29-6.保護
「おい、バカ弟子」
「お師匠様、ご機嫌麗しゅう」
「いい度胸じゃのう」
「ごめんなさい。調子に乗りました」
「また性懲りもなく勝手に弟子を増やしおって」
「ごめんなさい……」
むしろもう弟子と思ってくれているのね。
ルネルはエリスの事気に入ると思ってたわ。
今日の訓練中も早速激しく扱いてくれたし。
今日の訓練は先程終わったばかりだ。
これから夕飯を食べて、エリスは実家に帰る事になる。
けれど、この調子では途中で寝落ちしてしまうかも。
一日目からハードすぎて、マリアさんが心配しそうね。
今日はイリスに任せるのではなく、私も付き添うとしよう。
「それよりもじゃ。
わしは今から国へ戻る。
お主も同行せよ」
「え?良いの?
私、エルフの国は出禁じゃなかったの?」
「構わん。
お主に頼みがある」
「もちろん!ルネルの頼みなら何だって聞くわ!
私は何をすればいいの!?」
「何を興奮しとるのじゃ。
少しは落ち着かんか」
「そりゃ興奮くらいするわよ!
ルネルに恩を返せる機会なんてめったにないもの!」
「わかった、わかったから、迫ってくるでない!
とりあえず最後まで聞かんか!」
「ごめんなさい。
ちゃんと聞くわ。
それで?突然どうしたの?」
「獣人の幼子がエルフの国に迷い込んだのじゃ。
レルネから保護を頼まれてのう。
ここで受け入れてやってはくれんか?
判断するのは会ってみてからで構わん。
わしもまだじゃしのう」
「それはもちろん構わないけど、レルネって誰?」
「なんじゃ知らんかったのか。
長老の事じゃよ」
「多分初耳ね。
長老にも久しぶりに会いたいわ。
折角ならノアちゃんにも声をかけましょうか」
「いらん。
すぐ行ってすぐ戻る。
それにノアはこの時間忙しかろう」
「そうね。
けれど、先に報告だけしてもいい?
ノアちゃん達に伝えておかないと怒られてしまうもの」
「ああ。もちろ……
いや、何あっさりと受け入れておるのじゃ。
もう少し状況を確認せんか。
そのまま伝えられてもノアも困るじゃろうが」
「けれど、ルネルも詳しくは知らないのでしょう?
とりあえず長老に話を聞いてみるしか無いんじゃない?」
「それはそうじゃが……
何故あの国で受け入れんのかくらい気になるじゃろ」
「そうね。
う~ん。そう言われると確かに気にならなくもないけど、正直それより、本当にここで良いの?って思うわ」
「手を出すでないぞ」
「しっかり守ってあげてね」
「やはり考え直すべきじゃろうか」
「なら同族の里を探して連れていく?
とはいえ、それも難しいわね。
かといって、獣人の治める国って無かったはずよね」
エルフやドワーフとは違い、獣人はそれなりに数が多い。
人間の国にも混ざって暮らしているのだが、獣人の国は存在しない。
というのも、獣人と一括りに呼称してはいるものの、厳密にはより細分化されているからだ。
猫族、犬族、兎族みたいな大枠の場合もあれば、ノアちゃんの一族の黒猫族のように、更に分かれる場合もある。
その細かい種族毎に村や集落を形成するのが基本の為、国の形にまでならないのだ。
一応、この世界には大っぴらな獣人差別のようなものは無いようで、人間の国の要職に付いている獣人達も数多いる。
何とも平和な世の中だ。
但し、それは人間の国の場合だ。
集落で暮らす獣人達は基本的に排他的だ。
黒猫族の中で白い毛並みを持って産まれたノアちゃんが冷遇されたように、例え同種でも異物は排除しようとする。
エルフの国は広大な森の中にある。
森の外縁部には獣人の集落も存在するらしいが、エルフの国とはそれなりに距離がある。
その上魔術的な仕掛けまで存在し、本来ならば幼子が一人で迷い込める場所ではない。
とはいえ、エルフ側からならば集落へと送り届ける事も出来るはずだ。
その上でルネルに保護を依頼したという事は、もっと遠くから来ているか、集落へ帰れない子の可能性が高い。
ならば、受け入れてくれる場所が簡単に見つかるという事は無いだろう。
長老がルネルに依頼した理由は、受け入れ先を探すか、一人で生きていく術を身に着けさせるといった所だろうか。
「そうじゃのう。
場合によってはまた旅にでも出るとしようかのう」
「それは嫌よ。
もう少しくらい居てよ。
せめて毎晩帰ってきて。
お酒もいっぱい用意しておくから」
「ならばたまにはお主も参加せんか。
酔ったミユキはお主の話しかせんのじゃ。
というか、わしにアレを押し付けるでない」
「うん。わかった。
毎晩でも参加するわ。
ところで、お姉ちゃんとルネルってどんな関係なの?
お姉ちゃんからは、なんか昔機嫌を損ねたくらいしか聞いてないけど、一緒に飲むなんて意外と仲良いの?」
「ミユキが言わんのなら、わしから言うわけがなかろう。
いい加減、話を戻すぞ。
ともかくじゃ。
わしがレルネから頼まれたのは、あの国に置いておく事はできんからじゃ。
あの国は原則他種族の永住を認めておらん。
それゆえ、わしはその幼子を国外に連れ出す必要がある。
じゃが、お主も知っての通り、獣人は排他的じゃ。
気軽に余所者を受け入れたりはせんじゃろう。
かといってここで一度受け入れたのならば、外の世界に放り出すこともできんじゃろう。
お主の毒牙にかかるのも時間の問題じゃろうしな。
なればわしはその幼子を連れて旅に出る他あるまい」
「私が手を出さないパターンはもう完全に諦めたのね」
「うむ。そこを議論するなんぞ時間の無駄じゃ。
そうでなくとも、隠し事が多すぎるじゃろうが。
どの道、この地の情報を与えるべきではない」
「まあ、それはその通りなんだけど。
そもそも、その子は女の子なの?」
「知らん。そこまでは聞いとらん」
「なら別に心配要らないかもしれないじゃない」
「どうせ、幼子なら関係ないじゃろ?」
「失礼な!私が好きなのは女の子よ!」
「いや、そこを開き直られてものう……」
「ちなみにルネルの事も大好きよ。
結婚してくれる?」
「バカなことばかり言いおって。
じゃが、折角じゃ。
わしが欲しくば勝ち取ってみせよ。
それならお主も少しは身が入るじゃろう」
「俄然やる気が湧いてきたわ!
一撃入れたら結婚してくれるのね!」
「どアホ。打ち負かして見せよと言っておるのじゃ」
「約束よ!何千年かけたってやり遂げてみせるわ!」
「その程度でお主に負けるわけなかろう」
「なら万年単位でだって時間をかけるだけよ。
私達にはいくらでも時間があるんだから」
「随分と気の長い話じゃのう」




