33-11.変わり者
『まったく』
『ごめんなさい』
私は離宮に足を踏み入れたところで、ノアちゃんとの約束を思い出した。
というか、思い出したのはハルちゃんだけども。
もうちょい早く言ってほしかったなぁ……。
とにかく慌ててノアちゃんに念話を送り、手短に状況を説明し終えた。
『約束しましたよね?
マリアさんのところへは私も一緒に行くと』
『はい……』
でもノアちゃんだって朝から仕事行っちゃってたし……。
いやまあ、私が今朝いきなりマリアさんのところに顔を出すなんて、ノアちゃんには言ってなかったんだけども。
『あげく、直接王女本人と会うだなんて。
何故そうなった時点で伝えてくれなかったのですか?』
『ごめんなさい……』
『もうやってしまった事は仕方ありません。
くれぐれも結論を急ぎすぎないで下さいね』
『うん。約束する』
『今度こそですよ』
『うん。絶対』
『私は何時でも動けるようにしておきます。
最悪、王女の眼の前だろうと呼び出して下さい。
どうせ転移の事は知られているのですから、問題無いはずです』
『がってん』
丁度そのタイミングで、メイドさんが立ち止まった。
どうやら王女の待つ部屋についたようだ。
扉が開かれると、そこにはベアトリスちゃんが準備万端で待ち構えていた。
「ようこそお越しくださいました、アルカ様」
そう言いながら、ベアトリスちゃん本人が私達を部屋の中に招き入れてくれた。
「こちらこそ。お招きありがとうございます。姫殿下」
「もうアルカ様ったら。
そのような呼び方はおよしになって下さいませ。
私達は近く伴侶となる間柄なのですから」
「なら、ベアトリスちゃんも素の状態で接してくれる?
なんだか色々と策を講じていたようだけど。
ごめんね。腹の探り合いはあまり好きじゃないの」
「な~んだ。つまんないの。
もう少しくらい付き合ってくれても良いじゃない」
途端に態度を急変させるベアトリスちゃん。
そのままどさりと、ソファに身を投げだした。
「アルカってさ、本当の名前は何ていうの?」
は?え?
「どう見ても日本人だよね。
の割には美人すぎるけど。
そっちは異世界転移ってやつ?
私は、転生だったのよね~」
な!?
ニクス!!ニクス!!
『ごめん、私知らない。
というかそんな事あり得ないんだけど……』
いやでも!
なんか日本の事も知ってるわよ!?
『とにかく調べてみる。少し時間頂戴』
任せたわ!
「あ、ごめん。
マリ姉もいるんだもんね。
うっかりしてたわ。
私ったら浮かれすぎね。
正直、アルカの話を聞いてからずっとこんな調子なの。
もうずっと夢中だったんだから。
父様そそのかして嫁入りに持ってくのも意外と大変だったのよ?
父様ったら、あれで慎重な人だからね。
アルカへの干渉は極力避けたかったのよ。
って、んなことより名前、教えてよ。
ちなみに私は、織部 紬よ。
まあ、ベアトリスの方も気に入ってるから、好きに呼んでくれて構わないわ」
「ベアちゃんは、私に近づいてどうしたいの?」
「ふふ。ベアちゃんだって。あはは。
なんだか熊さんみたいでウケるんだけど♪
それで、近づいてどうするかって?
そんなの、お友達になりたいのよ。
こっちの生活だって嫌いじゃないけど、ふと恋しくて堪らなくなるの。
アルカも似たような経験ない?」
「……うん。あったよ。
気持ちは痛いほどわかる」
「そっか。良かった。
これからはいっぱいお話しようね、アルカ」
「アルカ、その話は……」
「うん。本当よ。マリアさん。
私は別の世界から来たの。
悪いけど、内緒にしてね。
王様にだって言ってはダメよ?」
「こっちもお願いね、マリ姉。
一応、私も父様には言ってないから」
「ああ……わかった」
「そうそう。マリ姉も言葉遣い緩めてね。
いつもの感じで」
「ベアト、私は席を外そう。
アルカと二人で話したいのだろう?」
「あ、ごめんね、マリ姉。
気を遣わせちゃって。
後で一緒にお茶しようね。
さっき丁度新作焼いたとこだったのよ♪」
「承知した」
そうしてマリアさんは退室していった。
部屋には既にメイドさんもいないので、私とお姫様二人きりだ。
相変わらず信用されてるわね。
「ベアちゃんはお菓子作りでもしてるの?」
「そうよ。
よくわかったわね。
アルカもやるの?」
「うん。たまにね」
「そっか~。
今度食べ比べしてみようよ♪
私の自信作作ってごちそうするわ♪」
「うん。楽しみ」
「アルカ、まだ警戒してる?
まあ、無理もないよね。
本当はもっと丁寧に近づくつもりだったんだけどね。
つい我慢しきれなくなっちゃった」
「マリアさんに妙な指示を出していたのもその為?」
「そうよ。
でもネタバラシは勘弁ね。
不発に終わった仕込みを細かく解説させるなんて、酷い羞恥プレイだと思うでしょ?」
「ふふ。そうね」
取り敢えず、敵意が無いのは間違い無いと思う。
試しにもう少しだけ歩み寄ってみようかな。
「ベアちゃん、いいえ、ツムギちゃん。
私の名前は篠宮 小春よ。
ツムギちゃんの言う通り、私は日本から転移してきたの」
「へ~。可愛い名前ね。
なんでアルカって名乗ってるの?
この世界で馴染むため?」
「ええ。そんなところよ」
本当はもう少し入り組んだ事情もあるのだけど。
そこはまだ秘密にしておきましょう。
流石に今の段階でお姉ちゃんの事まで明かす気にはなれないし。
「それにしても、小春は凄い力を貰ったみたいね。
私なんて、何の力も貰えなかったのよ?
酷いと思わない?」
「その代わりにお姫様の立場を与えられてるじゃない。
しかも、随分好き勝手してるみたいだし。
こんな離宮を用意してもらって」
私なんて、着の身着のまま放り込まれたし。
まあ、お姉ちゃんがすぐに保護してくれたし、ニクスの事情もわかってるから、今更不満なんて無いけどね。
「ありゃ。バレたか。
ふふ。そうよ。
前世の知識も使って、自由気ままにやらせて貰ってるわ。
正直、結婚とかもするつもり無かったのよね。
王族の義務とかって話もわかるんだけどさ」
「それで私のところに転がり込む事にしたの?」
「ええ。よろしくね、小春」
「別にそれは構わないけど、本当に良いの?」
「何が?
小春とそういう関係になること?
別に良いわよ。
むしろ少しくらいなら興味あるかも」
「少しくらい?
それは甘く見過ぎかも」
「え?マジ?」
「うん。マジ」
「でも、もう何人もお嫁さんいるんでしょ?
私一人くらい、程々でもよくない?」
「ダメよ。
そんなの虫が良すぎるわ。
私のとこに来るなら、私の事を全力で愛してもらうわよ」
「ひゅ~。熱烈ね」
「茶化してるけど、自分が当事者だって理解してる?」
「いや、うん。わかってるんだけどね。
今は浮かれすぎてて無理かも。
真剣に考えられそうに無いわ」
「そんなに飢えていたのね」
「そりゃそうよ。
思わず外が怖くて引きこもっちゃうくらいには、メンタルやられてたもの」
「それ嘘でしょ?
ツムギちゃんって元から引き籠もりでしょ?」
「ひっどいな~。
ちなみに、なんでそう思ったの?」
「私が引き籠もりだったからよ」
「なるほど。
それは気が合いそうね」
「今までは何してたの?
そんなに寂しかったのなら、世界を旅して同郷の人を探そうとは思わなかったの?」
「小春も元引き籠もりならわかるでしょ。
明日行こう、明日行こうって引き伸ばしてたら、いつの間にかこの歳になってたのよ。
それに、ここでの暮らしも悪くなかったしね。
食事は美味しいし、兄様達はイケメンで優しいし。
好きな研究を好きなだけやらせてもらえるし。
お菓子作りだって、この世界では苦労するはずよ。
それに、こんなでも一人親友もいるの。
ここはここで捨て難い居場所なのよ」
「なら尚更結婚なんてして良いの?
大切な親友とも離れ離れになっちゃうのよ?」
「ああ、えっと、ごめん。
出来ればもう一人連れて行きたいんだけど」
「え?その親友さんを?」
「うん。そう。
ステラ、入ってきて」
ツムギちゃんが扉の外に声を掛けると、私達をここに案内してくれたメイドさんが入ってきた。
「紹介するね。
私の親友、エステル。
愛称はステラよ。
私の秘密もこの娘にだけは全部話してあるの」
ステラは無言で一礼した。
「それで、小春。
ステラもお願い出来ないかしら」
「……家族と相談してみるわ」
「お願いね♪」
どうしよう。
ツムギちゃんって、少しばかり調子が良すぎないかしら。
何故私が受け入れると確信しているのだろう。
まだ何か隠している事があるのだろうか。
実は、異世界転生は嘘だったり?
何かそういう古い資料を偶然見つけて、成りすましてる?
ステラちゃんに全てを話したっていうのも、単なるアリバイ作りの為とか?
疑いだしたらキリがない。
ノアちゃんに来てもらうべきだったかも。
って、そうよ。
もうこの際だから呼んでしまいましょう。
「ツムギちゃん、私も一人呼んでもいい?」
「もちろん良いわよ。
転移も見てみたかったし♪」
『ノアちゃん。
いいかな?』
『どうぞ、アルカのタイミングで』
私はノアちゃんを抱き寄せ魔法で召喚した。
「猫耳きたーー!!
しかもめちゃ美少女じゃん!
さてはこの娘がノアちゃんね!
よろしく!ノアたん!
私はベアトリスよ!
ツムギでもいいわ!
仲良くしましょう!」
ノアちゃんの手を握って、ブンブン上下させるツムギちゃん。
ツムギちゃんの勢いに、ノアちゃんがタジタジになっている。
私はノアちゃんを再度抱き寄せ魔法で引き寄せて、少しツムギちゃんから距離を取らせた。
ちょっと危なかった。
ノアちゃんの尻尾が逆立ってるところなんて、久しぶりに見たかも。
取り敢えず、成りすましの線は無さそう。
「ノアたん」とか口走ってたし。
あの反応は多分素だ。間違いない。
『第一印象はどう?』
『苦手です』
でしょうね。




