29-1.想定外
『ノアちゃんも気付かなかった?』
『すみません。不覚でした』
『いえ、私もハルちゃんも気付かなかったわ。
なにか仕掛けがあるはずよ』
『魔道具でしょうか』
『そうね。
多分、本人に特別な力は無いわ。
まさか覚視を欺ける魔道具なんて物が存在するとはね』
『ですが、あり得ない話でも無いでしょう。
私も想像が足りていませんでした』
覚視を使えるはずの魔王から逃げ続けられたのだから、あのドワーフがそんな魔道具を作っていたとしてもおかしくはない。
そうでなくとも、数千年の歴史のどこかで、覚視を脅威に思って対策していた存在がいても、何ら不思議はない。
私達がダイニングルームに辿り着くと、見覚えのない男が上座に居座っていたのだった。
「おじいちゃん!」
既に私の腕から降りていたエリスは男性に向かって駆け寄った。
男性は席を立ち、駆け寄ったエリスを抱き上げる。
おじいちゃんという事はこの男がこの国の王なの?
どう見ても三十代くらいにしか見えない。
二十後半の息子がいるとは到底信じられない。
美青年という感じの王子とは違い、ガッシリとしたよく鍛えられた体をしている。
王様というより、将軍とか言われた方が納得できる。
それとも、言葉通りのお祖父ちゃんなのだろうか。
マリアさんの旦那様と、マルセルさんの父親なのだろうか。
正直そっちの方が納得できるけれど、顔つきはどう見ても王子寄りだ。マルセルさんの方じゃない。
ともかくこの男の気配は、私どころかノアちゃんとハルちゃんにも察知できなかった。
魔道具かなにかはわからないけれど、初めての状況に否応なく警戒心が高まっていく。
「驚かせてしまったようだな。
すまない、先に伝えておくべきだった。
とはいえ、私も急な訪問に面食らっていたところだがな。
この方は我が国の王であらせられる、アルヴァン陛下だ。
陛下、この者たちが」
「よい。
折角だ、自己紹介を願えるかね?」
「私は冒険者アルカと申します、陛下」
「同じく冒険者のノアと申します」
「ワタシはイリスデス!」
「うむ。
余はアルヴァン。
気軽にアル君かおじいちゃんとでも呼ぶがよい」
は?
「おじいちゃん、アルカ様達が驚いているわ。
それにまた可愛い女の子だからってデレデレしていたら、お祖母様に怒られてしまうわよ?」
「そいつはいかん!
エリスよ、内緒にしてくれるかね?」
「ふふ。じゃあ後でお願い聞いてくれる?」
「珍しいな!
エリスからおねだりなど言ってくるとは!
いいだろう!何が欲しい?
領地か?爵位か?
いっそ国ごと」
「陛下、どうかそれ以上は」
「口を挟むなバカ息子めが!」
「おじいちゃん、シル君にも優しくしてあげて」
「しかたないのう~。
それで、エリスや、何が欲しいのだ?」
「う~んとね、先に色々説明したいのだけど、でもそうね。
先にお願いを言ってしまうわね。
おじいちゃん、あのね。
エリス、アルカ様のものになりたいの」
エリス!?
何ぶっちゃけてるの!?
「なん……じゃと」
「あ!いけない!これでは意味がわからないわよね!
えっと、アルカ様の所で修行したいの。
それでね、その代わりにエリスをアルカ様にあげたいの」
もっと酷くなった!?
というかダメよエリス!何ペラペラ喋ってるのよ!
もう少し状況を把握してると思ってたのに!
『うかつ』
『イリスもどさなかった』
『しっぱい』
今更言っても……
「話せ」
陛下はマリアさんに状況の説明を促した。
「は!
エリスをアルカ殿に預けたいと考えております。
アルカ殿はエリスの力を引き出して下さいました。
その力をより高める為に協力頂く所存です」
「それだけか?」
「エリスはアルカ殿を慕っております。
正しくは恋慕の情を抱いております。
その為に身も心も捧げたいと願っております」
「認めたのか?」
「はい。承諾致しました」
「おじいちゃん、許してくれる?
エリス、シル君とじゃなくてアルカ様と結婚したいの」
「……ならん」
「おじいちゃん!?」
「ならんぞ!エリス!
まだ嫁に行くには早すぎる!
おじいちゃんを置いて行くと言うのか!?」
「だい」
『エリス、ストップ!
戻ってこれる事を言ってはダメよ!
というか、これ以上何も言っちゃダメ!
内緒にするって約束したでしょ!』
「あっ!」
「どうしたのかね?」
「ううん。なんでもないの。
大好きよ、おじいちゃん。
エリスも会えなくなるのは寂しいけれど、それでも頑張りたいの。
強くなったらきっと顔を見せに帰ってくるわ。
だからお願い、おじいちゃん」
「エリスぅ~!!」
幼女に泣きつく壮年男性。
王様の見た目が若いせいで事案にしか見えない。
いやまあ、父と娘として見ればまだ……
結局、エリスの説得の甲斐あってか、王様はエリスの出奔を認めてくれた。
本当に?それでいいの?
もう婚約発表の式典って準備進んでるのよね?
もしかしたら、エリスの今までの頑張りを見てきたからこそなのかもしれない。
エリスが強くなれる可能性があるのなら、止めきれなかったのかもしれない。
その後少し遅れて食事も始まり、王様も帰る事なくその場に留まった。
その上、食事の最中私にも特に妙な態度を取る事もなく普通に話しかけてきた。
懐が深いのか、別の思惑があるのか。
結局一言も私を責める事はなかった。




