28-34.親バカ
「そうだ。
アルカ殿の言う通り、私はエリスを剣聖にしたいなどとは思っていない。
エリスは剣聖程度に収まるような器ではないのだ。
その先、遥か高みを目指せる存在だ。
私は今回の騒動をキッカケに、クレアに託したいと考えていた。
冒険者として世界を巡る事があの子の為になると思っていた。
だが、たった今考えを改めた。
アルカ殿、クレアではなく貴殿に託したい。
どうか、エリスを導いてはくれないだろうか。
あの子の素質を引き出してはくれないだろうか」
……あうち。
そっちかぁ~。
マリアさんはとんでもない親バカなのかもしれない。
正直、マリアさんがエリスちゃんのどこにそんな可能性を見出したのかはわからない。
覚視のなりかけを指しているのか、それ以外にもエリスちゃんには隠された秘密があるのか。
単に、娘可愛さに視界が曇っているのか。
それとも、なにか予感めいたものでもあるのだろうか。
ぶっちゃけた話し、今のエリスちゃんにそんな力はない。
私も、ノアちゃんもそう確信している。
おそらくクレアも同じ認識だろう。
もしかしたら、ルネルなら何かしら見出すのかもしれない。
「なるほど。マリアさんの考えはわかったわ。
けれど、エリスちゃん本人の意志はどう思っているの?
あの子は剣聖を継ぎたいと思っているのよ。
それはきっとマリアさん、あなたの為よ」
「ああ。それもよくわかっている。
あの子は優しい子だ。
自分自身の事よりも、私が周囲にどう言われているのかの方を気にしてしまうのだ。
だから、剣聖になって見返したいのだろう。
エリスがそんな事を気にする必要などないのにな」
優しい笑みを浮かべて、そう答えるマリアさん。
力を継げなかったエリスちゃんを産んだことで、マリアさん自身も周囲の心無い者達から、批判を受けていたのだろう。
エリスちゃんが気にしていたのはそんな言葉だ。
決して自分自身の為ではなく、大好きなお母さんの為に、馬鹿にした者達を見返してやりたいのだろう。
エリスちゃんがマリアさん以上の剣聖となる事で、そんな物言いは見当違いだったと証明してみせたいのだろう。
この母娘はよく似ている。
負けず嫌いで、真摯で、努力家で、優しい。
互いに相手の事を想い合っている。
けれど同時に、互いの夢は相手の望むものとすれ違ってしまっている。
「マリアさん、エリスちゃんにとっての一番は、強くなる事ではなくて、お母さんの為に何かしたいという想いのはずよ。
剣聖はそのための手段であって、目的ではないわ。
エリスちゃんは別に強くなりたいわけじゃない。
目的の為に強くなる必要があるってだけの話よ。
根本的にあなた達の目的はズレてしまっている。
いいえ。そうではないのね。
あなたの本当の目的は違うんじゃないの?
もちろん、エリスちゃんの可能性は本当に信じているのでしょう。
けれど、それだけじゃないはずよ。
本当はエリスちゃんにこの国の柵から抜け出して欲しいのでしょう?
ただ自由に、自分自身の為に生きて欲しいのでしょう?」
「……ああ。そうだとも。
その通りだ。何にも縛られてほしくはないのだよ。
剣聖などという役目はとうに時代遅れだ。
我々は力を失う一方だ。
エリスが私の跡を継ぎ、剣聖になったところで、エリスの子には何の力も継がれないだろう。
そうすればまた繰り返す事になるのだ。
私とエリスのように、エリスとその子供達が責められるのだ。
私にはそれが耐えられない。
そんな人生に娘を追いやる事など出来はしない。
それは、剣聖という役割を放棄して王妃となっても変わりはしない。
常に後ろ指を指され続ける事になるだろう」
「私がなんと言われようとも、それは私の責任だ。
だが、エリスは違う。
その子供も違う。
最早力は継がれないのだとわかっていて、責務だけ押し付けるわけにはいかないのだ」
「だから終わらせる必要がある。
そもそも、剣聖など最早不要なのだ。
この国と戦争を起こそうなどという国がどこにある。
魔物共など、尚の事だ。
屈強な冒険者達を掻い潜って国を攻める強大な魔物など、この地の何処に居るというのだ。
何百年、平和な時が続いていると思っているのだ」
「先代剣聖が没した時、この国に大した混乱など起こりはしなかった。
所詮は古臭いカビ付いた称号だ。
この国の民にすら、剣聖などという存在を頼りにしている者など一人もおるまい。
何事もなく、齢十の小娘に引き継がれただけだ。
お笑い草だ。バカバカしい限りだ」
「だというのに、極一握りの者共だけが固執する。
よりにもよって、そんな者達が国の中枢を支えている。
大きな影響力を持っている。
必要とせず、頼りもしないのに、力を持てと強要する。
子を残せ、血を繋げと喚き続ける。
我々に責務を果たせと迫るのだ。
そんな下らない茶番に娘をくれてやる気などない。
私のエリスはその程度の器ではない。
これが私の想いの全てだ。
どうかね?納得したか?」
「ええ。良くわかったわ。
私はエリスちゃんを救いましょう。
その為にどんな手段も厭わないわ。
ただ一つ。
今の話をマリアさんからエリスちゃんにしてあげて。
エリスちゃんは受け止められる強さを持っているわ。
けれどそれでも、きっとマリアさんを残してこの地を去ることは受け入れられないでしょう。
だから、マリアさんが説得するのよ。
それだけはあなたの役目よ。
それが叶ったのなら、私が全て引き受けるわ。
どう?承諾できる?」
「ふっ。中々厳しい事を仰るものだ」
「いっそマリアさんごと受け入れてあげようか?」
「折角だが遠慮しておこう。
先程は悪しざまに罵ってしまったが、私達一族がこの国に大恩があることもまた事実だ。
せめて私だけは、この身果てるまで仕えねば、先祖にも顔向けできまい。
そもそも、私はこの国が好きだ。
この国の王族の方々を敬愛している。
剣聖という在りように憤っているだけで、この国と人々の為に在りたいと思っているのは間違いないのだ。
エリスの事も、私が剣聖でさえなければ、この国に、私の側に置いておきたかった。
手放したくなど無いに決まっている。
いや、これはもう言うまい。
すまない、忘れてくれ」
「一つ約束するわ。
もし全てが上手くいって、私がエリスちゃんを受け入れる事になったのなら、エリスちゃんは何時でもマリアさんに会いに来る事ができるわ。
それほど強大な力を受け入れるだけの才能があの子にはある。
私はそう確信しているわ」
「それは至れり尽くせりだな。
だが、そのまま私の下に戻ってしまえば、意味がないのではないかね?」
「そうね。その事も説明しておかなきゃだったわね」
私は指輪の偽装を解いて、マリアさんの眼前に晒す。
「これは全て私のお嫁さん達との愛の証よ。
悪いけれど、私は神なんかじゃなくて、悪い魔女なの。
悪魔と呼んでも良いわ。
だから、力を授ける代わりに対価を要求するの」
「対価とは?」
「私を愛する事。
エリスちゃんが私から力を受け取るのなら、エリスちゃんは私を愛さなければならないの。
本当はもう一つあるけど、そっちはまだ話せいないわ」
不老魔法の事こそ、いの一番に伝えるべきだとは思うけれど、流石に王子様やらマルセルさんの前で話せるような事じゃない。
まあ、だいぶ今更な感じもしなくはないけど。
「どうする?
思い直すのなら今のうちよ。
安心して。
契約の無理強いなんてしないから」
「そうして二十人もの少女を毒牙にかけてきたのか?」
「ええ。
正確には二十一人だけど。
話が聞きたければ、何人かこの場に召喚しましょうか?」
「うむ、いや、必要ない。
その判断はエリス本人に任せるとしよう。
あの子の目は私以上に正確だ」
やっぱりこの人、ただの親バカなんじゃない?




