32-33.決闘
私達は早速敷地内の訓練場に移動した。
既に日も落ちており、見物人付きの決闘には向いていないと思うのだけど。
なんて心配はいらなかったようだ。
今夜は満月だったらしい。
綺麗な月明かりが、十分な光量で照らしてくれている。
「今更だけど、この勝負に私が勝った場合は何を頂けるのかしら?
言っておくけど、王子殿下御本人はいりませんわよ?
クレアの側にいたいからと、押しかけてくるのは無しですわ」
「なんだその喋り方。
似合ってねえぞ?」
だまらっしゃい。
「望むものを用意しよう。
クレアに見合うだけのものだ。
即ち私に用意できるものならば、なんでもだ」
「そうですか。
ならば貸一つという事で。
用向きが出来た際には、改めてお願いする事とします」
「随分と自信があるようだね?」
「ええ。まあ。
既に一度下している相手ですから。
それも、圧倒的な実力差をもって」
「前回の試合では、アルカ殿が敗北したと記憶しているが?
あれから一月も経たず、そこまでの差ができたとは信じがたいのだが?」
あの時はちゃんと手段を選んでいたもの。
今回はあらゆる手段を用いた、禁じ手無しの決闘よ。
万に一つ、私が負ける事はありえないわ。
「それは実際に目にすればわかることです」
私はチグサとミーシャにも来てもらい、イロハも含めた三人を同化させる。
遠隔フルモードの起動も済ませ、クレアと向かい合う。
「マリアさん。開始の合図をお願いできますか?」
「よかろう。
双方構えよ」
リリカの変身魔法で何時もの大人バージョンに戻ったクレアが、わざわざ自宅から取り寄せた愛剣を構えた。
「始め!!」
勝負は一瞬で決した。
開始直後、クレアは私の腕の中に出現し、私は捕らえたクレアに捕縛結界を使った上で手刀を添える。
「きったねえぞ!!
それは反則だろうが!!」
私はマリアさんの合図と共に、クレアに向かって抱き寄せ魔法を発動したのだ。
抱き寄せ魔法の効果で一瞬思考が止まったクレアは、既に剣すら手放している。
未だこの魔法を防げた者は存在しない。
けど、私の家族が私と本気で戦うなら、この術への対策は必須だ。
「消化不良ならもう一度やる?」
流石にこれだと王子達も納得できないだろうし。
「ったりめーだ!」
クレアをわからせるという目的も果たせない。
そして何より、これは仕置だ。
私は怒っているのだ。
クレアの裏切りに。
「マリアさん!
試合は二本先取に変更よ!」
「……ああ。
いや、今のは何だ?
私にも何が起きたのかすら理解出来なかった。
気付いたら、クレアが抱きしめられていたようだが」
「えっと、要は転移でクレアを引き寄せて無力化したの。
つまり、私の勝ちよ。
けど、こんな負け方だとクレアが満足出来ないみたい。
殿下達も納得出来ないでしょう?
だから、もう一度仕切り直すわ」
「承知した。
ならば、改めて」
私とクレアは再び向かい合う。
今度は徹底的に付き合ってあげるとしよう。
クレアが何度向かってきても、その尽くを上回ってみせよう。
「始め!」
マリアさんの合図で、クレアが切りかかってきた。
遅い。
クレアの初速はこんなものなのか。
思考加速まで使っている私には、当たるはずもない。
私は躱すついでに、クレアの足を引っ掛けて転ばせる。
ルネルの動きを思い浮かべながら、心が折れるまで、徹底的に転がし続ける。
こちらから攻撃なんてしない。
只々躱して引っ掛けるだけだ。
クレアは何度転んでもめげずに立ち向かってきた。
それでも、段々と苛立ちが見えてくる。
私が真面目に相手をするつもりすら無いのだと、今更になって気付いたのだろう。
最初の抱き寄せ魔法は、この挑発のためだ。
意味もなく見せびらかしたわけではない。
怒らせて怒らせて怒らせて、それから心を折ってやる。
何時までも素直になれないクレアには、このお仕置きが相応しい。
精々、愛する家族の前で無様を晒し続けるがいい。
折れて泣き出してくれたら私が慰めてあげよう。
徹底的に甘やかして、依存させてやろう。
そうすれば分からず屋のクレアも理解出来るだろう。
もう私から逃れる事なんて出来ないのだと。
昨晩のクレアをノアちゃんに任せてはいけなかったのだ。
私が最後まで責任持って、甘やかしてやるべきだったのだ。
だからこれはやり直しだ。
もう一度へこませてやる。
まるで大人が子供の相手をするように、私はひたすらクレアを転がし続けた。
結局、見ていられなくなった王子が止めるまで、この無様な決闘は続いた。
その間、クレアは折れることなく挑み続けた。
残念。時間切れだ。
別にかまわない。
また明日、決闘とは関係なくゆっくり相手をしてあげよう。
クレアはどうせ逃げられないのだし。
「これでご満足頂けましたか?
クレアでは私に勝つことは出来ません」
「これは私への当てつけか?」
「いいえ。教育です。
クレアに裏切られて、私の心は深く傷つきました。
同じことを繰り返させるわけにはいかないのです。
殿下も。これに懲りたら、クレアを焚きつけるような真似はご遠慮下さい」
「……ああ。肝に銘じておこう」
「お前なぁ……そこまでしなくたって良いじゃねえか」
「あら?まだまだ元気そうね?
もう一度挑戦してみる?」
「やらねえよ!
悪かった。そんなつもりは無かったんだ。
私も悪ふざけが過ぎた」
「やっと気付いてくれたのね。
安心なさい。後でちゃんとお仕置きしてあげるから。
それでチャラにしてあげるわ」
「今のがそうじゃなかったのかよ!?」
「決闘はあなたが望んだ事でしょう?
私はそれに応えてあげただけじゃない」
「決闘なんてしてねえだろ」
「決闘の形にすらならない程、私達の間には差が開いているのよ。
まずはそれを認めて精進なさい。
大丈夫よ。私は絶対に見捨てたりしないから。
クレアが私に勝てるまで、何度だって相手をしてあげる」
「どうせ自分一人の力でも無いくせに偉そうにしやがって」
「それこそ、いい加減クレアも受け入れなさいな。
クレア一人で到達できる場所なんて高が知れているの。
今だってリリカに素直に協力を求めていれば、もう少しマシな戦いになったはずでしょう?」
「そんな事して、万が一私が勝っちまったらどうすんだ」
「ふふ。やっぱりまだわかってないみたいね。
一度徹底的に叩きのめすしかないのかしら。
次は気を失ったくらいじゃ止めてあげないから」
「一々本気にすんじゃねえよ。
ただの軽口だろうが」




