32-39.宝物庫
今回はノアちゃん視点のお話です。
私はマリアさんに続いて城内を歩く。
盗難調査のため、宝物庫まで向かっている最中だ。
今日は久しぶりに「ノア」としての活動だ。
最近は、名と姿を変えて活動する事が多かった。
ギルドを通さずに活動出来るのは好都合だ。
今は「ノア」としては、あまり目立ちたくない。
「マリアさん。
城内が随分と慌ただしいようですが」
「ああ。少々立て込んでいてな。
とはいえ、気にする必要はない。
悪い事ではないのでな」
「祭りでもあるのですか?」
「そんなところだ。
先日の殿下の婚約発表の件の代替でな」
「なるほど。
私達がエリスを横取りしたせいで」
「ふふ。気にするな。
こちらから頼んだ事なのだ」
何故かマリアさんは楽しそうだ。
案外、マリアさんも悪戯好きなのだろうか。
クレアさんや、あの王子達と幼馴染なのだし。
「着いたぞ。
ここだ。奥には危険な物も収められている。
余計な物には触れないよう注意してくれ」
「はい」
私はマリアさんに続き、宝物庫の更に奥へと進んでいく。
最初は普通の美術品や宝石くらいだったのが、段々と様相が変わっていく。
奥まで来ると、魔道具の類が増え始めた。
これらの魔道具は、どんな宝石達よりも価値があると考えられているのかもしれない。
警備も相応に厳重なものだ。
監視用の魔道具もいくつか紛れ込んでいる。
私でもこんな場所に忍び込めば、痕跡を残してしまうかもしれない。
そう思えるほど、この場所の監視は徹底されている。
『おかしい』
最初にハルが不審感をあらわにした。
『そうね。正直引き返すべきじゃないかと思うわ』
イロハもハルの意見に同意した。
『どういう事です?』
『手の内を晒しすぎなのよ。
こんな場所、一冒険者に見せていいものじゃないわ』
ルチアも二人と同じ考えなのか。
『気付けたのは私達だからこそでは?
どの監視魔道具も巧妙に隠されています。
ただの冒険者ならば、見破れるはずはありません』
『そうね。
普通ならそう考えるでしょうね。
見破れない者に見せた所で、情報が流出する事はないわ。
けど、相手はノアの事を多少なりとも知っているのよ?
そして何より、アルカの事を警戒しているわ』
『どのみち無意味だと考えたのでは?
隠した所で、アルカがやろうと思えばいくらでも忍び込めるのですから。
なんなら、この部屋の魔道具を全て機能停止させる事だって出来るはずです』
『とにかく』
『ようじん』
『しんのもくてき』
『ちがうかも』
『盗難にあった魔道具を見つけ出したいという話が嘘か、もしくはなにか別の目的の為の口実だと?』
『そう』
『たとえば』
『けんきゅう』
『ノアのうごき』
『みはってる』
『じょうほう』
『えたい』
『のかも』
『盗難騒ぎは単なる撒き餌で、釣られてやってきた私が真の目的だと?
いえ、この場合はアルカですか』
だとすると、監視目的だけではなく、計測を目的とした装置が仕込まれているのかもしれない。
『それにしてはあっさりノアの代理を許したのよね。
ノアでも十分、この国の人達からしたら化け物でしょうけど』
『イロハ、ノアの事そんな風に言わないで』
『はいはい』
『とはいえ、そう心配する事でもないのでは?
隠蔽もしていますし、ただの調査なら派手に立ち回る事もないでしょうし』
『ゆだんダメ』
『おうがもつ』
『けはいしゃだん』
『いまだふめい』
『みやぶれない』
『まどうぐ』
『あるかも』
『そうでしたね。
わかりました。用心します』
『それでいい』
私は再び周囲を注意深く観察していく。
ルチア、ハル、イロハによって、何時も以上に覚視の精度は上がっている。
今なら、並大抵の魔道具は見抜けるはずだ。
念の為、魔道具以外の可能性も想定しておこう。
「何か気になる事でもあったか?」
マリアさんが振り向かずにそう問いかけてきた。
仮にハル達の考えが正しいのなら、マリアさんもグルなのだろうか。
「監視装置の類が多過ぎる気がしまして。
あまり効率的ではないのでは?
全てを使いこなせているわけでもないのでしょう?
実際に、侵入を許してしまっているのですし」
「いや。おそらくそれは事件後に導入された物だ」
「おそらく?」
「剣聖は警備の責任者ではないからな。
立場上知っている事も多いが、全てを明かされているわけでもない」
「そうですか。
後でこの国の魔道具を管理されている責任者の方にもお会いできますか?
可能であれば、意見をお聞かせ願いたいのですが」
「取り次いでおこう。
面会が叶うかは難しいところだが」
「やはり、今回の件の対応でお忙しいでしょうか」
「ああ。そういう事だ。
ノア、これが例の封印装置だ。
以前はこの中に、盗まれた魔道具が収められていた」
マリアさんが一つの魔道具を前にして足を止める。
大きな箱型の魔道具だ。
中身は空になっていて、蓋が開け放たれている。
『しゅうのう?』
『そうね。たぶん、扉が閉まった時に繋がる仕組みよ。
普段はただの箱にしか見えないように偽装されているのね』
なるほど。
収納空間に繋がるのか。
この箱自体も、魔道具としてはとんでもなく高度だ。
とはいえ、箱の形をしている意味がわからないけど。
別に、収納空間に繋げるなら輪っかとかでも良いんだし。
取り敢えず、封印されていたというのは、世界の狭間に放り込む事を指していたのだろう。
この国の人達がこの箱型魔道具の効果を正確に把握していたかは不明だが、この箱に収めた物の時間が止まる事には気付いていたのだろう。
『いみふ』
『見た目の問題じゃない?』
『なるへそ』
『でもこれじゃあ使いづらいわね。
自動排出機能でも付いてるのかしら。
ノア、試しに何か入れてみなさい』
ああそっか。
自動的にこの箱に戻してくれないと、世界の狭間に放り込まれたままになってしまう。
けどそれだと、一度に収納できるのはこの箱に収まる分だけになりそうだ。
単に時間を止めるだけでも破格の性能だろうけど、わざわざ世界の狭間に繋げているなら、容量無制限の入れ物として使う方が便利だろうに。
取り出す時に、何かを思い浮かべながら開ける必要があるとか?
流石に見ただけでは、そこまでの判断はつかない。
イロハの言う通り、何か入れて確かめてみるしかないだろう。
「マリアさん、この魔道具は触れても構いませんか?」
「ああ。もちろんだ。
だが気をつけてくれ。
ノアが封印されてはかなわんからな」
マリアさんの表情は真剣そのものだ。
別に冗談で言ってるわけではないらしい。
まあ最悪、私ならやらかしてもアルカが助け出してくれるだろうけど。




