33-10.欺瞞工作
マリアさんの屋敷を尋ねると、今度は会うことが出来た。
もしかしたら、お待たせてしまったのかも。
何時頃来るのか、伝言を頼んでおくべきだったわね。
「連日悪いわね、マリアさん」
「構わん。陛下の命もあるしな。
それで、今日は義姉とは呼ばぬのか?」
「今はこの国のマリアさんに用事があるから。
家族としてのお義姉ちゃんとは、また後でね」
「そうか。
ベアトリス様の事を聞きたいのだな」
「うん。
やっぱりマリアさんも、あの件は知らされていたのね」
「ああ。
アルカがこうして聞きに来る事もな」
「まさか、昨日の時点で?」
「いや。今朝だ。
練兵場に姫様御自らお越し下さったのだ。珍しくな」
「珍しく?」
「あのお方が自主的に研究所を出る事は滅多にないのだよ」
「研究所?
あのお姫様、研究者なの?」
「ああ。そのようだ」
「ようだ?」
何で曖昧なの?
マリアさんは王族を守護する立場でもあるのでしょう?
「あのお方の研究は、私にも明らかにはされていない。
そもそも把握しているのは陛下くらいなのかもしれん」
「そんな重要そうな子、何でまた嫁なんかに?」
「さてな。
陛下のお考えまではわからぬよ」
「マルセルさんやシルヴァン殿下なら知っているのかしら」
「マルセルならそろそろ来る頃だ。
聞いてみるといい」
「うん。そうするね。
それで、ベアトリスちゃん本人の人柄とかってどう?」
「基本的には、気さくで勤勉なお方だ」
「基本的に?」
「ああ。まあその、なんだ。
色々と噂の絶えぬお方でもあるのだ。
謎の多さに加え、度々騒ぎを起こされる事もあってな。
時には、研究所の一部が爆発で吹き飛んだ事もある」
「なるほど。そっち系なのね」
「その口ぶりは、アルカの身近にもいるのかね?」
「ええ。まあ。
マッドな研究者が一人いるわ。
基本的には常識人なんだけどね」
というかハルちゃん達もだから、全然一人じゃないわね。
なんだか、うちの研究者といえばグリアのイメージが先行してしまうのよね。
まあハルちゃん達は、そもそもの常識がズレてるだけだからちょっと違うんだけど。
「一度その研究所とやらを見てみたいわね」
「それは良かった。
実は何時でも来て良いとのお話を頂いている。
早速伺ってみるとしよう」
「え!?
いや!え!?
それはちょっと待って!
まだ全然話を聞けてないわ!
マルセルさんだってこっち来るんでしょ!?」
「マルセルの事は気にするな。
姫殿下のお言葉の方が重要だ。
実はアルカが興味を持った時点で連れてきて欲しいと頼まれていたのだ。
何故そのような条件をと思っていたが、この状況を想定していたのかもしれんな」
「それに何の意味が!?」
「さて。
あのお方の考えは、この私では図りしれぬよ」
何故か曖昧な微笑みを浮かべるマリアさん。
「マリアさん、何か惚けてない?」
「何の話かね?」
「ベアトリスちゃんのこと、実はよく知ってるんじゃないの?」
「何故そう思ったのだ?」
「よく知らないと言う割には、口ぶりが親しげだわ。
なのに、言葉の内容そのものは、まるで大して知らない赤の他人の評価みたいなんだもの。
全体的にチグハグなのよ」
「ふむ。
私もまだまだのようだな。
ああ。そうだ。
こうして惚けるよう仰せつかっている。
姫殿下は悪戯好きでな。
これもなにかの仕込みなのだろう」
「そんな事バラしちゃっていいの?
それも、ベアトリスちゃんからの指示?」
「ああ。そう取ってもらって構わん」
「なんだか投げやりね」
「……いや。決してそのようなつもりは無いのだがな。
だが、私個人としても思うところがあるのは事実だ」
「……もしかして怒ってる?
クレアとの結婚報告をした直後に、こんな話になったから」
「怒りと言うほどのものではないがな。
そもそもアルカのせいではあるまい」
「その気持をぶつける相手がいないのね。
ごめんなさい。もっと気を遣うべきだったわ」
まさか王様に食って掛かるわけにもいかないだろうし。
だというのに、私もベアトリスちゃんも好き勝手マリアさんを利用しているのだ。
多少、投げやりな物言いになるのも致し方ないのだろう。
「いや、気にするな。
と言うのも変な話か。
ならばこう言い換えよう。
そうして気にしてくれているだけで十分だ。
クレアの事を頼んだぞ」
「ええ。必ず幸せにするわ」
「ならよい。
では行くぞ」
「仕方ないわね。
お義姉ちゃんに免じて、会ってあげましょう。
ベアトリスちゃん本人と話をするのが手っ取り早いでしょうしね」
ベアトリスちゃんって王様の前では猫を被っていたりするのかしら。
それとも、前回は私と初対面だったから普通を装っただけなのかな。
何にせよ、だいぶクセの強い娘であるのは間違いなさそうだ。
たぶんマリアさんの言葉そのものに嘘は無いはずだ。
あくまで伝聞のように語っただけなのだろう。
そこにどんな意味があるのかしら。
妙な指示を出して、マリアさんを苛つかせたかったとか?
それで私がマリアさんの本心に気付くよう仕向けたかった?
うむむ。
流石に無理があるか。
なら、もっと別の目的があるのかもしれない。
単に、私を試しただけの可能性もある。
何にも気付かずに眼の前に現れたら失格とか。
とはいえ、そんなのやる意味がわからない。
これは考えていてもどうにもならなそうだ。
実際に会って確かめよう。
マリアさんに連れられて城の敷地を歩いていくと、城の影に隠れるような位置に、離れのようなお屋敷が現れた。
これは離宮ってやつかしら。
ここが研究所なの?
研究所に引きこもっているというからどんな生活をしているのかと思えば、そもそも十分な居住環境を備えた建物だったようだ。
マリアさんと私が近づくと、一人のメイドさんが扉を開けて離宮から出てきた。
どうやら私達の接近に気付いていたようだ。
そのままメイドさんに案内されて、離宮の中に招かれたのだった。




