31-22.家族会議・続々
「グリアさん。
メルクーリ先生の事をご存知ですか?
その方は信用できる相手ですか?
それだけは答えて頂けませんか?」
「……知らん。
最後に会ったのは何年も前だ。
それこそ、君達に出会うずっと前の話だ。
今のあれがどんな人物に成長しているかなど私は知らん」
ノアちゃんに問われて、グリアは渋々答えた。
この口ぶりだと、その先生の幼い頃の事を知っているという事よね。
やっぱり弟なのかも。
まあ、これ以上は私もほじくり返したりしないけど。
でもセレネなら知っているのかしら。
グリアの弟云々はともかく、グリアの家名の事なら知っている可能性がある。
そっちはダメ元で聞いておこうかしら。
グリアにはもう聞かないけど、セレネに聞いてみるだけなら……。
「そうですか。
わかりました。
答えて下さってありがとうございます、グリアさん」
「私はもう行くぞ。
後はどうとでもなるだろう」
グリアが席を立とうとしたところで、ラピスが慌てて問いかけた。
「待って!グリア!
あと一つだけよ!
ストラトス家について教えてくれないかしら!
ルイザの家名なの!」
「ストラトスか……。
また厄介な相手を引当てたものだな。
ストラトス侯爵はルスケア伯爵の寄り親だ。
今も以前程の繋がりがあるとは思えんがな」
え?
それって?
「あの国における、アルカ君を目の敵にしていた者達の元締めという事だ。
かつてのルスケア伯をバックアップしていたのも、ひとえにその為だ。
魔王事件の後始末において、アルカ君に責任を取らせようと先導したのもストラトス侯だ」
えぇ……。
どんな偶然よ……。
「とはいえ、結果は知っての通りだ。
ルスケア伯が寝返り、尽力した事で、結果的にあの国はアルカ君の行いを肯定した。
自身の手駒にまで噛みつかれ、さぞ腸が煮えくり返った事だろう。
とはいえ、ストラトス侯は愚か者ではなかった。
国を離れ、身を隠したアルカ君を追うよりも、支持基盤の立て直しに力を尽くした」
そんな人とやり合ったなんて、ルスケア領主って実はやり手だったの?
いやまあ、そこはもうあんまり疑ってないんだけど。
何故か求心力的なものはあるみたいだし。
少なくとも教主的な意味でなら。
とはいえ、寄り親を裏切って無事ってどういう事かしら。
貴族社会的にもアウトな行為よね。
まあ、今更こんな事気にしてもだけど。
誰か他にも協力者がいたのかしら。
一人で立ち向かうのは難しいだろうし。
「今更追い回す事も無いとは思うが、わざわざ懐に潜り込んできたとなれば話は別だろう。
悪いことは言わん。
ルイザ嬢とは距離を置くことを勧めよう」
「それはダメよ!!」
グリアの言葉にアリアが反対する。
折角出来たばかりの友達と引き離されるなどごめんだろう。
ごめん、アリア。
私のせいで……。
「まあ、そうだろうな。
どうするかは君達の好きにしたまえ。
私は知らん」
「グリアはどうしてそんなに詳しいの?
王子の事は知らなかったのに」
「君がそれを聞くのかね?
馬鹿を言うのも大概にしたまえよ。
セレネ君の行動を思い出してみたまえ」
あっ……。
そうよね。
セレネは元々、私の悪評を払拭する為に、教会を乗っ取ったのだものね。
魔王復活を吹聴して国を混乱させたと疑われて、私はあの国にはいられなくなった。
セレネはそんな私の為に、私の下を離れてグリアと共に教会に乗り込んだのだ。
魔王の封印を管理していた教会の立場で、私の潔白を証明しようとしたのだ。
もう一つ、ニクスを引きずり降ろすという目的もあったけれど、どちらの理由も間違いなく本気で叶えようとしてくれていた。
だから、国の内情について調べるのも当然の事だったのだろう。
それに付き合ってくれたグリアが知らないはずは無かったのだ。
「そうね。ごめんなさい、グリア。
失言だったわ」
「本当に反省したまえ。
セレネ君の事だけではない。
アリア君が窮屈な思いをするのも、全て君が蒔いた種だ。
ストラトス侯が君に悪感情を抱いたの魔王の件ではない。
それ以前、君が冒険者として成した行いにある。
今更言及するような事では無いが、今後は精々大人しくしている事だ」
「うん……」
「言っておくが、私は過去の君の判断が悪いのだと言っているわけではない。
君の立場で考えれば、何一つとして間違った事などしていないのだろう。
私はそれを信じている。
だがこの世界は君にとって優しい世界ではない。
それを自覚したまえ。
神ニクスの手にすら余る何かが、君には付き纏っている。
ノア君が遠ざけたいのはそんな何かだ。
皆本気で君を守りたいのだ。
そう自覚して謙虚になりたまえ」
「……グリアも?
ここ最近グリアが教会で何かしているのも私の為なの?」
「……少し過去の情報を整理していただけだ。
思いつきを確認したかっただけだとも」
グリアはそんな肯定とも否定とも取れるような言葉を残して転移した。
どうやら教会に戻ったようだ。
「ごめん、みんな。
また私のせいで迷惑かけて」
「いえ。謝る必要はありません。
その話はとうの昔に済んでいます。
グリアさんも言っていたでしょう?
アルカがするべきなのは自覚する事だけです。
反省しろと言ったのはそういう意味です。
セレネの件はともかく、もう一つについては過去の行いそのものを反省しろと言ったのではありません」
「うん……」
「世界の干渉だか、因果だか知りませんが、アルカに何かが付き纏っているのは間違いありません。
ですが、必ず私達がなんとかしてみせます。
何が起こっても支えられる基盤を作り上げてみせます。
ですから、もう少しだけここで待っていて下さい。
いつか必ず、アルカが好きに生きられる世界にしてみせますから」
「ノアちゃん……」
「少し脱線しすぎましたね。
話を戻しましょう。
担任のサマラス先生についても今のところは手の打ちようなど無いのでしょう。
明日、王子の件で何かしらの行動を起こしたのなら、アリアはすぐにカノンに相談して下さい。
こちらもカノンに任せます。
それでよろしいですか?」
「ええ。構わないわ」
「ではお願いします。
後は、ルイザさんの件ですね。
アリア、近い内に連れてきてもらえませんか?
私が話をしてみますので」
え?
どういう事?
信用できるか、直接心を視て判断するの?
こちらの一方的な都合でそこまでするなんて、普段のノアちゃんなら嫌いそうな手段なのに。
そもそも用心深く、何より道理を重んじるノアちゃんが、気軽に私達の住処に人を招くはずがない。
ここには秘密がいっぱいだ。
見せてしまえば、否応なく巻き込む事になる。
私やセレネはともかく、ノアちゃんがそんな騙し討ちみたいな事するはずないのに……。
「ノアお姉ちゃんが良いなら誘ってみるけど……。
本気なの?」
「ええ。
心配しなくとも、アリアの友人に手荒な真似はしませんよ」
「そんな心配してないわ!
そうじゃなくて!」
「仕方のない事です。
アリアが口を滑らせてしまった以上、手は打たねばなりません」
「まさか、協力を拒んだら記憶を消すつもりなの?」
「できればそのような手段は避けたいです」
は?
否定しないの?
「ノアお姉ちゃん、どうしちゃったの?
アリアの知ってるお姉ちゃんはそんな事言わないはずよ」
「……すみません。忘れて下さい。
そうですね。
まだそのような段階ではありませんね。
先程のグリアさんの話で焦ってしまったようです。
少し様子を見るとしましょう。
ラピス、ルイザさんの動向に気を配っておいて下さい」
「うん。それは良いけど」
ラピスもノアちゃんの言葉に戸惑いながら承諾した。




