28-39.疑問
「お母さん!
私行ってみたい!」
「う~む。しかしなあ……」
全ての話を聞き終えて、今度はマリアさんが渋り始めた。
まあ、うん親の立場じゃそうなるわよね。
エリスちゃんが急激に興味を持っていく姿を見たことで、かえって冷静になったのもあるのだろう。
魔法の存在するこの世界でだって非現実的な話ばかりで、今まで飲み込みきれていなかった部分もあるだろうし。
「少し質問してもいい?
一度話を変えて、頭をリフレッシュするのも良いと思うのだけど」
「うむ。よかろう。
何でも聞くがいい」
「ありがとう。
王子の婚約の件ってどうするつもりなの?
エリスちゃんの事はともかく、マリアさんはクレアが王子と結婚する事も無いと思っていたのでしょう?
エリスちゃんを任せるつもりだったのだし」
「ああ。その件か。
そうだな。正直クレアが応じるとは思っていなかった。
それ自体は殿下もマルセルも同じ意見だ。
ただ、それはそれというやつだな。
殿下はそれでも諦めきれなかったのだ。
クレア、私も殿下からの求婚を受ける事を勧める。
奴は良い男だ。私が保証しよう。
多少、お調子者ではあるがな」
「勘弁してくれよ……」
「まあ、すぐにとは言わん。
少しくらい相手をしてやるといい。
先ずは友達からというやつだ。
旧交を温める程度なら悪くはあるまい?」
「わぁったよ。
姉ちゃんの顔を立てると思って少し位は付き合ってやる。
けど、結婚なんてぜってぇしないからな!」
「好きにしろ。
そこまでは強要せんさ」
あのクレアが渋々でも関わろうとするなんて、意外と脈はありそうね。
エリスちゃんが私達のところに来たら、毎日クレアも連れて帰ってもらう事にしよう。
マリアさんとマルセルさんの為に、それくらいは後押ししても良いだろう。
でも、マルセルさんって本当にクレアと王子の結婚に賛成しているのかしら?
「マルセルさんって、マリアさんの目論見を全て知っていたのよね?
なら何でエリスちゃんの婚約に賛成していたの?
って、これはマリアさんに聞いて良いのかしら」
「簡単な話だ。
マルセルはエリスを冒険者にするくらいなら、殿下に託すべきだと考えた。
それならば自身の目が届き、手助けも出来るからな。
あれもあれで過保護だったというだけの事だ」
「全員がエリスちゃんの事を考えているのに、目論見はそれぞれ異なるのね。
王様とも仲が良いの?」
「ああ。陛下も良くしてくれている。
今回ばかりは少々暴走が過ぎたがな。
それもエリスを思えばこそだ。
ありがたい事だな」
「おじいちゃんもとっても優しいの。
ただちょっとたまぁ~に、強引なだけなの」
おじいちゃんって王様の事よね?
随分と距離感が近いのね。
まるでアリアのところみたいだわ。
それだけエリスちゃんが可愛がられているのだろう。
こんな良い子なら当然ね。
「そもそもなんだけど、エリスちゃんが私達に付いてくる時って、この国ではどういう扱いになるの?
婚約発表の式典も既に話が進んでしまっているのよね?
かなりの大事になるんじゃない?
どんな形にしたって、マリアさんも責められるんじゃないの?」
「うむ。
その辺りは殿下とマルセルが上手く立ち回ってくれる。
陛下との話もあるゆえ、詳細はまだ聞かされていないがな」
「それ大丈夫なの?」
「大丈夫!
シル君はやれば出来るから!」
私、あの王子と同じ評価なの?
「悪巧みはあいつの十八番だ。
どうとでもするだろう」
投げやりに答えるクレア。
随分昔の事も思い出したようだ。
というか、悪巧みでいいの?
王様と喧嘩にならない?
「最悪クレアが拐った事にすればいいわよね」
「良いわけ無いでしょう。
シルヴァン殿下がクレアさんと結婚出来る可能性が無くなってしまいます」
「はなっからねえって言ってんだろうが!」
「きおくけす?」
「ダメよ、ハルちゃん。
何人消すことになると思ってるの?」
「そうじゃないでしょ!
何ふざけた事言ってるんですか!
エリスの居場所を奪うつもりですか!」
「落ち着いて、ノアちゃん。
ただの冗談よ。
ハルちゃんも本気で言ってるわけじゃないわ」
「そもそも」
「けんせいおわらす」
「こんやくとべつ」
「だからそれも」
「けいかくあるはず」
「うむ。その通りだ。
エリスより幼いのに賢いな」
「ハルちゃんは見た目は幼いけど、六百年近く生きてるわ」
「うむ?
それは失礼した。
……本当か?」
「ええ。信じられないでしょうけどね。
元々はダンジョンボスの吸血鬼なの。
そうだ、ついでで言うような事じゃないけど、一つ忠告をしておくわ。
直近で誕生、もしくはこれから誕生する大規模ダンジョンには、このハルちゃんに近い存在がダンジョンボスとして産まれている可能性があるの。
その場合、ダンジョン自体も難易度が高すぎて私達以外の人に対応できるようなものではないわ。
マリアさんも気をつけてね。
きっとマリアさんですらそのダンジョンボスに勝つことは出来ないわ。
なにか怪しいと思ったら必ず私に伝えて。
その方法は改めて考えるけど、とにかく絶対に自分で乗り込んだりはしないでね」
「それほどか?」
「おそらく一対一ならば戦い、逃げる事は可能でしょう。
ですが、攻撃が通用しません。
先程アルカの中から出てきた時のように、霧化して物理攻撃の一切を受け付けません。
よろしければ、明日にでも模擬戦をしてみませんか?
実際に体験してみるのが一番早いかと」
「なるほどな。
是非お願いしよう」
「おけ」
「あいてになる」
「ハルちゃんが自分でやるの?」
「うん」
「すこし」
「きょうみある」
「そう。無茶しないでね」
「がってん」
「そういえば、クレアはあれの対策見つけたの?」
「ああ。切れるぞ」
「ルチアにもう相手したくないと泣き付かれました」
「流石というか、なんというか」
「おどろきない」
「きれるようになる」
「いったでしょ?」
「そうね。
ハルちゃんはクレアならすぐだって言ってたわね」
「明日、私もやらせろよ。
久々にリベンジさせてくれ」
「おけ」
「うけてたつ」
「モテモテね、ハルちゃん」
「さて、そろそろ話は終わりにしませんか?
エリスも寝てしまったようですし。
答えはまた明日お聞きするとしましょう」
「そうね。
エリスちゃん本人の覚悟は決まったようだし、これ以上は急ぐ必要も無いわ。
少なくとも私達の側にはね」
「うむ。
ならば明日、改めて力を見せていただこう。
それで私の心も決まるだろう」
「ならむしろ、私よりノアちゃんが良いかも。
ハルちゃんとは別にノアちゃんとも戦ってみると良いわ。
エリスちゃんが何れ到達する姿を見れる事でしょう」
「見れるわけねえだろ。
どんだけ速いと思ってんだ。
お前、最近ノアの訓練見てねえな?」
「ごめん……」
「私とアルカの試合も組むとしましょう。
なんなら、総当たりでも良いですし。
エリスも交えて親睦を深めるつもりで楽しみましょう」
「良いなそれ。
ノアともやりたかったんだ」
「クレアさんもアルカも周りの物を壊さないでくださいね。
二人ともすぐに加減を忘れるんですから」
「は~い」
「おう」
「ふっ。楽しくやっているようで何よりだ」
「まあな」




