28-30.公爵家
結局、日が暮れるまで私達は稽古を続けていた。
エリスちゃんの熱意を見て取ったからなのか、途中で止める者は誰もいなかった。
「ありがとうございました!」
元気いっぱいに挨拶をしてくれるエリスちゃん。
やっぱりこの子、良い子ね。
いっそ拐ってしまおうかしら。
もちろん冗談だけど。
元々始めた時間も遅かったけれど、それでも日が暮れるまでの一時間以上、休むこと無く終始全力で動き続けていたのに、エリスちゃんはその場に倒れ込んだりもせず、綺麗な姿勢を保っている。
神力や魔力で肉体を強化しているわけじゃないのだから、ただの痩せ我慢と根性なのだろう。
とりあえずこの場は切り上げて早く休ませてあげるとしよう。
その間に私達もエリスちゃんの件で話し合わなければならないのだし。
マルセルさんもそのつもりなのか、今日は公爵邸に泊まっていって欲しいと言われたのだった。
まあ、いいか。
どうせノアちゃんと二人で外泊するつもりだったのだし。
既に家の事はルチアとシーちゃんに任せてある。
アウラもセレネの仕事が終われば合流してくれるだろう。
ところで、なんでマルセルさんが仕切ってるの?
公爵邸に泊めるかどうかなんて、マリアさんが決める事じゃないの?
いやまあ、先に打ち合わせが済んでいるのだろうけど。
もしかしたら、私とエリスちゃんが稽古している間に決めたのかもしれないし。
とはいえ、公爵様の眼の前で公爵家と関係の無い、王子の側近が言う事でも無い気がするけど。
この二人はどういう関係なのだろう。
一先ず、私達は公爵邸でお風呂を借りる事になった。
私、ノアちゃん、エリスちゃんで浴室に向かう。
クレアは後でお姉さんと入るのかしら。
クレアも風呂好きなはずだけど、今回は同行しなかった。
マリアさんと積もる話でもあるのかもしれない。
それにしても、大きなお屋敷の割に人が少ない。
メイドさんとか全然見かけない。
覚視で屋敷内を探ってみると、実際に数人しかいなかった。
お風呂でメイドさんに背中を流してもらったりとかは無さそうだ。
『ハルがやる?』
『家に帰ったらお願いするわ』
『まかせて』
『いっぱい』
『サービス』
『楽しみね』
『アルカ、馬鹿なこと考えていませんか?』
私とハルちゃんの会話の内容までは聞こえていないのに、何かを察したノアちゃんが咎めるような声音で問いかけてきた。
私の邪な心を察したのだろう。
ノアちゃんは常に私を覚視で追ってるし。
なんだったら、最近はパスにも色々試してるみたいだし。
いずれは、ハルちゃんのようにハッキングとか出来るようになるのかもしれない。
まあ、流石にハルちゃんの防壁を破れるようになるのは、まだまだ先の話だろうけど。
魔術や心の扱いについてはハルちゃんの得意分野だし。
『ハルちゃんの言ってくれたことが嬉しかっただけよ』
『こんな所でイチャイチャしないで下さい』
『そうよね。ごめん。
本当はノアちゃんとイチャイチャしているはずだったんだものね。
この埋め合わせは必ずするからね』
『そんな話はしてません。
けれど、それはそれでお願いします。
また私の為だけに時間をとって下さい』
『喜んで』
『エリスさんの事はどうするつもりですか?』
『まだいい案が無いのよね。
とりあえず、先ずはマリアさんの意見を聞いてみたいの。
もしかしたら、剣聖を継がせるつもりは無いんじゃないかって思ってね』
『そうですね。
少なくとも、何が何でもエリスさんに力を与えたいと思っているようには見えませんね。
その上で、婚約にも反対しているのが解せません。
エリスさんに家を継がせるためでしょうか?
単純に、公爵家の存続のため、エリスさんを手放すわけにはいかないのかもしれません。
いつかエリスさんが子をなせば、その子供には力が発現するかもしれないと考えているのでしょうか』
『そうね。考えられるとしたらそのくらいでしょう。
とはいえ、それなら何故エリスちゃん以外の子供を作らないのかしら。
家の存続をそこまで重視しているのなら、いえ、重要だとは思っているのでしょうけれど、ともかく、公爵として、剣聖としての在り様をそこまで重視しているのであれば、子供がエリスちゃん一人っていうのは考えづらいわ。
その上で、仮にもうマリアさんが子をなせ無いのであれば、もっと早くクレアを呼び戻すなりしたはずよ。
クレアに子を生むよう、マリアさんが頼むなりしたはずだと思うの。
けれど、マリアさんは今の時点でも一言もそんな話はしていない。
もちろん、私達の前ではしないでしょうけれど、そんな雰囲気を見せてすらいないの。
少なくとも、今回クレアを呼び出したのは、マリアさんではなく、王子とマルセルさんだと思うの。
だからたぶん、そういうんじゃないのよ。
私はマリアさんがエリスちゃんやクレアに何か役割を押し付けたいと思っているようには見えない。
表立って言葉にできないだけで、公爵家の存続も剣聖の立場も、クレアとエリスちゃんには気にしないで欲しいのかもしれない。
もしかしたら、どちらも自分の代で終わらせるつもりなのかもしれないわ』
『だとすると王様も同じ目的の可能性がありませんか?
剣聖の唯一の血筋であるエリスさんを取り上げようとしているのです。
王様とマリアさんは共に剣聖というシステムを終わらせようとしているのではないでしょうか。
ただ、その手段がマリアさんにとって受け入れられなかっただけではないでしょうか。
エリスさんのように、力の継承には限界が来ます。
マリアさんもそれを察したのでしょう。
だから次の子を産まなかったのだと納得もできます。
それに、マリアさんとクレアさんのご両親は早くに亡くなったとの事ですが、どちらかは先代の剣聖だったはずです。
病か、戦いか、原因はわかりませんが、大きな問題になったはずです。
王様も先代剣聖とエリスさんの事で見切りをつけたのかもしれません。
王様はエリスさんを嫁がせる事で、マリアさんはそれ以外の方法で、それを成そうとしているのではないでしょうか』
『そうね。
その可能性もあるのでしょう。
ともかくその辺りの事はマリアさんの考えを聞いてからにしましょう。
そして、その前にエリスちゃんの想いも聞きましょう。
もしかしたら、エリスちゃんも何かを察しているのかもしれないわ。
あの努力の意味もそこにあるのかもしれない』
『はい。そうしましょう。
お誂え向きにこれから裸の付き合いをするのですから』
『案外マリアさんは、エリスちゃんを私達に連れ出してほしいと思ってるのかもね』
『……どうしてそう、毎度毎度アルカに都合良く物事が進むのです?』
『この状況を私が望んだみたいに言わないでよ。
エリスちゃんがどれだけ苦労してきたのかは想像できるでしょ?』
『本当に反省して下さい、アルカ』
『だから違うってば!』




