32-45.観戦
ノアちゃんに専念した甲斐あってか、ノアちゃんは目に見えて上機嫌になっていた。
試合欲?も落ち着いたのか、今は私の膝の上に座り、私と一緒に他の子達の観戦中だ。
そんなノアちゃんに反して、ハルちゃんとイロハは現在進行系で苛立ちを募らせている。
ヒサメちゃんとツクヨミは強かった。
ヒサメちゃんはたぶん、素の強さがハルちゃん以上だ。
リリカがハルちゃんより若干劣るくらいなので、リリカとヒサメちゃんの差はそれだけ大きかったのだろう。
リリカがあれだけ勧めてきたのも納得だ。
とはいえ、そのヒサメちゃんといい勝負を続けているハルちゃんも流石だ。
実はリリカとヒサメちゃんの方がハルちゃんよりずっと年上だ。
ハルちゃんが歳の割に強すぎるというのもあるけど、一足先に私から力を与えられていたから、このレベルで戦う事に慣れていたのもある。
とはいえ、ヒサメちゃんは慣れない私の体にも、凄い速さで順応していっている。
ハルちゃんを制圧するのも時間の問題かもしれない。
分体とはいえ、私の体はそれだけ高性能だ。
その分だけ、ハルちゃんが不利とも言える状況だ。
私の体を一番使いこなせてないのって、私なんじゃないかしら。
ミーシャにあれこれ言ってしまったけれど、ミーシャには神としての基礎技能が備わっている。
神力や神威を使うのは、私よりずっと自然で上手だ。
戦い方は素人に毛が生えた程度だけど、器用に私の体を使いこなして、単純なスペック差でクレアを瞬殺していた。
ミーシャって努力は嫌うくせに、才能だけはあるのよね。
いや、ホント私も人の事は言えないけども。
イロハのところも似たようなものだ。
ミーシャ世界で暮らしていた頃、イロハはスペック差でどうにかツクヨミを撃退していたらしい。
けれど今回は、ツクヨミが私の分体を貸し与えられた事で、その差が逆転してしまったのだ。
ツクヨミも私の体に慣れるまでに、そう時間はかからなかった。
そして何より、分体に過ぎない私の体をどれだけ酷使しようとも、私やツクヨミに影響は無い。
これはツクヨミにとって、とんでもなく都合の良い状況だ。
ツクヨミの戦い方は、体への負担が大きい。
そのデメリットを完全に無視して戦いに専念出来る。
どれだけ自らの拳が砕けようとも関係ないのだ。
ナノマシンで構成された分体は、砕け散っても瞬時に元の形を取り戻す。
感覚共有を切っておいて正解だった。
あんなのフィードバックされたら、私の精神が持たなかっただろう。
というか、ツクヨミは平気なのだろうか。
流石に当人はそれなりに痛みも感じるはずなのだけど。
まあ、元々自分の肉体でやっていた事だし、慣れてるんだろうけど。
こういうのなんて言うんだっけ?
バトルジャンキーは何か違う。
ドMとも違うのかな?
とにかく自分の肉体が砕け散ろうとも、瞬時に再生出来るのだから何の問題も無いとばかりに、拳を打ち込んでいる。
イロハからしたら、堪ったものじゃないだろう。
そんなツクヨミを相手取るイロハは、どうにか距離を維持しながら、魔法で応戦している。
本当によくあの状態のツクヨミと戦えているものだ。
流石は最強のフィリアスだ。
それにしても、イロハとツクヨミの戦いが一番派手ね。
イロハの大規模魔法だけでなく、ツクヨミの起こす衝撃波のせいもあるけど。
地を蹴る度にクレーター作るのはどうかと思う。
もう少し離れたところでやってもらえば良かった。
折角シーちゃんが訓練場として整備しておいてくれたのに。
あの綺麗に均されていた地面は、もはや見る影もない。
後でツクヨミに直させるとしよう。
イロハは可哀想だから許してあげよう。
というか、今明らかにブチギレてるし。
こんな状況で罰掃除なんて命じたら、絶対にへそを曲げるに決まってる。
「おかえりなさい。チグサ、サナ。
お二人も良い戦いっぷりでしたね」
ノアちゃんの声で、チグサとサナが近づいてきていた事に今更気づく。
どうやら二人の戦いも終わったらしい。
どっちが勝ったんだろう。全然見てなかった。
「あはは~。
負けてもうた~」
そう言いながら、私に寄り掛かるように腰を下ろすチグサ。
「チグサは全然本気じゃなかったのです。
試合するか、実験するか、どっちかにしてください」
続いて、サナも反対側に寄りかかった。
そんな言葉とは裏腹に満足げだ。
何だかんだと楽しかったのだろう。
私とノアちゃんより長く戦っていたくらいだし。
そう言えば、ミーシャはどこだろう。
一番最初に試合を終えて、私の助っ人に入ろうとしたのを私が断ってから、どこかに行ってしまったきりだ。
ミーシャまでへそを曲げてしまったのかしら。
仕方ない。後で慰めてあげるか。
いやまあ、必要ないか。
多分ノルンに泣きついているのだろうし。
ノルンも何だかんだ言いつつ、ミーシャに甘いから、適度に慰めてあげてるんだろうし。
まあいいや。ミーシャの事は忘れよう。うん。
クレアは私達の側に転がっている。
ミーシャに負けてから全然起きてこないけど、また不貞腐れているのかしら。
シーちゃんの装備を身に着けたままだから、表情はわからない。
というか、寝てるのか起きてるのかすらわからん。
間違いなく生きてはいるけど。
「クレアさんの事はそっとしておいて下さい」
私の視線に気付いたノアちゃんが、そう呟いた。
ノアちゃんがそう言うなら従いますとも。
それはそれとして、後でいっぱい慰めてあげよう。
クレアと初めての深層デートも近そうだ。
「アルカ。邪な事を考えていますね」
ノアちゃんが、お腹に回された私の腕を抓ってきた。
「ノアちゃんが可愛すぎるからつい」
「嘘です。クレアさんの事考えてました」
「今はノアちゃんの事だけよ」
「……まったく」
どうやら許してくれたらしい。
抓るのをやめてくれた。
今日のノアちゃんはよくわからないけど、チョロチョロモードかもしれない。
「チグサ、ボク達はお邪魔なようですし先に帰るのです」
「そやな~」
「アルカ、ノアの後でボク達との時間も作って下さいなのです」
そう言い残し、サナとチグサは姿を消した。
あらら。本当に行っちゃった。
折角皆に囲まれて、やわやわ天国だったのに。
私は膝に座るノアちゃんを抱きしめる腕に、力を込める。
ともかくサナ達が気を遣ってくれたのだから、今はノアちゃんとの時間を満喫しよう。
「そろそろ止めなくて良いのですか?
ハルもイロハも、後が面倒そうですよ?」
「止めるったって、どうやって?
無理やり割って入ったら、それはそれで機嫌を損ねそうじゃない?」
「最初の状況に戻すのです。
アルカはツクヨミ達を回収して融合して下さい。
私もハルとイロハと一緒に戦います」
やっぱりなるしかないかしら。サンドバック。
いやまあ、あの二人の力を借りれば十分太刀打ち出来るかもだけど。
とはいえ、もうチグサも帰っちゃったしなぁ。
オートカウンターってヒサメちゃんかツクヨミでも使えるのかしら。
いや、オートカウンターはどのみちダメだ。
今必要なのは接待プレイだ。
とはいえ、あからさまに手を抜いてもダメだけど。
「わかったわ。
手加減してね、ノアちゃん」
「ダメです。やるからには本気です」
「もう満足してくれたんじゃなかったの?」
「それはそれです。
単に楽しそうじゃないですか。
強いアルカと戦えるのも」
あ、はい。
そんな目をキラキラさせられたら、断れないわね。
良いわ。やってやろうじゃない。
オートカウンター無しだって、ツクヨミとヒサメちゃんの力を借りれば十分戦えるはずよ!
意を決して、二人を抱き寄せ魔法で引き寄せて同化する。
突然試合相手の消えたハルちゃんとイロハは、怒気をはらんだまま、上空から私を見下ろしている。
私とノアちゃんも空に上がり、ノアちゃんはハルちゃんとイロハと合流した。
私、生きてこの状況を収められるのかしら。
ハルちゃんとイロハも状況は理解しているようだけど、今尚不機嫌ゲージMAXだ。
私は怖気づきそうになる自らを奮い立たせようと、大きな声で宣言した。
「今から私が相手よ!
どこからでもかかってきなさい!」




