お陰様で」
「難儀してるのね」
「はぁ~~~」
「ダメよ。そんな風にため息ついちゃ。
あなたの歳でそんなんじゃ、あっという間に老け込んじゃうわよ?」
「誰のせいよ」
「マノンが自分で決めた事でしょ。
ベアトに簡単に乗せられちゃってさ。
私はそのフォローをしてあげようと思っただけよ」
「必要ないのよ。そんなもの。
全て落ち着いたら、私はもうこの国に戻らないわ。
折角気遣ってもらって悪いけど、護衛は他を当たって頂戴」
「……お母さんと仲悪いの?」
「そんなんじゃないわ。
あなたが心配するような事は何も無いだけよ」
「……」
「あなた、アレクシア様の話し聞いてなかったの?
王族は覚悟くらい出来ているの。
王の命は絶対よ。
何時でも娘を嫁に出すくらい、なんてこと無いのよ。
これは王族だけではないわ。
貴族だって同じよ。
母様だってそうやって嫁いで来たの。
私もそうなるってだけの事よ。
私はむしろ幸福なのよ。
自らベア姉さまと同じ相手を選べたのだから」
「そっか……」
「それでもやれと言うなら引き受けてやるわよ。護衛の件。
考えてみれば、あなたが私にとっての次の主君だものね。
なら、あなたの命なら何でも聞いてあげなきゃね。
あなたを愛せと言うのなら、心からの愛を捧げるわ。
どう?これで満足かしら?」
「そんなわけないじゃん。
マノンこそ視野が狭いんじゃない?
忘れたの?
私はただの冒険者よ?
王族やら貴族やらの心構えを説かれたって、そんなの知らないわよとしか思えないわ。
私を主君と仰ぐ事も、私の命令に従うだけなのも認めないわ」
「そう。なら手を離しても良いかしら?」
「それはダメ」
「命令?」
「違う。お願い」
「どう違うのかしら」
「マノンが振りほどいても咎めないし罰は無いけど、私はしつこく繋ごうとし続けるの」
「そっちの方が厄介そうね」
「そうだよ。
私達は皆全身全霊でぶつかってくるの。
お城の中みたいに、お行儀や言葉だけでひらひらと躱せるとは思わないことね」
「野蛮じゃないかしら」
「どの口で?」
いーっと歯を見せて笑いながら、自身の口を指すマノン。
「あんまり誘惑してるとキスしちゃうよ?」
「してないわよ!?」
「マノンって可愛いよね」
ポンッと音が出そうなくらい急激に真っ赤になった。
「もう!何なのよ!!
あんた結局私をどうしたいのよ!?」
「だから言ってるじゃない。
マノンは私の婚約者よ。
決して、ベアトのものじゃないわ」
「そういう話しじゃないわよ!」
「ああ。そっか。
誤解させちゃったのね。
さっきの話はそういう事じゃないわ。
私の事を誰よりも好きになってね。マノン。
マノンが心から愛してくれるよう、私も愛を送り続けるから」
「なら最初っからそう言いなさいよ!」
「……もしかして、結婚の前に愛があるって前提がズレてた?」
「無いわよ!そんなもの!」
「そっかぁ。
欲望だけで求められてると思ってたのね~」
これってアニエスのせいじゃないかしら?
いや、私も今の今まで言葉にしてなかったかもだけど。
仲良くしようとか、気に入ったとかは言っていたけど、婚約に至る程の強い想いは伝えて無かった気がする。
私は抱き寄せ魔法でマノンを腕の中に引き寄せた。
「安心して、マノン。
私はもうマノンを愛してるから。
この魔法は相手を愛していないと使えないの。
強力な分、そういう制約があるのよ」
「……」
マノンは真っ赤になって黙ってしまった。
「お~い。マノン~?」
「……」
何故か目を瞑るマノン。
はて。
どうするべきかしら。
これも罠?
また舌を噛みちぎろうと企んでる?
それとも、やっぱり性欲だけで迫ってると証明する為?
まあ、いっか。
マノンはアニエス達とは別枠で。
このタイミングでキスの一つも出来なきゃ、本当に愛していると伝わるまい。
舌を噛まれたらその時はその時だ。
そもそも、私の舌をマノンが噛み千切れるとも思えないし。
何せ、私の半神ボディは鉄壁だ。
ちょっとやそっとじゃ、傷一つつかないもの。
意を決した私は、優しくそっとふれるだけのキスをした。
それから離れてみても、マノンはキツく目を瞑ったままだ。
そっとやり過ぎて気づかなかった?
いや流石にないでしょ?
そう思って、もう一度キスをする。
今度は少しだけしっかりめに。
「……」
マノンは思いっきり睨みつけてきた。
さて、これはどういう感情なのかしら。
やっぱり初めてはツムギとが良かったのかな?
「ご機嫌如何ですか、姫?」
「バカ」
そう呟くように返したマノンは、何故か再び目を瞑った。




