34-23.話し合い
「御息女をお連れするのが遅くなり、申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ。
娘がご迷惑をおかけしました。
そればかりか、お見苦しい所を。
お恥ずかしい限りです」
一通りアニエスが叱られてから、落ち着いた所を見計らって、取り敢えず謝罪から入ってみた。
本当はもっと早く助けてあげたかったのだけど、アレクシア第一王女殿下のあまりの剣幕に、私もマノンも声をかける事が出来なかった。
他所様のお尻ペンペンとか珍しいものを見たわ。
お姫様でもやるのね。あれ。
まあ、アニエスが特殊なだけかもだけど。
諸々の理由で涙目になったアニエスは、アレクシア殿下の横で縮こまっている。
この調子で、目的を果たせるのだろうか。
「殿下、少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん。構わないわ。
私も是非お聞きしたい事がありますから」
「でしたら、是非殿下のお話を先にお聞かせ下さい。
可能な限り、お答え致します」
「お聞きしたいのはナディーヌの事なの。
アルカさんは、あの子の診察をしてくださったとか。
結果は如何でしたでしょうか」
予想外の質問が飛んできた。
というか、いつの間にここまで話が来てたのかしら。
もしかしたら、アニエスの動向は最初から知られていたのかもしれない。
「……正直に申し上げますと、このままではそう長くは保たないかと」
「アルカさんなら手があるの?」
「はい。
暫し我が家にご滞在頂けるのであれば」
「そう……」
これもまた予想外の反応だ。
嬉しそうなのに嬉しくなさそう。
なんかそんな感じの印象を受ける。
「もしや、陛下が何か仰られていましたか?
例えば、アニエスを対価にナディーヌ王女殿下を治療したいというような話でも?」
「随分と具体的な仰りようね。
ええ。そんな所よ。
流石にハッキリとは言わなかったけれどね。
気付いたのはアニ?
流石私の娘ね」
アニエスを抱き寄せるアレクシアさん。
そんな仕草から、本当に大切に思っているのだと伝わってくる。
「陛下は何故そこまでナディーヌ殿下に拘っていらっしゃるのですか?
このような言い方をするのもあれですが、ナディーヌ殿下の治療のためならば、ナディーヌ殿下ご本人が対価を支払うのが筋では?」
「ごめんなさい。
流石にそれはお話できないわ。
けれど、まあ。
敢えて言うのなら、王もまた人に過ぎないと言う事よ。
特に息子を喪ったばかりではね」
「実は、既に私はナディーヌ王女殿下の治療を請け負うつもりでおります。
ですが、対価はあくまでもナディーヌ王女殿下ご本人にお支払頂くつもりです。
具体的には、ご自身が満足出来るまでこの国に恩を返した後、私の下へ降って頂く事です。
この件でアニエスに類が及ぶ事は無いとお約束致します」
人質作戦の件は一旦置いておこう。
あれはまた、全然違う話だし。
「ふふ。ありがとう。アルカさん。
既にそこまで考えていて下さったのね」
「ですが、申し訳ございません殿下。
私がこの場に参ったのは、アニエスとの婚約を認めて頂きたいと考えた為です。
ナディーヌ殿下の件と切り離したのも、あくまでその為なのです」
「あらあら。
ふふ。アルカさんはひどいお人ね。
一度安心させてからもう一度なんて」
「申し訳ございません。
アニエスの優しく気高い心に私は胸を打たれました。
是非、アニエスも我が伴侶として迎え入れたいのです」
「そちらも待って頂けるのかしら?」
「はい。今すぐ無理やり攫うような事は誓って致しません。
加えて、成人までは手を出さぬとお約束致します」
「そう。
なら魅力的なお話ね。
何より、アニが望んでいるのでしょうし。
そうでしょう?アニ。
あなたからアルカさんに言い寄ったのよね?」
「うん。そうだよ。お母様。
認めてくれる?」
「ダメよ。認められるわけないじゃない。
魅力的というのは、あくまで個人的な話しよ。
あなたはこの国を統べる王族の一人なの。
個人の感情で伴侶を決めるなど、あってはならない事なのよ」
「……お願い。お母様」
「聞き分けなさい。
と、本来なら言いたい所なのだけどね。
残念ながら、この国の王が賛同しているのよね。
極めて個人的な判断で」
うっすらと怒りを漂わせるアレクシアさん。
どうやら、王様の生贄行為に憤慨しているようだ。
それをどうにか抑え込んでいるような気配だ。
「でしたら、殿下。
丁度この後、陛下への面会を申し入れております。
ベアトリスも参加する事になりますが、宜しければアレクシア殿下もご一緒にいかがでしょうか?」
「ええ。是非ご一緒させて頂くわ。
ふふ。皆で少しお灸を据えてあげる事にしましょうか。
けれど本当によろしいの?
アニエスとの婚姻を認めようとしているのは、陛下の方なのよ?」
「母の気持ちを蔑ろにした婚姻など論外です。
アレクシア様のお許しが無い限り、アニエスとの関係を進展させる事はございません」
「そう。あくまで母としての私に問うているのね。
ならば王族として答えるのも無粋よね。
こほん。それでは失礼して。
嫌よ。アルカさん。
娘は渡さないわ。
この子は私の宝なの。
何人も囲い込んでいるお宅にはあげられないわ。
本当にこの子が欲しいのなら、この子だけを愛すると誓いなさい」
『おっと~?
これは手痛い一撃だぁ~!
解説のハルさん。この展開どう見ますか?』
イロハ!?
何キャラ崩壊おこしてんの!?
ミヤコの真似のつもり!?
『むりすじ』
『おうにつくべき』
ハルちゃんもハルちゃんで何真面目に回答してんのよ?
というかつかないってば!
あの王様についてアニエス奪い取るとか、完全に邪神ムーブじゃん!
『悪魔女なんだし今更じゃない?』
あれ?もう飽きたの?
『そんな事より』
はいはい。
「申し訳ございません、アレクシア様。
そのご指摘は尤もなものと理解しております。
ですが、他の伴侶を切り捨てる事などできません。
同じくらい、アニエスを諦める事も選べません」
「ではどうするの?
私は答えを変えるつもりはないわよ?」
「チャンスを頂けないでしょうか。
足りない誠意を示す為に、あらゆる手段を講じさせて頂きます。
先ずはアレクシア様との親睦を深めさせて頂けると幸いです」
「そう。ふふ。
つまりは私から口説き落としたいと言うのね」
「はい。その認識で相違ありません」
「ならば言葉遣いを改めなさいな。
そのように遠慮していては、親密になるにも程遠いのではないかしら」
「ありがとう。アレクシアさん。
これからよろしくね♪」
私の言葉に、何故かマノンが反応した。
「それは気安すぎじゃないかしら?」
「マノン、あなた手を貸すとか言ってたくせに、結局刺しに来たの?」
「助言よ。助言。
アレクシア様に失礼な事をしたら、何時でも止められるように待機していたんじゃない」
「よく言うわ。
どうせ割り込むタイミングが見つからなかっただけのくせに」
「あらあら。ふふ。
まさかマノンとまでそんなに親しくなっていたなんて。
流石、短期間で剣聖一家を落としただけの事はあるわね」
ありゃ?
そっちの話も知ってるの?
エリスはともかく、クレアの事までどうやって知ったのかしら。
「まだ剣聖本人は落としきれてないけどね」
「もう。ダメよそんな事をここで言っては。
剣聖は護国の象徴ですもの。
侵略行為と取られかねないわ」
「ふふ。冗談よ。
マリアさんは私の所に来たりしないわ。
きっとこの国の為に最後まで尽くすつもりなのだから」
「でしょうね。
けれど、随分とあなたの事を気に入っているみたいよ。
最近のマリアはあなたの事ばかり話すのだもの」
「もしかしてアレクシアさんはマリアさんと親しいの?」
「ええ。
マリアとは同い年なの。
いわゆる幼馴染というやつね」
あれ?
第一王子がクレアの幼馴染でマリアさんより年下で、第一王女のアレクシアさんがマリアさんと同い年なの?
なら、アレクシアさんが王様の子世代では一番上なのね。
そう言えば今更だけど、クレアの歳がいま二十◯歳で、第二王子の娘が十二歳くらいって事は、第二王子はいくつの時に子を成したの?
下手すると成人未満にならない?
「マノン、あなたいくつなの?」
「どうしてこのタイミングなのよ?
人様の家族の年齢見積もってたわね?
まったく。失礼な人だわ。
アレクシア様。
やはりこのような者にアニエスは任せられません」
「あ!ごめんなさい!
そんなつもりじゃ!」
「ふふ。マノンは大人びて見えるものね。
勘違いしてしまうのも無理ないわ」
「え?」
「何呆けた声出してるのよ。
私はまだ十歳よ。
一体いくつだと思っていたの?」
「え~!
凄いのねマノン!
その歳でベアトの後任を任されるなんて!
とっても驚いたわ!」
「ふっふん。そんな見え透いたお世辞言ったって誤魔化されないんだから!」
とか言いつつ、嬉しさが隠しきれていない。
どうやらこの子、結構チョロいっぽいぞ?
というか、やっぱり全然助けてくれてないじゃない。
何か可愛いから許しちゃるけども。
『『ちょっろ』』
うっさい!




