28-32.覚悟
エリスちゃんは、ノアちゃんに抱き締められたまま眠ってしまった。
あの訓練の後でこれだけ長風呂していたら無理もない。
私とノアちゃんはお風呂から出てエリスちゃんを着替えさせようとするも、脱衣所には先程脱いだ服しか見当たらない。
近くにメイドさんもおらず、流石に人様の家の衣類を勝手に漁るわけにもいかないので、収納魔法から私達の着替えと一緒に、エリスちゃんに合いそうなノアちゃんの服を取り出して、着替えさせる事にした。
「少し胸周りがきつそうね。
やっぱりセレネの服にするべきだったかしら」
「うるさいです。
言うほどじゃないはずです」
私は着替えさせたエリスちゃんを抱き上げて、とりあえず食卓の方に向かって歩き出す。
マリアさんとクレア、それにマルセルさんと王子も席についているようだ。
流石にまだ食事を始めているわけではないだろうし、単に話し合いをしているだけだろう。
数少ないメイドさん達も、キッチンの方に集まっているみたいだ。
もしかしたら、本来のコックさんだけでは人手が足りなかったのかもしれない。
一度そっちに行くべきだろう。
エリスちゃんをベットで寝かせてあげたい。
覚視で人の居る場所はわかるけれど、流石にエリスちゃんの部屋までは特定できない。
そもそも、場所がわかっても勝手に入るべきではないだろうけど。
私達がキッチンの側に近づいた所で、少しばかりお年を召したメイドさんが一人、出てきてくれた。
足音で気付いたのだろう。
人の少ない屋敷ではよく響く。
眠っているエリスちゃんを受け取る為に、他の執事さんに声を掛けようとするメイドさん。
私はメイドさんを制止して、自分でエリスちゃんを部屋まで抱えて行くことにした。
そのままメイドさんに案内をお願いして、今度はエリスちゃんの部屋へ向かって歩き出す。
メイドさんはニコニコしながら、道すがらエリスちゃんの事を話してくれる。
どうやら、エリスちゃんはこのお屋敷の皆から愛されているようだ。
エリスちゃんの立場なら疎まれて、蔑まれていてもおかしくはないのに。
もしかしたら逆なのかな……
剣聖の長女として相応しい力を持たなかったエリスちゃんを悪く言う人達は、マリアさんが排除していったのかもしれない。
だから、このお屋敷は人がこんなにも少ないのかもしれない。
本当に信用できる人がこれしかいなかったのかもしれない。
ダメだ。こんな事を考えるべきじゃない。
勝手に憐れんで、勝手に妄想を膨らませて、エリスちゃんとマリアさんの事情も禄に知らないのに、こんな事を考えるなんてダメだ。
先ずはマリアさんと話しをしてからだ。
判断するのは正しい情報を得てからだ。
勝手な思い込みで誰かを貶めるような事なんて考えるな。
『大丈夫ですか?』
『ごめん、なんでもないわ。
気にしないで』
『そうですか。
ハル、言うまでも無いでしょうけど、アルカをお願いします』
『がってん』
『けど』
『だいじょうぶ』
『かんがえること』
『ひつようなこと』
『なにがあっても』
『めをそらさない』
『かくごはだいじ』
『でも』
『あんしんして』
『きっとみんな』
『いいひと』
『だいじなの』
『かずじゃない』
『なんとなく事情はわかりました。
気にしすぎないように気にしてあげて下さい』
『難しいこと言うわね』
『でもだいじ』
『それはそれの』
『せいしん』
『得意技ね』
『開き直りとは違いますからね』
『難しいわね』
『かんたん』
『簡単な事です。相手の事を想えばそれで良いのです。
やりすぎや踏み込み過ぎは、相手の事をちゃんと考えていないから起こるのです』
『その意見には賛成しかねるわ。
時には相手の気持ちを無視してでも、踏み込むべき時があると思う』
『それも相手を想えばこそです』
『さっきと違うじゃない』
『同じことです。匙加減は一面的ではないんです。
どれが正しかったのかなんて、結果でしかわからないのです。
ならばその瞬間に必要なのは、どんな気持ちでそれを選ぶかです。
それだけが大切な事なのです』
『やっぱり難しいわ』
『だいじょうぶ』
『アルカはできる』
『りかいしてなくても』
『そうですね。
ハルの言うとおりです』
『結局いつも通りってこと?』
『そう』
『それだけ』
『アルカはアルカの思うままに選んで下さい。
きっとそれで上手く行きます』
『ありがと、フォローは二人に任せるわ』
『はい』
『がってん』
私達はエリスちゃんをベットに寝かせてから、マリアさん達の下に向かって歩き出した。




