33-37.やり残し
「ツムギ、調子はどう?」
「あ!小春!
待ってたわ!」
ベットで上半身を起こした状態のツムギが、私の顔を見て笑顔を向けてくれた。
「もうバッチリよ!
なんかステラが寝てろってしつこいけど!」
そのステラは席を外しているようだ。
サナに屋敷の案内でもされてるのかも。
ツムギが目を覚まして安心したのだろう。
「お姉ちゃん、ありがとね。
問題無さそうなら後は代わるわ」
「ええ。大丈夫よ。
ツムギの状態は安定してるわ。
それじゃあ、ツムギ。
私はもう行くわね。
また夕食の時にでも話しましょう」
「ええ!
ありがと!ミユキさん!」
なんだかお姉ちゃんとツムギもすっかり仲良くなったようだ。
やはり、故郷関連の話で盛り上がったのだろうか。
お姉ちゃんが転移した後、私はさっきまでお姉ちゃんが座っていた椅子に座り、ツムギの側に近づいた。
「ツムギ、大切な話があるの」
「兄様のこと?
あれからどうなったの?」
一転して真剣な表情になるツムギ。
この様子なら、記憶も問題は無いようだ。
前世の記憶を一気に思い出して、直前の事が押し流されたとかもなさそうだ。
それから私は、ツムギが退場してからの話を語って聞かせた。
「……父様とマリ姉、それにマル兄も無事なんだよね?」
「ええ。全員傷一つ無いわ」
「そっか。良かった。
ならきっと、シル兄様の本懐は果たせたんだね」
「……」
ツムギもクレアと同じ事を口にした。
「うん。納得した。
流石シル兄様ね。
ごめんね、小春。
こんな事に巻き込んで。
兄様の代わりに私が謝罪するわ」
「いえ、そんな……私の方こそ」
「ストップ。止めて、小春。
小春は何も悪くなんてないわ。
全部兄様のせいよ。
小春を巻き込んで解決させたのは兄様なんだから。
それにそもそも、兄様は研究室で寄生されたんでしょ?
三ヶ所以外、どこにも痕跡が無かったんでしょ?
なら、きっと兄様が自分で瓶を開けちゃったんだよ。
兄様は賢くて優しくてすっごい人だけど、父様より少しだけ慎重さが足りないの。
そしてそれ以上に、楽しい事と悪戯が大好きな人なの。
だから、興味を抑えきれなかったんだと思うの」
何故か段々とツムギの言葉の勢いが増していく。
「そうすると、もしかしたら研究員達に黙っているよう指示したのは兄様なのかも。
なら研究員達を守る為の策も何か用意されてるはず……。
小春!私行かなきゃ!」
「え!?」
「お願いよ!小春!
今すぐお城に連れて行って!
まだやり残した事があるはずなの!」
「うっうん。わかった!」
私はツムギを連れて、一先ず離宮に転移した。
「付いてきて!」
迷いなく駆け出すツムギに続き、城内を駆けていく。
途中、兵達ともすれ違って驚かせてしまったものの、ツムギの姿を見た途端に声をかける気が無くなったようだった。
ツムギが一目散に駆け込んだのは、王子の私室だった。
そしてそこには、先客の姿があった。
「ああ。良かったぁ。
父様も気付いてくれたのね」
「……そうか。お前もか」
「ええ。兄様の仕込みは見つかった?」
「ああ。これだ」
陛下が差し出したのは、一冊の本と魔道具?だった。
ツムギは先に本を受け取って、パラパラとページをめくっていく。
「……兄様のバカ」
暫くして、ツムギは笑みを浮かべながら涙を流し始めた。
「本当にな。困ったバカ息子だ」
王様も目頭を抑えながら同意した。
「小春、これ」
「……いいの?」
「うん。小春にも読んでほしい」
「わかった」
私はツムギから本を受け取った。
その本は、どうやら日記帳だったようだ。
その日記帳には、王子視点で事の顛末が記されていた。
その内容は概ね私達の推察どおりだった。
そして最後には、家族とクレアへの愛がこれでもかと言うほど書き綴られていた。
「父様のところ、読んでみて」
「え?
うん」
王様へ宛てた内容は、最後の頼みと謝罪だった。
頼みの内容は、マルセルさんと研究員達の減刑だ。
研究員達だけでなく、王子の一番近くにいながら王子の変化に気付けなかったマルセルさんも、同じく罰せられる事になると気付いていたのだろう。
命を落としたのが王子である以上、そして研究員達が一度は報告を上げなかった以上、全員罪に問わないでくれというのは不可能だと考えていたようだ。
それでも、全ては自分の浅慮が原因なのだという旨の内容が、大げさなくらい事細かに書き記されていた。
ツムギが想像した通り、不用意に瓶を開けたのは自分だとも強調されていた。
今となっては本当の事はわからない。
いや、研究員達の中には目撃者もいるのだろう。
もしかしたら、嬉々として王子に見せた者でもいたのかもしれない。
けれど、王子はあくまでも自分が原因だから、その件で問い詰めないでくれと、これが最後の願いだからどうか聞き届けてくれと王様に頼んでいた。
この魔道具は、消えた魔道具に似せて作った偽物だ。
当然、日記にそんな記述は無いが間違いない。
どう見ても取り付けられた魔石は一般的なものだ。
そもそも魔道具として機能するのかすら疑わしい。
少しでも罪を軽くしようという、苦肉の策が伺える。
もしかしたら、ニコラが転移の事で嬉々として王様に報告していたのは、王子の事があったからなのだろうか。
早く紛失の件を解消して、王子の事を報告したかったからなのだろうか。
彼らは彼らなりに必死だったのかもしれない。
敬愛する王子が一刻も早く治療を受けられるようにと。
流石にこれは考えすぎかしら。
そもそも、寄生された事自体、気付いていなかった可能性も高いんだし。
何にせよ、ニコラのあの粛々とした態度は既に覚悟が出来ていたからなのだろう。
最初から罪の意識を持っていたからなのだろう。
「最後の最後までらしくない事をしおる」
「そうね。父様。
本来の兄様ならもっと説得力のある策を用意したわ。
こんなゴリ押しは兄様らしくない。
けど、それだけ余裕が無かったのよね。
きっと必死だったのよね」
「そうだな……」
「なら、私達で考えましょう。
兄様の代わりに。
兄様の心残りを解消しましょう」
「……無茶を言うでない。
マルセルはともかく、ニコラの減刑なんぞ認められるか。
奴は余の配下じゃ。
シルヴァンの言葉だろうが従ってはならんかったのだ。
そのようなこと、わからん奴ではない」
「それでもよ、父様。
彼は兄様の個人的な友人でもあるのだもの。
きっと兄様が救いたかった者の一人でもあるはずよ」
「そのような理由で国の危機を招いた者共を庇う事など、出来ようはずもなかろう」
「そもそも兄様がそういう人だもの。
正しいかどうかより、自分の望みを優先する人よ。
皇太子の立場を捨ててでも、初恋に拘り続けてしまうくらいにはね」
「本当に困った息子だ」
「そうね。困った兄様ね」




