5-13.美味しいもの
結局、セレネの知りたかった事は何もわからなかった。
試練の真意も神官の女性は知らないのだと言う。
魔王と聖女の個人的な関係も不明だ。
状況から推察するならば、
魔王となる以前に友好があったのではないだろうか
その後、なんらかの理由で魔王は邪神から力を貰ってしまった。
そうして世界の敵となった魔王を勇者と共に討伐したのだろう。
ただ、未来の誰かに魔王を救って欲しくて封印するに留めた。
邪神の力を引き剥がす方法等存在しないと、あの神官は言った。
私達が魔王を救うことは出来ないのだろう。
もう時間も無い。
魔王が世界を滅ぼす前に倒すしか無い。
魔王は本当に優しい人なのかもしれない。
少なくとも、初代聖女の記憶を見たセレネはそう思っている。
ならば、せめてその手を汚す前に再び倒す事が救いになると信じよう。
私達には新たな力に慣れている時間もない。
もう今すぐに魔王の元に行くしか無い
出発しようと告げた所で、
セレネがノアちゃんに頼み込んで、
魔王に料理を作ることになった。
魔王は美味しいものを食べたいと言っていた。
最後に望みを叶えてあげたいのだろう。
まだ聖女の記憶に引きずられていないかと不安になったけれど、
そんな事は無いと元気に答えてくれた。
まあ、彼も私と同じ神の被害者だ。
優しくするのに抵抗も無い。
そうして準備を終えた私達は再び全員で集まり
魔王の元に転移する。
----------------------
「今度は期待できそうだね」
私達の姿を見た瞬間、魔王は嬉しそうにそう言った。
「ずっとここにいたの?
美味しいもの食べるんじゃ無かったの?」
「そうだったんだけどね。
よく考えたら僕はお金持ってないからさ」
「魔王のくせにそんな事を気にするの?」
「アルカ。お願い!」
セレネに頼まれて私は収納から机と椅子を出し、
魔王のために作られた温かいままの料理を出していく。
「私の大切な娘たちが用意したものよ。
ありがたーく食べなさい」
「「アルカ!」」
魔王も同じ被害者とは思っても、
ついつい警戒心を抱いて言葉がキツくなってしまう。
二人に怒られてしまった。
「良いのかい?」
「冷めない内にどうぞ」
セレネが椅子を勧める。
「じゃあ、ありがたく頂くとするよ」
魔王はいただきますと礼儀正しく食事を始める。
少し食べると突然がっつきだして、
うまいうまいと言いながら凄い勢いで平らげていく。
なんか涙すら流している。
本当にやりづらい。
これからこの魔王を倒さなきゃいけない?
魔王はほっといて邪神倒せないの?
邪神もこの世界の神も世界の外側にいるらしい。
私達はそこに行く手段が無い。
邪神のついでにこの世界の神も叩きのめしておきたかったのに。
「ごちそうさまでした。
とても美味しかったよ。ありがとう!」
最初に会った時が嘘のように感情豊かだ。
それだけあの時は私達を見てがっかりしていたのだろうか。
「それじゃあ、はじめようか」
魔王はそう言って席を立ち、
私達と向かいあう。
今度は敵として見てくれるようだ。
「もう始めるの?
デザートもあるわよ?」
「それは早く言ってほしかったなぁ!
でも、せっかくだけど遠慮しておくよ。
そこまでされてしまっては君達を攻撃できなくなりそうだ。
それに、未練もできてしまいそうだし」
「あなたは死ぬ気なの?」
「死にたいとは思っているよ。
けれど僕にそれを選ぶ自由はないんだよ。
君達が終わらせてくれるんだろう?
今度は期待しているよ」
「魔王さん!私はあなたを封印した聖女の気持ちを知ったの!
あの人はあなたを救う為に封印した。
私達が代わりにその思いを叶えるための時間を貰えないかな!」
「君にそんな事を教えたのはこの世界の神だね?
彼女は相変わらずだなぁ。
どんな手段を使ったのかも想像がつくよ。
彼女の代わりに僕が謝罪するから、
どうかそんな事は忘れてほしいな」
魔王は懐かしむようにそんな事を言う。
彼女という事はこの世界の神は女神なのだろう。
女神の悪辣な手口も昔からのようだ。
それなのに、私と同じ女神の被害者でもあるはずのこの男は
女神の事を親しい友人のように言う。
いったい何があったのだろう。
いずれにせよ、魔王自身救われるつもりが無い。
ならば、本人の言うように終わらせてあげるのがせめてもの情だ。
私達も覚悟を決める。
セレネももう止めるつもりは無いようだ。
本当にセレネは強くて優しくて良い子だなぁ。
「5-11」の誤字報告くださった方、ありがとうございました!
いつも読んで頂けて大変嬉しく思います!
今後も更新がんばります!