33-31.状況整理
「王様は何をどこまで把握しているのかしら。
私とベアトリスを結婚させようとした事は認識してる?」
「……ああ。それは間違いなく余の意思だ」
「そう。ならシルヴァンが王様を洗脳したのは、ごく最近のことみたいね。
もしかしたら、ここに来る直前とかなのかしら。
その辺り、マルセルさんはどう思う?」
「……わかりません」
「答える気が無いのならそれでも良いわ。
後でシルヴァンと一緒に尋問するだけよ」
「いえ、本当にわからないのです。
少なくともその魔道具に見覚えはありません」
「虚言では無いのだな!」
「誓って」
マリアさんの詰問にも、力強い目で答えるマルセルさん。
『どうやら本当の事を言っているみたいよ。
おそらく、そういう洗脳なんじゃないかしら。
あの洗脳魔道具モドキを見てる間の事を認識出来ないようにするとかね』
なるほど。
それは厄介ね。
本当に最低限で済ませるなら、有効な手なのだろう。
「王様はどう?
なにか思い出せる?」
「……いや」
「マリアさんとベアトリスは?」
「陛下達がいらした直後からの記憶が抜けている。
気付いた時には皆が倒れていた」
「多分私も同じような感じよ」
ふむ。
洗脳魔道具モドキの、それも高出力の命令で操られた者は、その間の記憶が保持出来ないって事ね。
なんなら、少し前から記憶が飛んでいるみたい。
王子が乱用を控えてたっぽいのもその為かしら。
それだけ脳に強い衝撃でも与えているのかもしれないし。
念の為、ツムギだけでもセレネとお姉ちゃんに診てもらうべきだ。
「王様、こんな時になんだけど、ベアトリスとの結婚、喜んで受け入れるわ。
早速で悪いけれど、今日からもう連れ帰るわね。
無理やり洗脳された悪影響が無いか心配だし」
「待て。いや、ベアトの事はこちらからも頼む。
だが、先ずは話をさせてもらおう。
もう一度、ここで起こった事を説明してくれ」
「悪いけど、先ずはベアトリスの事よ。
今すぐ私の家族の下に送るわ。
早急に検査しておきたいのよ。
話はそれからね。
ベアトリスを家族に任せたらすぐに戻って来るから」
「ああ……承知した」
王様の同意も得られたので、私は早速ハルちゃん(分体)にこの場を任せて自宅の私室に転移した。
勿論、ツムギだけでなくステラにも同行してもらった。
「ツムギ、今から家族を何人か呼ぶわ。
今は急いでいるから、ちゃんとした紹介は後で改めてね。
取り敢えず、そこのベットに座って待っていて。
ステラ、この部屋の物は何でも好きにして構わないわ。
案内役も用意するから、足りないものがあれば何でも言ってね」
「承知いたしました」
私はツムギとステラを落ち着かせてから、セレネ、お姉ちゃん、サナを呼び出した。
「セレネとお姉ちゃんはツムギをお願い。
サナはステラについてあげて。
悪いけどまたすぐに出なきゃいけないの。
後はよろしくね」
「ええ。任せておきなさい」
予めフィリアス経由で情報が行き渡っているので、セレネ達は大した説明もなく二つ返事で了承してくれた。
そうして、私は再び王様達の下へ転移した。
「もう良いのか?」
「ええ。専門家に任せてきたわ」
治療と記憶操作のエキスパートにね。
別にどっちも脳医学とか知ってるわけじゃないけど。
「専門家?」
「そんな事より、状況を整理しましょう」
私は改めてここで起こったことを説明した。
シルヴァンが私を排除しようとした事。
排除に失敗すると、今度は位置情報を特定する魔道具等を渡してきた事。
シルヴァンの件で王様と話し合おうとした矢先、シルヴァンが仕掛けてきた事。
シルヴァンの洗脳を跳ね除け、制圧した事。
一通り話を聞いた王様は、暫く考えた後に小さく呟いた。
「やはり信じ難い」
「シルヴァンがそんな事するようには思えないってこと?」
「ああ。その通りだ。
本来のこやつは頭が切れる。
だというのに、今回の行動は短絡的に過ぎる。
何もかもが、らしくないのだ」
「そっち?
自分の息子はそんな悪行に手を染める奴じゃないとかって話ではなくて?」
「いや、こやつはやる。間違いなく。
必要ならば躊躇はせぬ。
だが、もっと上手くやる。
誰にも悟らせずにな」
何その信頼。
「マリアさんも同意見?」
「……ああ。
だが、一つ勘違いしないでほしい。
必要ならばというのは、国や愛する者の為という意味だ。
決して私利私欲で動くようなお方ではない」
「相変わらず大絶賛ね。
クレアも何だかんだ認めていたし。
なら、この王子は誰かになにか吹き込まれたのかしら。
例えば、私の危険性とか」
「自らその考えに至った可能性も高い」
「そうかもね。
けれど、今回王子が使っていた道具は一般的な代物じゃないわ。
それらと一緒に誰かしらの思惑が働いているはずよ。
って、そうだ。
王様、あの隠蔽魔道具はどれかわかる?
普段、王様が身につけてたやつ。
あれ回収しておきたいんだけど」
「ああ、それならば」
王子の腕を掴み、袖をめくって腕輪を抜き取った王様。
そのまま私に差し出してくれた。
「なるほど。腕輪ね。
これって、複数ある?
それと、王様は何時から付けていたの?」
「いや、それ一つのみだ。
普段余が身に付けていた物ではあるが、余に献上したのはシルヴァンだ。
それもつい最近、年明けの頃の事だ。
こやつは城下に降りた際に行商から買い取った、掘り出し物だとか言っておった」
あらら。
王様ったら、何だかんだ息子からのプレゼントって事で気に入っていたのかしら。
どことなく寂しそうな表情になってしまった。
「悪いけど暫く預からせてもらうわね。
問題がないようなら返しに来るわ。
ああ、それと。
これも魔道具ではないようだからお返しするわ」
私は魔道具と一緒に巻き上げた例の指輪を王様に差し出した。
「……すまぬ。感謝する」
また妙な表情をさせてしまった。
この指輪が大切な物という話も本当だったのかしら。
私は改めて手に持った腕輪を観察してみる。
相変わらずスイッチの類は見当たらない。
一体全体、どうやって制御しているのかしら。
そう言えば年明けって事はシーちゃんと出会った頃よね。
この繋がりにもなにか意味があるのかしら。
ニクスの監視に穴が出来るような何かが。
『アルカ!ごめんなさい!
すぐに戻ってきて!』
突如、慌てたセレネの念話が飛んできた。
私は再びハルちゃん(分体)を残し、王様たちへの説明すら放り出して自室に転移した。
「うぅぅぅぅぁあああ!!」
苦しげなうめき声をあげるツムギと、どうにか落ち着けようとするセレネ達。
私はすぐにかけより、ツムギを抱きしめた。
「ハルちゃん!」
『けいやく!』
「任せた!」
今の私なら、ハルちゃんとの融合のお陰で、フィリアスを介さずとも人間と契約を結ぶ事が出来る。
すぐに私とツムギの間で契約が結ばれ、ハルちゃんの一部を同化させた。
そうしてハルちゃんが内側から働きかけてくれたおかげで、ツムギはすぐに落ち着いてくれた。
どうやら眠ってしまったようだ。
取り敢えずこのまま寝かせておくとしよう。
「ごめんなさい、小春。
私のせいなの」
「なにがあったの?」
『ぜんせのきおく』
『しげきされた』
『もんだいない』
『いちじてき』
「そういう事なのね。
なら、お姉ちゃんのせいじゃないわ。
ごめんなさい。ちゃんと説明してなかった私のせいよ。
時間が惜しいからっていい加減な事をしてしまったわね。
ツムギは前世の記憶を一部だけ覚えているの。
忘れてしまった残りの部分が暴走してしまったみたい。
大丈夫、目覚めた頃には落ち着くはずよ。
申し訳ないけれど、もう少しだけ見ていてくれる?」
「ええ勿論。それは構わないわ。
私も今度は気をつけるわ」
「うん。ありがとう。
お願いね」
「なら私も戻るわね。
あまり大勢で囲んでいても落ち着けないでしょうし」
「うん。セレネもありがとう。
お陰で助かったわ」
「そう。何よりね。
それと今日は早めに帰るから。
アルカもそうしなさい。
アムルとツムギとステラの為にね」
「わかった。
頑張って早く終わらせてくるね」
「ええ。また後で」




