29-32.温度差
私世界の昼夜は何故かニクス世界と連動している。
「綺麗ですね……
どこもかしこも光で溢れています。
それにとっても不思議な光景です」
つまり今は夜だ。
街灯に照らされた、現代日本の町並みが完全に再現されている。
船の甲板から眺めるだけでも、懐かしさにこみ上げるものがある。
ノアちゃんも遠目に眺めただけで、随分とお気に召したようだ。
久しぶりに尻尾がくねくねと踊っている。
ワクワクする気持ちが抑えきれないらしい。
ノアちゃん可愛い。
今度は昼間にも連れてきてあげよう。
諸々、どうにか堪えきった私は、ノアちゃん達を連れて町の中に転移する。
わざわざ家から少し離れた公園に転移し、そこから自宅に向かって歩いていく。
私は子供の姿に変身して、お姉ちゃんの手を握る。
私の意図を察して、お姉ちゃんが笑いかけてくれる。
もうダメかも。
また泣きそう。
きもいなんて言ってごめんなさい。
私に会いに来てくれてありがとう。
この光景をもう一度見せてくれて、ありがとう。
お姉ちゃん、大好き。
私はお姉ちゃんの手に頬ずりして、ついでに少し目元を拭う。
お姉ちゃんは何も言わずに笑顔を浮かべ続ける。
少し目元が光った気がするけど、何も見なかった事にする。
「ここが私達の家よ!
さあ!上がってノアちゃん!」
努めて明るい声を出しながら、今度はノアちゃんの手を握って突き進む。
改めて実家の外観を見せるのはなんだか気恥ずかしくなってきた。
本当に何の変哲もない一軒家だもの。
ノアちゃんはされるがまま、私に付いてきてくれる。
家の中を紹介していく度に、ノアちゃんは驚きを示してくれる。
特にキッチンの設備には強い興味を持った。
うちは爺さん特性の魔石製ハイテクキッチンだけど、それでもこの家の設備とですらどっこいどっこいだ。
優れているところもあれば、劣っているところもある。
魔石の場合、火力の調整等は自分自身で加減しなければならない。
つまみを捻れば何時でも同じ火力にとはいかない。
そのかわりというか、火力や燃費の良さは魔石の方がずっと上だ。
何せ、自分自身が燃料を供給できるのだから。
逆に、大した魔力を持っていない場合は困る事になる。
実際魔石キッチンを導入できたのはルチアがいてこそだ。
ノアちゃんは生まれつき神力を持っていた影響で、魔力を扱えなかった。
それまで、どうしても魔石を使う必要がある時は、私やリヴィに頼っていたのだ。
リヴィも生まれながらに魔力と神力を持っていたようだけど、どちらも問題なく使えている。
これが人間とドラゴンの差なのだろうか。
一通り一階の部屋を見て回ってから、二階にある私の部屋に向かう。
そういえば、日中来た時はお姉ちゃんの部屋見なかったわね。
「お姉ちゃんの部屋も見ていい?」
「良いけど、本気で見たいの?
前は居づらそうにしていたじゃない」
「まあ、うん、そうなんだけどさ。
ノアちゃんに見せるには丁度いいかなって」
「ああ、なるほど。
アルバム代わりって事ね」
「あるばむ?
しゃしんが沢山収められた本でしたっけ?」
「詳しいわね。
ノアちゃんは何でも勉強熱心なのね」
「アルカの事なんですから尚の事です」
「ノアちゃんも十分きm」
「お姉ちゃん!」
「ごめんなさい」
「ノアちゃんに酷いこと言うなら私が怒るんだからね!」
「小春……
それを私に言うのは良いの?」
「ごめんなさい」
「何時までも下らない茶番をしていないで、早く部屋に入れて下さい。
勝手に開けてしまいますよ?」
「「はい」」
私は、最初に自分の部屋を見せた。
日中入った時と何一つ変わってはいない。
もったいなくて触れる事が出来なかったのだ。
「……」
何故かフリーズするノアちゃん。
「ノアちゃん?」
「何で既に散らかってるんです?
片付けていいですか?」
「ダメ!違うのそうじゃないの!」
「ノアちゃん、見逃して。
この状況は意図的に再現したものなの。
少しでも小春に懐かしい気持ちになってほしくて、わざとこうしているのよ」
「……なるほど。
すみません、早合点してしまいました。
アルカが既にこの部屋に滞在していたのかと」
「そうよね。
まるでついさっきまでここに居たみたいな再現度よね。
私も驚いたわ」
「それで先程はお姉さんに暴言を吐いたのですね」
「はい……」
「それは酷すぎませんか?」
「ノアちゃん。
私を責めるのはお姉ちゃんの部屋を見てからにして」
「?」
「早速移動しましょうか。
出来ればこの部屋は何も変えずに残しておきたいの」
「何だかんだ言いながら気に入ってるんじゃない」
「当然よ。
お姉ちゃん達の思いだっていっぱい詰まってるんだもの。
懐かしさだけじゃなくて、嬉しいものでもあるんだから」
「小春!」
「はいはい、イチャつていないで次行きますよ」
「「は~い」」
今度はお姉ちゃんの部屋にノアちゃんを連れていく。
お姉ちゃんの部屋を見たノアちゃんは絶句した。
「手にとって見ても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
暫くして復活したノアちゃんは、大量の写真立てから一つ一つを持ち上げて、注視していく。
そうしてそれ以外のグッズも一通り見てから、私達を振り返る。
「いい部屋ですね」
「冗談でしょ?」
「アルカへの愛に満ちています」
「既に溢れているわ。
どう考えても一般的な姉の部屋では無いでしょ。
というか、私の知らない物が随分と増えてるんだけど。
これ、私が失踪してから作ったの?
大丈夫?お母さん達心配しなかった?」
「泣いていたわ」
「そりゃあ、そうでしょうね!
娘が失踪した後、もう一人の娘がこんなの作り始めたら正気を疑うでしょ!
失踪した妹のタペストリーなんてどんな精神状態で飾ってたのよ!
抱き枕なんてどんな気持ちで抱いてたのよ!?
ぬいぐるみ増えすぎよ!
昔は一個だけだったじゃない!
私がいなくなってから開き直ってない!?
むしろなんでここにまで再現したの!?
というか、やってる事がまんまハルちゃんと同じじゃない!」
あかん、突っ込みきれない。
折角抑えてたのに。
今日はもう誰とも喧嘩なんてしたくないのに。
「両親は泣いて喜んでいたわ。
同じの作って渡して上げたら」
「そっち!?
え!?まさか抱き枕も!?」
「いえ、流石にそれは私専用よ。
ごめん、流石に両親の部屋まで再現出来なかったから、証拠は見せられないわ」
「この流れで見たくないわよ!」
「少し落ち着いて下さい。
今日は変ですよ、アルカ。
どうしてそんなに不安定なのですか?」
「それは……」
「ただの写真や枕に何をそこまで目くじら立てているのですか?」
「なら、私もノアちゃんグッズ作るわ。
私の部屋もノアちゃん一色に染め上げちゃうわ。
他の子と寝る時もその部屋に連れ込む事にするわ」
「……やめてください」
「もう少し粘って、ノアちゃん」
「ならお姉ちゃんのにしてあげる。
むしろ、一部屋ずつ、全員分の部屋を作ってしまうわ。
深層の部屋はそんな趣向にしましょう。
皆、それぞれ自分のグッズがあふれる部屋で私と寝るの。
そうすれば私の気持ちもわかるでしょうし」
「「やめなさい」」




