31-2.編入生
今回はアリア視点のお話です。
「今年度からの編入生を紹介する。
入ってきなさい」
私は教室の中から聞こえた先生の声に従い、教室の扉を開け放った。
教室の形はあのオーディションの時の部屋とそっくりだ。
長机が段々になって扇状に広がっている。
アルカに聞いた通り、あれも教室の一種だったらしい。
という事は、あれが教壇で、あれが黒板か。
黒板はお城に住んでいた頃にも見たことがあったけど、これよりずっと小さいものだった。
教室の中には沢山の机が並び、沢山の子供達が行儀よく等間隔で座っていた。
大勢の同年代が集まっているのを見るのは初めてだ。
見た目が似たような年齢の娘達は沢山見た事あるけど、あの娘達は実際の年齢が全然違うんだもの。
「自己紹介しなさい」
先生は厳しそうな若い女性の先生だ。
簡潔な言葉だけで、次にやるべき事を示してきた。
「アリアです!
特技は~あれ?なに言おうと思ったんだっけ?
えっと、魔術も武術も一通り出来ます!
勉強は苦手だけど頑張ります!
あとは~、ねぇラピス、なんだったっけ?」
「落ち着いて、アリア。
とりあえずはそれくらいで十分よ。
次は私の番ね」
そう言って、今度はラピスが自己紹介を始めた。
私にはああ言ったくせに、スラスラと言葉を紡いでいく。
「私はアリアの護衛でもあります。
そういう観点から細かく口出しする事もあるかもしれませんが、その辺りの事情を考慮して頂けますと幸いです」
ラピスは最後にそう締めくくった。
それにしても、ラピスが丁寧に話す所なんて初めて見たわ。
自分の事も「私」って言ってるし。
私も真似しないとダメなのかしら。
自分の呼び方はともかく、丁寧な話し方って苦手なのよね。
さっきも意識しすぎて失敗しちゃったし。
「空いている席に着きなさい」
脇に控えていた先生がそう言って、教壇に戻ってきた。
私とラピスは入れ替わりに教室奥の空席に座った。
そう言えば、座る席って本当にどこでもいいのかしら。
貴族だとか王族だとかって関係無いのかな。
私も一応は王族だけど、既に出奔しているようなものだし、そもそもこの国とは何の関係も無い国だから言っても意味がない。
つまりは、私とラピスは平民の扱いになるはずだ。
アルカがその辺りの事をやたらと気にしていた。
意地悪な貴族達に虐められないかと心配しているみたいだ。
確かに席に着くまでも妙な視線を沢山感じた。
今も警戒というか、意識されてるようだ。
あまり歓迎されていないのかも。
早くみんなと仲良くなって、アルカを安心させるとしよう。
『ラピスはどう思う?』
『大丈夫よ。
アリアに意地悪できる子なんているわけないわ』
『なんで?』
『ラピスがいるもの』
それはそう。
暫く先生が話をした後、早速最初の授業が始まった。
アルカの言っていた、始業式というのは無いらしい。ちょっと残念。
授業内容は特段難しいものでもなかった。
ごく初歩の、基礎的な算術の授業だ。
全部ルカが教えてくれたやつだ。
お姉ちゃん達が教えてくれた所はもっとずっと難しかった。
私は早くも退屈になってきた。
期待していたものとはだいぶ違う。
勿論そんな事は絶対に口にはしないけど。
アルカが私達の為に手配してくれたんだから。
「アリア、前に出なさい」
突然先生から声をかけられた。
授業を聞き流していた事がバレたのだろうか。
ちらっとラピスに視線を向けると、前に出るよう促された。
取り敢えず素直に従って席を立ち、黒板の前へ向かった。
黒板には簡単な数式が書かれており、私が黒板の前に出ると先生がチョークを差し出してきた。
なるほど。
この数式を解けばいいのか。
いくら私でも、この程度は造作もない。
今更間違えたりしたら、ルカに叱られてしまう。
特に悩む事も無く答えを書き足すと、「よろしい」とだけ発した先生に仕草で席に戻るよう促された。
相変わらず口数の少ない先生だ。
まあ、授業はちゃんと喋ってるんだけども。
ただ少し、愛想が無いだけかな。
勿体ない。折角美人さんなのに。
勿論、アルカ達程じゃないけど。
席に戻りながら気付く。
何だか視線が少し変わった気がする。
変な子達ね。
それから暫くして授業が終わった。
私とラピスが話していると、近くに座っていた男の子が何人かの男の子を引き連れて私達に話しかけてきた。
なるほど。
これが"取り巻き"ってやつね!
アルカが取り巻きを引き連れている奴には気を付けろって言ってたわ!
「お前は誰だ?
何故挨拶に来ない?」
『ラピス!これってあれじゃない!』
『あれっぽいわね。
何で楽しそうなの?』
『アルカが気をつけろって言ってたわ!』
『だから?』
『警戒が必要な相手って事でしょ?
なんかワクワクしない?』
『なんでよ……
そもそも、あるじはそういう意味で言ったんじゃないわ』
『取り敢えずこの子達の相手はアリアに任せてね』
『騒ぎを起こしたらダメよ』
『は~い』
「おい!お前!
殿下が話しかけているのが聞こえないのか!」
私がラピスと念話で話している間に痺れを切らした取り巻きの一人が前に出て声を荒げた。
殿下って事は、この真ん中の子がこの国の王子様なのか。
何で王子様がこんな所にいるんだろう。
お城の中でももっと難しい勉強してると思うんだけど。
「あなた達こそ聞いてなかったの?
私はアリアよ!
これからよろしくね!」
私は真ん中の子の手を握って、笑いかける。
仲良くなるにはこれが一番だ。
カノンお姉ちゃんに初めて会った時に、お姉ちゃんもこうしてくれた。
真ん中の子は一瞬で真っ赤になり、私の手を振り払った。
なにか失敗しちゃったのかしら。
「お前!殿下に無礼な真似を!」
さっきも大声を出していた子が、また声を荒げた。
よし。今度はこの子でリベンジだ!
「あなた、とっても声が大きいのね!
凄いわ!ちょっとびっくりしちゃった!
けれど、女の子にはもう少し優しくしなきゃダメよ?
他の娘達にそんな事したら、怖がらせてしまうわ!」
先ほどと同じように、手を握って笑いかける。
この子も真っ赤になって手を引っ込めてしまった。
さらに今度は反対側の子が迫ってきた。
みんな積極的ね。
これならすぐに仲良くなれそう!
しかし、そのまま何人かが続いたけれど、結局皆同じように手を引っ込めてしまった。
しかも、誰も名乗ってくれなかった。
失敗した。こっちからも聞いてみればよかったなぁ。




