29-7.再会と出会い
私はまずノアちゃんに念話で事情を説明した。
それから、ルネルと共にエルフの国に転移し、長老宅を訪れた。
エルフの国に来るのも久しぶりだ。
最後に来た時から五年くらい経っただろうか。
懐かしい気分に浸りたいところだが、残念ながら既に日が暮れている。
ルネルに許してもらえるなら、今度改めて昼間に来たいものだ。
「レルネ、戻ったぞ」
「おかえりなさいませ。ルネル様。
アルカもよく来てくれたね。
まあまあ、随分と様変わりしたようだわ。
本当に人間族の成長は早いのね」
「久しぶりね、長老。
成長って、力の事?
隠蔽してるのに気付くなんて流石ね」
「あらあら。ふふ。
なんだか自信まで付いたようね。
元気そうで何よりだわ」
「アルカ、レルネはこの国の長じゃ。
お主ではまだ及ばんよ」
「なんかもう驚けないわね。
数百年単位で修練している人に張り合えるなんて思えないわ」
「うむ、良い傾向じゃ。
お主はすぐに調子に乗るからのう。
少しは現実が見えてきたようでなによりじゃ」
「ふふ。仲がよろしいのですね」
「ふん。
それよりレルネよ、件の幼子とやらはどこじゃ。
夕飯までに戻らねばならん。
早めに本題を済ませるのじゃ」
「そうですね」
長老さんは部屋の奥に向かって声を掛ける。
すぐに二人の幼子が現れた。
一人は幼い獣人の幼女だ。
リヴィと同じくらいしかないだろう。
という事は、三、四歳程度だろうか。
頭には真っ黒な兎の耳が生えている。
かわいい。
もう一人はエルフの少女だ。
ルカより少し小さいくらいだろうか。
人間換算なら七、八歳くらいかしら。
エルフの子供の成長速度は知らないので、見た目通りなのかはわからない。
この子は世話係か何かなのかしら?
獣人の子の手を引いて連れて来たけど。
いや、でもおかしい。
この子も獣人の子程ではないにせよ、痩せすぎだ。
二人とも身ぎれいにはしているけれど、きっとそれはこの国に来てからなのだろう。
今の服を着慣れているようには見えない。
「混血か」
「はい。どうかこの二人をお願い致します」
混血って状況的にエルフの子?
所謂、ハーフエルフというやつだろうか。
ハーフエルフもこの国では受け入れられないの?
二人をってそういう事よね?
獣人の子しか聞いていなかったのだけど。
エルフは問答無用で客人を排除するわけではないはずだ。
実際、こうしてこの子達も保護しているのだし。
私の事だって皆歓迎してくれるし。
けれど、永住となると厳しいのかしら。
その辺りは獣人と似たようなものなのかしら。
私は膝をつき、少女達に視線を合わせて話しかける。
「私はアルカ。
お名前、教えてくれる?」
「レヴェリー……です」
エルフの子が答えた。
「レヴェリー、可愛いお名前ね。
あなたは?」
「……」
「しゃべれない……みたい……です」
ウサ耳っ娘を守るように少しだけ前に出て答えるレヴェリー。
まるで反射のような咄嗟のその行動に、私は二人の関係を漠然と理解した。
「そっか。
レヴェリーが守ってくれたのね。
頑張ったのね。レヴィ」
私は二人を纏めて抱きしめる。
「レヴィって……なんで……ママ……」
私にしがみついて泣き出すレヴェリー。
つられたようにして、ウサ耳の子も泣き出した。
『ハルちゃん』
『うん』
ハルちゃんは私の考えを察して、二人の記憶を覗き見てくれた。
レヴィはエルフの女性と二人で暮らしていたらしい。
この女性が母親のようだ。
母親からもレヴィと呼ばれていた。
暮らしていたのは、おそらくこの森のどこかだろう。
母娘二人きり、慎ましく、けれど幸せに暮らしていた。
レヴィ視点では詳しい状況がわからないが、恐らく何かの襲撃にあったのだろう。
母親はレヴィを隠して、対処に向かうも力が及ばなかったようだ。
混乱が収まった後、レヴィは隠れていた場所を出て母を探すも、見つけ出す事は出来なかった。
ただ周囲には破壊し尽くされた痕跡だけが残っていた。
レヴィは母との約束を思い出す。
何かあればと、エルフの国へ入る方法を伝えていたようだ。
母に会えるかもと歩き出したレヴィは、道中でウサ耳の子と出会い、共に連れていく事にしたのだった。
ウサ耳の子、名前は元々無かったようだ。
どうやらノアちゃんと同じような境遇だったらしい。
この子は白兎族に産まれたものの、真っ黒な毛並みを持っていた。
ノアちゃんの所程極端に害してくる者はいなかったようだが、逆に両親すらもこの子を守る事は無かった。
本当にただ生かされる程度にしか世話をしてもらえず、言葉を学ぶ事すら出来なかったようだ。
挙げ句の果てに森へ捨てられた所、レヴィが通りかかった。
レヴィはこの子を守る事で少しだけ立ち直ったようだ。
立ち直ったというか、気持ちを奮い立たせる事が出来た。
そのおかげもあって、どうにかこの国に辿り着いた。
ここまでの道のりは幼い少女達には酷なものだった。
いくらレヴィが森の中での生活に慣れていようとも、更に幼く虚弱な子供を連れてなど無茶にも程がある。
よくぞ無事に辿り着いたものだ。
とはいえ、辿り着く直前で記憶が途絶えている。
おそらくこの国の門番が倒れた二人を見つけて保護したのだろう。
限界ギリギリまで歩き続けて、どうにか門番の気付ける所まで辿り着いたのだ。
私は二人を抱きしめる腕に力を込める。
二人が泣き付かれて眠るのにそう時間はかからなかった。
「長老、私に任せてくれる?」
「ええ。お願いするわ。
ルネル様もそれでよろしいですか?」
「手遅れじゃったか……」
「なにか?」
「いや、気にするな。
アルカ、行くぞ」
「また会いに来るね、長老。
今度は昼間ゆっくり出来る時に。
二人も元気いっぱいの姿で連れて来るから」
「楽しみに待っているわ。
次は娘も連れてきなさい」
「娘?沢山いるけど全員で来てもいいの?」
「おや?
以前連れて来た、ノアともう一人だけだったのではないかしら」
「ノアちゃんとセレネ以外にもいっぱい家族が出来たの。
きっと驚くわよ~」
「ふふ。もう十分驚いているわ。
やっぱり人間族の成長は早いのね」




