33-26.茶番
私とツムギが横並びで座り、王子とマルセルさんは正面に居座った。
そしてお義姉ちゃんは、何故か席につかず背後で立っている。
まあ、王族の護衛という立場を考えたら、別におかしな話ではないのだけど。
とはいえ、本気で警戒しているわけでもないだろうに。
今日は一体全体どういう目的があるのだろうか。
王子達が待ち構えていた事とも関係があるのだろうか。
「マリ姉が警戒しているのは、アルカじゃなくて兄様達の方よ。
まあ、これは言葉通りの意味ではなくて、職務上って意味なんだけど。
というのも、この離宮は男子禁制なの。
だからまあ、そういう決まり事と思って頂戴な」
なるほど。
そりゃそうか。
結婚の打診までしておいて、今更私に対して警戒もなにもないものね。
というか、私は何も言ってないのにツムギは私の内心に気付いたようだ。
私ってそんなにわかりやすいかしら。
それとも、ツムギが凄いのかな?
『どっちもじゃない?』
最近イロハがよく喋ってくれて嬉しいわ。
『なに本気で思ってんのよ』
こっちも伝わって何よりね。
「それで、シル兄様。
アルカと何か話したいの?」
「……」
「話がないなら、」
「いや。ある。
アルカ殿。貴殿の真の目的は何かな?
いい加減、腹を割って話そうではないか。
この国の何を欲しているのかね?
そうまでして、あの魔道具が欲しいのかね?」
「は?」
突然わけのわからない事を言い出した王子。
「質問の意図が図りかねます。
もしや殿下は、私がこの国に仇なす為に、剣聖一家に近づいたとお考えで?」
「ああ。つまりはそういう事だとも」
「シル兄様!!
突然何を言い出すのよ!!」
ツムギを無視して言葉を続けるシルヴァン王子。
「いくら何でも出来すぎではないかね?
剣聖の次は王族か?
ベアトリスの君への信頼はどういう事なのかね?
まるで洗脳でもされているかのようではないか」
「!!こんのぉ!!」
「ベアちゃん、待って」
「こはっ!アルカ!?」
「落ち着いて。ベアちゃん。
大丈夫だから。私を信じて」
「でも!!」
「大丈夫」
「……うん」
ツムギは渋々、上がりかけた腰を降ろした。
この王子、突然何を言い出すかと思えば。
まあ、そう考えた理由もわからんでもないけども。
ツムギが私に目を付けた理由までは、流石に王子の知るよしも無い事だ。
そもそも箱型魔道具の譲渡条件も、外部の者からしたら意味のわからないものだろう。
何故か、本来慎重なはずの王が、優秀な研究者であり高い志を持つ娘を嫁に出して、明らかな危険物である私と繋をつけようとしているのだ。
おそらくツムギは相当無茶を言ったはずだ。
しかも自身の真意を口にせずにだ。
王やこの王子が、ツムギの言動に違和感を持ったとしてもおかしな事ではないはずだ。
そう考えれば、洗脳などという突拍子もない事を言い出したのも頷ける。
王子が詰問に来たのは、王本人が既に洗脳済みの可能性を疑ったか、王子に異変が起きれば王が止められると踏んだからか。
何にせよ、この王子の行動には、あの王様も関わっていそうな気がする。
この親子、あまり仲良くなさそうなのに、意外と信頼しあってそうよね。
実は仲悪いのも単なるポーズなのかしら。
まあ、そんな事はどうでもいいけど。
案外、マリアさんも一枚噛んでたりして。
本当は王子を見張っているのではなく、本気で私を警戒しているのかも。
流石にそんな気配は感じないけど。
でも、王子の暴論に反応を示しすらしていなかった。
ならば、この話を予め知っていた可能性は高いだろう。
そうすると、前世関連の話も王に伝わちゃってるかしら。
ツムギは偽の記憶を植え付けられたものとして考えているのかも。
洗脳なんて言葉が出てきたのも、そこを根拠にしているからって可能性が高そうだ。
「任せてと言っておいてなんだけど、正直困ったわね。
やっていないことの証明なんて難しいもの。
私は何もしていないし、ベアちゃんは自分の意思で私の下に来る事を望んだの。
それをどうやって証明するべきかしら」
「あくまでシラを切ると?」
「なら逆に、そちらの根拠を提示してもらえるかしら?
そうまで言うのだから、確かなものがあるのでしょう?
私の力を知っていて切り出したのだから、まさか当てずっぽうなんてありえないものね」
「いいや。根拠などない。
これは私個人の勘だ。
ベアトリスの急変と、クレアをよく知る幼馴染としてのな」
「あなた一人が勝手に暴走しているだけだから、話が拗れても国に手を出すなとでも言いたいの?
流石にその言い訳は通らないわよ?」
「今論ずるべきはそこではない」
「それは流石に私をバカにしすぎじゃないかしら。
エリスやクレアの祖国だからって、敵に回るなら容赦はしないわ」
「だから問うている。
争わずに収める道を探りたい。
望みはなんだ?
全て君の言う通りにしよう。
だからこの国から手を引いてくれ。
私の望みはそれだけだ」
なるほど。
結局いつものか。
別に王子にとって、私が本当にツムギを洗脳しているかどうかなど関係ないのだ。
単に私がこの国に与えるであろう影響に、恐怖しているだけだ。
とんだ腰抜け野郎だったというだけの事だ。
こんなんでよくクレアに言い寄っていたものだ。
身の程知らずにも程がある。
いやまあ、そんな私に食って掛かってるんだから、度胸がないってわけではないけど。
度胸と言うより、度量がないのだ。
受け止めきれなくなったから、投げ出したいのだろう。
「ないわ、そんなもの。
目的なんて、なにも。
結局のところ、私が関与をやめれば安心できるのよね。
なら出禁にでもなんでもしたらいいわ。
この国の決まりには従ってあげる。
けれどベアちゃんは連れて行くわ。
あの魔道具は必要ない。
自分たちで好きになさい。
差し伸べた手をこうまで振り払ったのだから。
だからって私達のせいにしないでよね?
この国が滅びたってそれはあなた達の選択の結果よ」
「「「「……」」」」
全員口を閉ざしてしまった。
なにか言いなさいよ。
いいの?もう帰っちゃうよ?
「マリアさんも王子と同意見なのよね?
エリスはどうする?
もうお返しした方がいいのかしら?
私としてはこのまま攫ってしまいたいところだけど、流石にマリアさんの気持ちを無視してまで強制するつもりはないわ」
「……待て」
「なに?
今更仲裁するつもりにでもなったの?」
「……ああ」
マリアさんは私の前に回り込み、私の前で跪いた。
「申し訳ございません。アルカ殿。
殿下に代わって、この度の無礼謝罪致します。
どうか私に免じてお許し頂けないでしょうか」
「顔を上げて、マリアさん。
別に怒ってないわ。
ただ要求に従おうとしているだけじゃない。
こんなの珍しい事でも無いのよ?
仲良くしてた国を出禁になった事も初めてじゃないし。
これは仕方のない事なのよ。
過ぎた力は恐れを産むものだから。
だから安心して。
やっぱりエリスはお返しするわ。
私みたいな人生に巻き込むのは可哀想だもの。
エリスも落ち込んでしまうでしょうけど、どうか慰めてあげてね」
「アルカ殿!どうか今一度お考え直しを!」
「ねえ、止めて、マリアさん。
そんな話し方しないでよ。
最後くらい、笑ってお別れしましょう?」
「アルカ様!」
マリアさんの隣にマルセルさんが跪いた。
そうしてマリアさんと同じように、謝罪の言葉を述べる。
「ほら、二人とも。
私はただの冒険者よ。
そんな事する必要はないってば。
ねえ、ベアちゃん、ベアちゃんからも何か言ってあげて?」
「アルカ……任せてって言ったじゃん。
私はそんなの望んでない。
私の家族と仲良くしてよ!
私はどっちも手放したくなんてないんだよ!」
ツムギは気付いていないのかしら。
自分の無茶な行動がこの事態を招いたって。
いや、そんなわけないか。
わかっているから、口を挟まないでいてくれたのだろう。
私が頼んだからってだけではなく、罪悪感で口が重くなっていたのもあるのだろう。
だから私の腕に縋るツムギの手は震えているのだろう。
「なら仕方ないわね。
もう少しだけ話を聞いてあげる。
それで皆がこう言ってるけど、あなたはどうしたいの?
あくまでも私を近づけたくないのなら、それでも結構よ。
三人に免じて、今まで通りの付き合いは維持してあげる。
ただ、当然私以外はって話にはなるけど」
「アルカ!」
「ごめんね、ベアちゃん。
これが双方にとって良い落とし所だと思うの。
喧嘩するわけでも、金輪際関わらないって話でもないわ。
ただ私だけが、この国に入れなくなるってだけの事よ。
そもそも、これはあくまで私の提案よ。
後はシルヴァン王子の意見次第ね」
「兄様!!」
「……その提案を飲もう。
このような事を言えた義理ではないが、妹を宜しく頼む」
「ダメ!兄様!考え直して!
小春!そんなの嫌だってば!」
「ベアちゃん、いいえ。ツムギ。
ごめんね。今回は諦めて。
大丈夫よ。何れあなたのお兄さんもわかってくれるわ。
今は少しだけ時間が必要なの。
それに、私がこの国に入れないからって大した問題じゃないでしょ?
勿論、言った通りそれ以外は以前のままよ?
私達はこの国を助けるために手を差し伸べ続けるわ。
どれだけ振り払われようとも、よ。
ツムギの大切なものを守るために、変わらず全力を尽くすと誓うわ」
「そんな事が言いたいんじゃないよぉ!」
「困ったわね。
これじゃあ私がツムギを泣かせているみたいじゃない。
これは、どうしたものかしら。
お義姉ちゃん、何か良い案はない?」
「アルカ……そう呼んでくれるのだな……」
「ええ。だってそういう話でしょ?
私はこの国を追われるけれど、お義姉ちゃんと家族になったことを否定したいわけではないもの。
お義姉ちゃん達が引き止めてくれたのだから、遠慮なくそう呼ばせてもらうわ」
「殿下!
どうかご再考を!
この者は私の義妹です!
この者の行動の全ては、私が責任を持ちます!」
「殿下!」
「兄様!」
何この……マッチポンプ。
いや、真剣なのはわかるんだけどさ。
ごちゃごちゃ言い出したのは王子なのに、なんで王子が赦す側みたいになってるの?
解せぬ……。
そもそもの話、この王子にそこまでの決定権があるのだろうか。
本人の言う通り、王様に無断で行動を起こしているなら、咎められるは王子では?
王様もグルかもなんてのは、全部私の想像に過ぎないんだし。
その王様が、ツムギと私の結婚を認めて提案してきたのに、こんなちゃぶ台返しみたいな事をするものだろうか。
案外本当に王子の暴走なのかも。
イロハはどう思う?
『どちらであっても同じ話よ。
第一王子がこうまで言っておいて、そんな権限ないから聞かなかった事にして、なんて話にはならないわ。
さっきの王子の言葉はこの国の言葉と取って当然よ。
だからもう、さっさとツムギ攫って帰りましょうよ。
マリアもマルセルも一部始終見ているのだから、これで王子が罰せられるなら、すぐに出禁も解けるでしょうし。
とはいえ、そう簡単には撤回もできないか。
なら、それなりの謝礼金でも差し出してくるんじゃない?
良かったわね。また嫁が増えそうよ。
この国の差し出せるもので、アルカが喜びそうなものなんてそれくらいしかないでしょうから』
それは勘弁して!!
「王子、今なら全部聞かなかった事にしても良いわよ?
お互い、ベアちゃん泣かせたくなんてないでしょ?」
「……やむを得ぬか」
三人から詰め寄られて辟易していた王子は、渋々私の意見に同意した。
やっぱこいつ、これっぽっちも優秀には見えないんだけど。




