32-12.呪縛
「単刀直入に行くわね、ヒサメちゃん。
私はヒサメちゃんを勧誘しに来たの。
リリカ、チハちゃんズの事は?」
「話してないわ!
秘密部隊だもの!」
そうだったわね。
幼馴染にも内緒にしておくとは、流石リリカ。出来る子だ。
「おそと~?」
「うん。お外。
一緒に出てきてくれる?」
「いや~」
「あらら。
ヒサメちゃんはどうしてお外嫌なの?」
「こわ~」
「怖いの?なんで?」
「わかんない~」
「そっか~」
「ヒサメ!我儘言ってないで従いなさい!
アルカ様だけでなく、私の頼みでもあるのよ!
聞けないの!?」
「こればかりは~」
どうやらリリカの目論見は外れたらしい。
「そう!
ならもう二度と会いに来ないわ!
好きに閉じこもってなさい!」
何もそこまで……。
「え~
もう~
しかたないな~」
え?あれ?
あっさり覆った?
「お外、出るの?」
「うん~
リリちゃんおこるし~」
ヒサメの優先順位はリリカが最優先なのかしら。
大丈夫?依存しすぎじゃない?
「お外、少し一緒に歩いてみましょうか。
リハビリのつもりで」
「いや~」
「ヒサメ!」
「わかった~」
本当にヒサメちゃんで大丈夫?
「でもその前に、もう少しだけここでゆっくりお話してみましょうか」
「さんせ~」
「ヒサメちゃん、抱っこしてもいい?」
「おけ~」
『『……』』
なにか言いたげね、二人とも。
けど、二人がこの件で口を挟むのは筋違いよ。
忘れたとは言わせないわ。
ハルちゃんとナノハは、私と初めて会った時にこうして抱っこされていた事を!
私達はそうやって仲良くなったのだと!
『『……』』
いや、あの、なんか言って?
そんな無言の圧力だけ押し付けられても困るんだけど?
「アルカさま~
ふかふか~」
ふか!?また!?
『『……クス』』
二人とも!?
「ヒサメちゃんもふわふわね!
このパジャマ、肌触りが最高だわ!」
サメなのに!
「おきに~」
「ふふ。とっても似合ってて可愛いわ!」
「リリちゃん~
くれた~」
なるほど。それでサメ。
名前から連想して購入したのはリリカだったのか。
「ヒサメちゃん、リリカの事が大好きなのね」
「うん~」
「やめてよ!アルカ様!」
「別に恥ずかしがらなくても良いじゃない。
ヒサメちゃんに好かれて嬉しいでしょ?
ヒサメちゃんったら、こんなに可愛いんだし」
「えへへ~」
「お気に召したようでなによりだわ!」
「嫉妬した?」
「しないわよ!」
「そっか~
ざんねん~」
「本気で落ち込んでんじゃないわよ!」
「だって~」
「安心なさい!
その……大切に思ってるのは間違いないわ!」
「えへへ~」
「もう!!」
「リリカも可愛い。
リリカももう少しこっちに来てくれる?」
無言で私の隣に侍るリリカ。
私は両脇にリリカとヒサメちゃんを並べて、抱きしめる。
『『せっそうなし』』
良いでしょ!少しくらい!
二人とも可愛すぎるのよ!!
「あったか~」
「そうね。温かいわ」
「ふかふか~」
「そうね。やわやわね」
「すぅ~ぴぃ~」
あれ?寝ちゃった?
急に落ちたわね。
ヒサメちゃんは、私の胸に寄りかかったまま、寝息を立て始めた。
可愛い。
「まったく。やりたい放題ね」
「リリカも少し寝てても良いよ?」
「遠慮するわ!」
「なら、もう少しヒサメちゃんの事を教えてくれる?」
「もちろんよ!
何が聞きたいのかしら!」
「そうね~。
ヒサメちゃんってなんで引き籠もってるの?」
「怖がっているのは本当よ。
こんなでもね」
「ならやっぱり、無理やり連れ出すのは不味いんじゃないかしら」
「必要な事よ!
それに、外は怖い事ばかりじゃないもの!」
「リリカは、ヒサメちゃんを引っ張り出す口実が欲しかったのね」
「利用したみたいで悪かったわ!
でもヒサメが優秀なのは本当よ!」
「ううん。大丈夫。
利用されたなんて思ってないわ。
紹介してくれて、ありがとう。
私もヒサメちゃんの事が、とっても気に入ったわ」
「……取っちゃ嫌よ?」
「ふふ。そんなわけないじゃない」
「笑いすぎ!ヒサメ起きちゃうわ!」
「ごめん、ごめん。
リリカがあんまりにも可愛いこと言うものだから。
大丈夫よ。安心して。
ヒサメちゃんに手を出す時は、リリカも一緒にだから」
「それなら良いわ!」
『『……』』
ごめんて。
「リリカは、どうしてそんなにヒサメちゃんの事を気にしているの?」
「う~ん。生まれた時から一緒にいるからかしら」
「そんなに長い付き合いなの!?」
「そうね。かれこれ、数百年は一緒に生きてきたもの。
十分に長い付き合いと呼べるでしょうね」
「オーディションの時、ヒサメちゃんを無理やり誘ったりはしなかったの?」
「誘ったわ。
けど嫌がってたし」
あっさり諦めたの?
その割には、さっきはかなり厳し目に焚き付けていたけど。
重要度の問題なのかな?
勝ち残れるかもわからないオーディションと、私直々の訪問は、機会として別物なのかも。
それなら、なにか私とヒサメちゃんにやらせたい事がある?
「ヒサメちゃんはどうして外を怖がるのかしら」
「たぶんコアのせいよ」
「コア?ダンジョンの?」
「そうよ。コアの呪縛が強いんだと思うわ。
ダンジョンの外への忌避感が、すり替わってしまっているの。
ヒサメの場合、それが恐怖として湧き上がっているんだと思う」
なるほど。
ダンジョンの魔物としての本能的なものか。
フィリアス達は皆、大なり小なり似たような部分はあるのかもしれない。
ハルちゃんズの皆にすら、心当たりがあるし。
「そういう話なら、イロハに頼めばすぐに解除出来るんじゃない?」
ハルちゃんは明らかに克服している様子だし。
まあ、マッドなところがあるから自分の体で色々試したのかもだけど。
あと単に、味方が増えると気が大きくなるタイプでもある。
『アルカ』
『ひとのこと』
『いえない』
うん。わかってる。
なんたって、私とハルちゃんはそっくりだものね。
『ふへ』
ちょろい。
「やってみる価値はあるけど、多分無理じゃないかしら」
「どうしてそう思うの?」
「今更呪縛が消えたって、恐怖に怯え続けた数百年が消えて無くなるわけじゃないわ。
だから結局、自分の力で乗り越えるしかない事なのよ」
なるほど。
それでリリカは言い出さなかったのか。
私やイロハと近づけたのだから、すぐにでもヒサメの事を伝えてくれれば良かったはずなのに。
たぶん。もっと根本的に解決したかったのだろう。
リリカがチハちゃんズで頑張って、なにかのご褒美にでも、ヒサメの事を頼むつもりだったのかもしれない。
単なる呪縛の解除だけでなく、ヒサメの新しい居場所とリハビリの機会を用意したかったのかも。
「そう言うって事は、リリカもそうしてきたの?」
「ええ。ヒサメ程じゃないけどね。
本当はヒサメって凄いのよ?
誰よりも強い呪縛にかかってるのに、私のためなら簡単に打ち破ってくれるんだから」
「ふふ。二人はとっても仲良しね」
『いってくる』
「ハルちゃん?」
『イロハと』
『こうたい』
「もう良いの?」
『うん』
『むしろ』
『おそすぎた』
『じゅうやく』
『しゅっきん』
「ふふ。たまには良いじゃない。
ハルちゃんが重役なのは間違いないわ。
なにせ、私の片割れなんだもの。
それに、誰よりも働いてくれているのだし」
『うん』
『ハルえらい』
「そうよ~とっても偉いのよ~」
『ふへ』
嬉しそうで何よりだ。
「ヒサメの事は?」
『おけ』
「ありがとう、ハルちゃん」
あっさりチハちゃんズ入りを認めてくれた。
ハルちゃんが認めてくれるなら、何も問題は無いのだろう。
『いってくる』
「いってらっしゃ~い!」




