5-10.聖女の記憶
私は気付いたら一人だった。
側にはアルカもノアもいない。
クレアさんも教授もいない。
ここはどこだろう。
辺りは霧に覆われている。
辛うじて見える範囲には何も見つからない。
意を決して走り出すが、
いつまで経っても何も無い。
だんだん不安が増していく。
あの女の人は試練だと言っていた。
ここでなにかがあるはずだ。
ここから抜け出せれば良いのかな?
そうして立ち止まって考え込んでいると、
霧に何かが浮かび上がってくる。
「エルドス枢機卿!?」
枢機卿がこちらに向かってなにか言っている。
口の動きは見えるが音はない。
なのに、何かが心の内に湧いてくる。
なにこれ?恐怖?
理由もわからず感じた恐怖はどんどん大きくなっていく。
エルドス枢機卿の背後には魔王の封印が見える。
これは過去の光景?
でも、私にこんな記憶は無い。
急に視界が動く。
どうやら枢機卿に引きずられて魔王の封印に近づいているようだ。
さらに恐怖は増していく。
どうしてどうしてどうして
私の気持ちではない何かが溢れ出してくる。
気分が悪い。
そうして、枢機卿が短刀を取り出し、
記憶の主に向かって刃物を突き立てた。
その次はまた別の記憶が霧に浮かび、
その時の記憶の主の感情が私の中に溢れ出す。
もう自分の感情なのか、
記憶の主の感情なのかもわからないほど
心の中がぐちゃぐちゃになっていく。
いくつかの記憶を見てようやく思い至る。
これは歴代の聖女の記憶だ。
それも最後の時の。
私はその光景と感情を追体験させられているんだ。
こんなのが試練なの?
神様って本当に味方なの?
こんなもの悪意しか感じない。
アルカをこの世界に無理やり連れてきたり、
こんな試練で人を試すような事をして、
神様って本当に信じる価値のある存在なの?
ようやく抱きかけていた信仰心が霧散していくのを感じる。
この状況で信仰心を抱き続けられるか試したいの?
それならそんな力いらない!
もうあなたなんかに頼らない!
そう思っても試練は終わらない。
いつまでもいつまでも、
死の間際を追体験させられていく。
そうして、反抗心すらも失いかけたとこで、
今までと違う感情が流れてくる。
今度はなんだろう。
まだ私を嬲り足りないのだろうか
今度は死の間際の記憶では無かった。
魔王と戦っている。
眼の前の困難に立ち向かう強い意思を感じる。
これは初代聖女の記憶?
共に戦う勇者が段々と魔王を追い詰めていく。
そうして遂に、魔王の胸に勇者の剣が突き刺さる。
その時なぜか、
聖女の心には悲しみが溢れていく。
喜びなど一切ない。
ようやく魔王を倒したというのに。
聖女の記憶の魔王は優しい顔で笑っていた。
何事かを勇者と聖女と語り合っている。
なんで?
魔王は敵じゃないの?
なんで聖女はこんなにも深い悲しみを抱いているの?
本当は戦いたく無かったの?
殺したく無かったの?
だから封印したの?
いつか誰かが魔王を救い出してくれるように。
そう願う聖女の心が伝わってくる。
そうして、光景も感情も途切れて
霧が晴れていく。
試練が終わったのだと感じる。
神様はこの光景を見せて何がしたかったの?
私を苦しめて苦しめて
最後の最後にこんなのを見せるなんて
本当に意味がわからない。
ただこれだけは言える。
私は神様なんて大嫌い。