32-54.着地点
「これは貸しと思って頂いて構いません、陛下。
魔術の伝授とは別に、今一度貴国のお力となりましょう」
「この流れでは悪手だな。それは」
「信用しては頂けませんか?」
「そうしたいのは山々なのだがな」
まあそうね。
今のところ、私は神の使いだから黙って言う事聞け、みたいな事しか言ってないし。
王様がこんな与太話に付き合ってくれているのは、偏に私の強大な力を警戒しているからだ。
爆弾を起爆させないよう、慎重に立ち回っているに過ぎない。
いかん。ノアちゃんに偉そうに言っておいてこれは無い。
少し強引に話を進めすぎたようだ。
「ならば今は引き下がりましょう。
先ずはじっくりと関係修復に努めさせて頂きたく」
「急を要するのではなかったのかね?」
こんな時間に慌てて飛び込んできたくらいだものね。
「組織が潜入を試みるにせよ、貴国があの魔道具から何らかの知識を得るにせよ、相応に時間を要します。
前者は早くとも数十年、後者に至っては数百年は先の話となりましょう。
少なくとも、私はそう考えております。
ですから、急ぎこちらに参ったのは、あくまでも貴国との関係性を慮ってのこと。
ここで急いて悪化させたのでは、意味がないのです」
「ふむ」
何やら考え込む王様。
今の話で納得してくれたのだろうか。
「アルカ嬢の考えは理解した。
そちらから歩み寄ってくれると言うのなら、こちらとしても無碍にするつもりはない。
それでだ。アルカ嬢。
ならばいっそ、我が娘を娶る気はないかね?」
え?は?
突然何言ってくれちゃってんのこの王様!?
『さっきのはなし』
『アルカが愛で動くのなら、愛で縛ろうという魂胆ね。
一番効果的な良い手じゃない』
感心してる場合じゃないでしょ!?
これって断って良いやつなの!?
この王様、私が複数人を伴侶にしてる事知ってて言ってるんだよ!?
『落ち着きなさい。政略結婚なんて今更じゃない。
レーネやアリアとルカなんかも、実質的には似たような話だったのだし』
皆元々仲良くしてた子達だもん!
見たことすら無い子との結婚なんて初体験だもん!
『だいじょうぶ』
『アルカなら』
『ええそうね。アルカだし』
ええ!ええ!どうせ私はチョロいですよ!!
「どうかね、アルカ嬢。
やはり、貴殿の立場で一国に肩入れしすぎるのは不味いのだろうか」
「あ、いえ、そのような事は……」
「であろうな。
マリアのところからも、既に二人も娶っておるのだ。
貴殿がこの国を気に掛ける理由もそこにあるのだろう」
ええ。はい。その通りでございます。
クレアの故郷だもの。
守ってあげたいに決まってる。
エリスとはまだ婚約すらしてないけど、将来は私のお嫁さんになってくれるのだ。
エリスの大好きなお母さんが危険に巻き込まれるような事は、何としても避けたい。
あのスライムモドキと戦わせるような事は、あってはならないのだ。
「ですから、もう十分に理由はあるのです。
そのような政略結婚などなさずともよろしいかと」
「案ずるな。王族とは元よりそういうものだ。
そしてその理由では、余から見れば危ういものであるという事もまた、理解して欲しい。
このまま、剣聖当人まで引き抜かれては堪らぬのだ」
あ、はい。そっすよね~。
マリアさんまでうちに来たら、この国と仲良くするどころか、縁すら切れかねない。
取るもの取り尽くして、用がなくなったと手を引かれたら大損だ。
もちろん私にそんなつもりは無いけど、王様の立場ならそう見えるのだろう。
別にマリアさんの忠義を疑ってるわけじゃないだろうけど。
「ふむ。流石に即断は難しいか。
時に、アルカ嬢。
ディナーはお済みかね?」
「いえ、まだです」
「そうか。それは良かった。
是非招待させてもらえないだろうか。
我が国との友好を望んでいるというのであれば、良い機会かと思うのだが」
ぐぬぬ。
そうやって逃げ道を塞いでくるのか!
娘さんとやらも既にスタンバってたりしないよね!?
「有り難く、お招きに与らせて頂きます」
「うむ。それは結構」
そう言って立ち上がり、歩き出す王様。
どうやら自ら先導してくれるつもりのようだ。
この方、フットワークが軽すぎないかしら……。
王様のくせに、自分で動き回りすぎだと思う。
わざわざ、魔道具の研究者達からも自分で話を聞いてたみたいだし。
そのまま案内された食卓には、一人の美少女が待ち構えていた。
美少女は王様と私を立ち上がって出迎え、私達と共に改めて席についた。
「紹介しよう。
我が末娘、この国の第三王女、ベアトリスだ」
「アルカ様。お会いできて光栄にございます」
礼儀正しく挨拶するベアトリスちゃん。
おかしい。私はまだ紹介されてないし、名乗ってないのに。
いや、まあ。うん。
予め仕込まれてたのね、この状況。
ちょっと想定外だったなぁ~。
全部手の平の上だったのかなぁ~。
いやいや。
そんなわけ。
だって、私が愛のためにうんたらかんたら、なんて話はあの瞬間まで出てきてなかったわけだし?
『別にそんなの関係ないじゃない。
向こうの着地点が最初からこれだったってだけの話でしょ。
むしろ王様も困惑してるんじゃない?
想定以上にアルカにとって有効な手立てだったんだから』
『くりてぃかる』
いやまあ?
ベアトリスちゃんはとっても可愛いとは思うけどね?
私だって、手当たり次第じゃないんだよ?
セフィ姉とクレアだって嫁に迎えたばかりなのに、流石に今はないでしょ。
『『はいはい』』
うぐぅ……。




