34-2.機神
「えっと、二人とも怪我はない?」
「うむ。余は問題ない」
私の片腕に収まったヘスティが答えた。
「ごめんなさい」
もう片方の腕に収まったアリスが落ち込んでいる。
とっさに二人を引き寄せて障壁を纏ったお陰で、全員傷一つなさそうだ。
とはいえ、扉も変わらず健在だ。
これは予想外の展開だ。
間違いなくアリスの放った爆発は十分な威力をもっていた。
この扉、相当頑丈なようだ。
そうか。
ここはシェルターの中なのか。
ヘスティが時を超える為の場所を守るなら、それくらいの備えはあってもおかしくない。
取り敢えず、扉の先に転移門を繋いでみる。
どうやら向こうの状態も問題ないようだ。
「大丈夫よ、アリス。
一先ず落盤の心配は無いみたい。
けど、次は気をつけてね。
きっと今のアリスは絶好調だから、逆に加減が難しくなってるんだと思うの」
「うん……」
「落ち込まないで。
それは私とアリスの成長の証よ。
きっと直ぐに馴染むから」
「うん。ありがと。小春」
「どういたしまして♪」
「話は済んだかのう。
そろそろ降ろしてもらえんじゃろうか」
「本当に降ろして大丈夫?
腰抜かしてひっくり返らない?」
「……」
「暫くおぶってあげるわ」
「すまぬ……」
「なら私が!」
「ううん。
アリスはいざという時に動けるよう、警戒をお願い。
まだ何があるかわからないから」
「うん。わかった」
今度はアリスを先頭に、ヘスティを抱き上げた私が続く。
扉の先はまた通路となっていた。
どことなく、以前地下の町で見た作りと似ている気がする。
「おぶると言うとったじゃろうが」
「こっちの方が歩きやすいんだもの」
「騙されたのじゃ……」
「騙してないわ。気が変わっただけ」
「お主……はあ。
もうよい。好きにせよ」
「ヘスティもだいぶ馴染んできたわね」
「お主は強引すぎじゃ。
もう少し労らんか」
「だからこうして抱っこしてるんじゃない」
「精神面の話じゃ」
「そんな事言ってると、身も心もおばあちゃんになっちゃうよ?」
「お主、いい加減にせえよ?
余はまだ千も生きとらんのじゃ。
年寄り扱いするでない」
「え?
ドワーフって六、七百年くらいしか生きないんじゃなかったの?」
「いや?
余の時代は二千を軽く越えとったぞ?」
「私の知り合いの話とは違うわね。
厳密には別の種族なのかしら。
それとも、平均寿命自体が縮んでる?」
それにしたって、たった数世代程度じゃそこまで変わらなそうだけど。
ヘスティの生きていた時代が想像以上に昔なのか、何かこの世界自体に大きな変化でもあったのかしら。
「さあのう。
既にその者どもすら滅びたと言うとったじゃろ。
ならば、余には知り得ぬことじゃろうて」
「まあそうよね。
それにしても、ヘスティの国があった時代って、一体どれくらい前なのかしら」
「それもハッキリとはせんのう」
「ある程度は予測出来るの?」
「少なくとも一万は軽く越えとるという事くらいじゃな」
「え?なんで?」
「耐用年数じゃ」
なるへそ。
動力が生きていれば、扉を開けられたはずだものね。
「一万ってことは、ニクスが守護者になる前よね。
ルネルもそれくらい長生きなのかしら」
「ルネルじゃと?」
「ええ。まさか知り合い?」
「……いや。知らん」
「ほんと?
なんで今間があったの?」
「気の所為じゃ」
「なら後で本人と引き合わせてみましょう。
それでハッキリするでしょうし」
「……」
「嫌なら無理にとは言わないけど」
「いや。会おう。
その方が手っ取り早いじゃろ」
「やっぱり何か知ってるんじゃない」
「断定は出来ん」
「心当たりはあるのね」
「可能性程度じゃ。
別に珍しい名でもなかろう」
「そうかしら?
まあ、エルフには珍しくないか。
確か長老もレルネって名前だったし」
「……」
「というか、まだニクスとも会わせてなかったのよね。
忙しいからって、いくら何でも放置しすぎたわね」
「いや。既に神ニクスとは話しとる。
それにお主、何のかんのと毎日のように顔出しとったじゃろうが」
まあ、そりゃあね。
流石に放り込んでそのまま完全放置までは出来なかったし。
とは言え、毎日数分程度だったから。
「それで、ニクスとどんな話をしたの?」
「余の目的を問われたのじゃ」
「なんて答えたの?」
「もうすぐわかるじゃろ」
「なにそれ?どゆこと?」
「余があの装置で時を越え、何を成したかったのかという話じゃよ」
『アルカ』
うん。気付いてる。
いるわね。何か。
通路が終わり、再び見えてきた扉の向こう側から、妙な気配を感じる。
「小春!この先!」
「ええ。
アリス、一旦下がってて。
悪いけど、ここは私から行くわ」
「うん!へスティは任せて!」
「お願いね」
私はヘスティを降ろしてアリスに預け、一人、前に出る。
二人から少し距離を取ったところで、扉の先に転移門を繋げて、内部の様子を覗き見た。
「?」
『ろぼっと?』
それと破壊され尽くした町並みっぽい。気がする。
時間が経ちすぎていて、判断するのも難しい。
『その割には気配が妙よ。
機械というより、生物に近いんじゃないかしら』
私は一旦転移門を閉じて、扉から距離を取った。
『さいぼーぐ?』
「どう見ても人間サイズじゃないのよね。
それに、ちょっとガ◯ダムっぽくない?」
『まじんのも』
『はいってそ』
『何にせよ、アルカ達と同郷の異世界人が関与してそうね。
しかもあいつ、ヘスティの口ぶりからするなら、一万年以上もああして居座っているのでしょう?』
「気が長すぎるわね」
『もくてき』
『なぞ』
『ヘスティに聞くのが一番ね』
それはそう。
「ヘスティ、あれ何?」
「余の国で製造された物じゃ。元はのう」
「なら今、というか中身は?」
「わからぬ」
「ほわい?」
「余らはあれを機神と呼んでおった。
機神は突如として暴走を始め、この国を襲った。
あやつを止める方法を見つけ出す事が、余の務めじゃ」
「そんなもの、今更知ってなんになるの?」
「ハッキリ言うのう。
散々気遣っておったくせに」
「だってヘスティ、諦めて無いみたいだから。
それで、知った後はどうするつもりなの?」
「簡単な事じゃ。
時を越えられるならば、遡ることも出来るじゃろうて」
「そんな簡単な話じゃ無いと思うけど」
「じゃが余はやり遂げる。必ず」
「悪いけど、それは見逃せないの。
私、この世界の守護者の使徒だから」
『自分も時間遡行の方法検討してたくせに』
『イロハ』
『すてい』
「それでもじゃ」
「まあ、その辺りの事はまた何れ話し合いましょう。
取り敢えず、今はあれをどうするかよ。
ヘスティの目的を考えるなら、鹵獲するのが一番よね。
なんかまだ生きてるっぽいし」
「よいのか?」
「元々そのつもりで一緒に来たんでしょ?」
「いや、流石にもう機能を止めとると考えておった。
想定以上に時間が経ちすぎておったしの」
というか、本来ならヘスティを目覚めさせる事が出来るのは、あれを倒してシェルターに到達した者だけのはずだったのか。
まるで魔王に囚われた姫を救い出すように。
実際は姫どころか女王だし、しかも自ら囮になってたようなものだけど。
その辺、私が転移でショートカットしちゃったから、順番が逆になったのね。
ヘスティは救い出してくれた人と停止した機神から情報を得るつもりだったのだろう。
ノアちゃんの転移を見て態度を変えたのは、私達なら倒せる実力を持っていると判断したからなのだろうか。
単にビビってたのが、それどころじゃないって気持ちで上書きされただけかもだけど。
まあ何にせよ、それらはあくまで想定内の範疇での話だ。
まさかドワーフ自体が滅びる程に時間が経っているとは予想だにしなかったのだろう。
あれ?
でもヘスティの目的を考えるなら、この地で生き残っていた者達は、全員逃がし終えていたのではなかろうか。
箱型魔道具、共有箱を使えば疑似転移も出来たのだろうし。
そうすると、ヘスティは一人だけこの地に残る事で、この状況を作り出したの?
でも、なぜヘスティはあの機神がこの地に留まり続けると信じていたのかしら。
全てそれが前提の作戦よね。
何かそういうプログラムでもされてるの?
あかん。考えがとっ散らかってきた。
しかも、全部考える必要すらない事だ。
素直にヘスティに聞けば済むのだし。
取り敢えず、その辺りの経緯は後で聞く事にしよう。
「むしろ、あれが今尚健在なのは、喜ぶべき事なのかしら」
「余裕そうじゃのう」
「まあ、なんとかなるわよ。たぶん。
取り敢えず、捕まえてから考えましょう。
どのみち、あんなの放っておけないし」
「頼む」
「ええ」
とはいえそもそもの話、国が滅びたのは他の原因があるんじゃないかしら。
ここ以外の共有箱が置かれていた地も、全て遺跡になっていたのだ。
機神が滅ぼしたのは、あくまでもこの地だけのはずだ。
ならそっちの問題も調べなきゃよね。
随分と気の長い話になりそうだ。




