28-31.未練
私とノアちゃんはエリスちゃんに先導されて、浴室に辿り着いた。
予想通り、メイドさんが出てくるような事は無かった。
実際に出てこられても、人見知りを発揮して困るだけだろうけど、ちょっと漫画やアニメのお貴族様みたいに、メイドさんに洗われるのも体験してみたかったかも。
『ちょっとじゃない』
『みれんたらたら』
ごめんて。
「エリスちゃん、髪を洗ってあげるわ」
「え!?」
「ほら、前向いて座って。
シャンプーはこれで良いのよね」
私は有無を言わせずにエリスちゃんを座らせて頭から洗っていく。
「アルカ様、手慣れていますね」
「うん、うちは家族が多いから。
毎日何人もこうして洗っているわ」
「え!?
アルカ様がですか?
お子様がいらっしゃるのですか?」
「ふふ。
娘が沢山いるわ。
まあ、出産の経験は無いけど。
それに、娘だけでなくお嫁さんもいっぱいいるの」
「???
お嫁さん?ですか?
旦那様ではなく?」
「アルカ、喋りすぎです」
「もしかして、ノア様がされている指輪は、アルカ様とのものなのですか?」
察しが良いわね。
私の指輪は全て魔術で消しているから、ノアちゃんしかしていないように見えるのに。
ああ、そうじゃないか。
ノアちゃんの見た目の年齢だとお嫁さんではなく、婚約者だと思ってるのか。
それならノアちゃんしか指輪をしていなくても、おかしな話ではない。
「ええ。私もアルカの伴侶の一人です」
結局素直に応えたノアちゃん。
流石に刺激が強くないかしら。
公爵家の幼いお嬢様に私達の関係を明かすのは。
まあ、私が口を滑らせたせいなんだけど。
「……世界は広いのですね。
なんだかとっても素敵です」
エリスちゃん?
もしかして興味あるの?
お姉さん、流石にまだ早いと思うのだけど。
うちの家族が特殊なだけだ。
そのはずだ。
流石に、普通のお嬢様が実態を理解して憧れるようなものじゃないはずだ。
多分、友達感覚くらいのイメージしかあるまい。
仲の良い女の子たちが集まって暮らしているのを想像しただけのはずだ。
『そうでもない』
『ルカのこと』
『わすれてる?』
それはそれよ。
きっとルカが早熟なだけよ。
『どっちでも』
『かんけいない』
『さいごはおなじ』
ハルちゃん、もうエリスちゃん連れていく気になってる?
『このながれ』
『いつものこと』
ダメよ。
流されるままに行動しては。
『ハルはアルカ』
『かがみにむかって』
『いった?』
ハルちゃんのいじわる。
『がんばって』
『アルカ』
それはどっち?
流されないように?
それとも、エリスちゃんを手に入れろって事?
ハルちゃんは私の質問には答えず、愉快げな気配を返してきた。
今回は積極的に介入するつもりは無いようだ。
観客として楽しむつもりらしい。
ついさっき協力してくれるって言ったのに。
『それはそれ』
『ひつようなばめん』
『てをかす』
『けどいまちがう』
『アルカのばん』
『でもない』
どういう事?
私はエリスちゃんを洗い終わってから、今度はノアちゃんの頭を洗っていく。
エリスちゃんは私の背後に回り込んで背中を洗ってくれた。
そのまま三人で仲良く洗いっこしてから、湯船に移動した。
「エリスさんはおいくつなのですか?」
「九歳です!」
まじか。
見た目だけなら十二歳くらいだと思ってたわ。
クレアが出ていったタイミングから、十歳くらいかなとも思ったけど、まさかそれ以下だとは思わなかった。
「ノア様の年齢もお聞きしても?」
年齢を答えるノアちゃん。
エリスちゃんは逆の意味で驚く。
成長の止まっているノアちゃんの容姿は実年齢より幼い。
二人とも見た目は同じくらいだけど、結構な年齢差があった。
「それとエリスさん、様付けは止めてくれると嬉しいです。
出来れば仲良くなりたいと思っています」
「はい!ノアさん!
嬉しいです!私もそうしたいです!」
「気軽にお姉ちゃんって呼んであげてね」
「お姉ちゃんですか!
嬉しいです!
本当に良いんですか!?ノアさん!」
「はい。妹達はノアお姉ちゃんかノア姉と呼びますね。
お好きなように呼んで下さい」
「ノアたん」
「空気読んで下さい、アルカ」
「ごめん」
「ふふ。お二人はとっても仲良しなのですね」
「でっしょ~」
「エリスさん、いえ、エリスもマリアさんとは仲が良いのですか?」
ノアちゃんにしてはいきなり踏み込んだ質問するわね。
きっと事前に、マリアさんとエリスちゃんの感情を視たのだろう。
「はい!とっても仲良しですよ!
お母さんはすっごく優しいんです!」
「ふふ。エリスちゃんはマリアさんの事が大好きなのね」
「はい!」
それから暫く、ニコニコ笑顔のエリスちゃんとノアちゃんが会話を続けた。
相変わらずのコミュ力で、あっという間にエリスちゃんと仲良くなっていった。
ノアちゃんの提案でエリスちゃんの言葉使いも崩れたものになり、一層仲良しのお友達感が増していく。
いや、本当にもう友達になったのだ。
流石ノアちゃんね。
ノアちゃん凄い。ノアちゃん可愛い。
『やじ?』
『良いの。
今はノアちゃんに任せるわ』
暫くして、ノアちゃんは例の件を切り出した。
「エリス、嫌だったら答えなくて構いません。
あなたは、何故婚約を受け入れられないのですか?
正直な所、あの王子様に問題があるのだという話なら理解はできます。
ですが、きっと違いますよね。
それが理由では無いのでしょう?」
「……うん。
そうだよ、ノア姉ちゃん。
シル君は叔母様の事を愛しているけど、私にとっては優しくて良いお兄ちゃんなの。
だから、どうしても嫌だってわけじゃない。
けれど、それ以上にやりたい事があるの。
……私はどうしても、剣聖になりたいの」
「それも理由があるのですか?」
「……お母さんの……ううん。なんでもない。
ただなりたい。それだけじゃダメ?」
「いいえ。構いません。
それで十分です」
「うん」
エリスちゃんを抱きしめるノアちゃん。
そのまま背中を撫でながら、囁きかけるように話を続ける。
「エリスはいっぱい頑張ってきたのですね。
今日、アルカへ打ち込む姿にその結果が現れていました。
エリスの努力は報われるべきものです。
周囲の人や、もしかしたらマリアさんすら、エリスが剣聖になれるとは思っていないのかもしれません。
ですが、エリスは誰よりも強くなれます。
その力があります。
今は信じられないかもしれません。
ですが、安心して下さい。
きっとアルカがなんとかしてくれます」
ノアちゃんって、たまに肝心な所が私任せ、感情任せになるわよね。
私の事を盲信しているわけじゃないだろうし、根本的に脳筋寄りなのかしら。
努力と根性、大好きだし。
つまり、ノアちゃんもエリスちゃんの事が大好きになったのだろう。
私はエリスちゃんの背中を撫で続けるノアちゃんと、ノアちゃんに抱き締められて顔を伏せたエリスちゃんを眺めながら、今後の事を考えていた。




