28-27.目的
「それでは、クレア様をお呼びした理由について説明させて頂く前に、現在の状況についてご説明致します。
近々、第一王子であるシルヴァン殿下と、剣聖閣下の御息女であるエリス様の婚約式典が執り行われる予定です」
婚約するのお前かよ!?
なに十歳児に手ぇ出してやがる!
いけない。
取り乱しすぎてクレアみたいな口調になっちゃった。
声に出てないわよね?
ハルちゃん達が、お前が言うなってツッコんでそうだけど。
「おい!どういう事だシル!
お前いくつ離れてると思ってやがる!」
一瞬遅れて話を理解したらしきクレアがあまりの衝撃で遂に正気を取り戻したようだ。
ついさっきまで一切覚えていなかった相手を愛称で呼ぶのは吹っ切れすぎじゃない?
プロポーズにビビる弱々しいクレアはどこ行ったのかしら。
「クレア!違うんだ!これは誤解なんだ!」
「ああん?何が違うってんだぁ!?」
やっぱり隣に座らせるべきだったわね。
とんでもない口調で王子に詰め寄ってるわ。
なんか、マリアさんは気にも止めていない。
エリスちゃんもニコニコしているだけだ。
二人とも止める気配はない。
「クレア様、必要であれば後ほど訓練場を手配致します。
存分に締め上げて頂いて構いません。
ですが、先ずは最後まで話しを聞いて下さい」
冷静にクレアを諭すマルセルさん。
なんかしれっと王子様売り渡したけど。
「何を言っているんだマルセル!
僕は弱いんだ!よく知っているだろうが!」
クレアに襟首を掴まれたまま、自信満々に情けない事を言う王子様。
そんな王子様の態度にシラけたのか、手を離して席に戻るクレア。
「頭脳労働担当の癖に、今回の件はご自身では何も出来なかったではないですか。
その挙げ句が、こうして国を去ったクレア様にお越し頂く事になったのです。
殿下には反省が必要です」
「十分に反省しているとも!
僕はクレア以外と結婚するつもりなど無い!
クレアが僕の想いに応えられず、この国で生きられぬと言うのなら、生涯この身一つで居続ける決意は出来ている!」
第一王子がなんて事口にしてんのよ……
「お前、そんな奴だったか?」
「気持ちを自覚されたのはクレア様が旅立った後ですから。
それ以来ずっとこんな調子ですよ。
正直、毎日胃が痛いです」
それはそれは……
マルセルさんはさぞ苦労されているのね。
いい年こいた王子が伴侶も持たずに何言ってるんだってなるわよね。
「マルセル、続きを話せ」
先を促すマリアさん。
この感じだと、マリアさんは直接的には関わってないのかしら。
「はい、閣下。
シルヴァン殿下とエリス様の婚約については、陛下と一部高位貴族達が主導して進めている事柄であり、殿下は言うに及ばず、剣聖閣下もエリス様も反対の立場です」
その後、マルセルさんが話した内容をまとめると、この婚約騒動は王様の一方的な命令であり、それを覆すためにクレアの力を借りたいとの事だった。
なぜそんな事になっているのかと言うと、一番の問題はシルヴァン王子の我儘だ。
クレアに心を奪われた王子は、断固として他の女性を娶ることは受け入れられなかった。
それでもいつかは国の為、心を入れ替えるだろうと見守っていた国王様も、遂に堪忍袋の尾が切れたらしい。
うん。やっぱり全部悪いのはこの王子よ。
どこが味方なのよ。一番の原因じゃない。
というか、国王様も随分気が長いわね。
この年までよく野放しにしたものだ。
それだけこの王子に甘いのだろうか。
この国大丈夫なの?世界一の大国よね?
そして、王子の相手としてエリスちゃんが選ばれたのは、彼女が神力を受け継がなかったからだった。
まあ、この国の人達は神力という存在を知っているわけではないので、この場合は剣聖の血筋の者に発現する、高い身体能力や頑強さの事を指している。
残念ながら、半端な覚視だけでは認められなかったようだ。
たぶん周りもエリスちゃんの力について、正確には理解していないのだろうけど。
これまでこの国では、クレアの一族から王族入りする事は認められていなかった。
けれど、剣聖を継げる素質が無いのは血が薄いゆえだとすることで、多少強引ではあるが、反対意見を押し切ったのだ。
ちなみに、王様とその賛同者達も悪意など無い。
純粋に、この国の行く末を憂いた事と、エリスちゃん自身の将来も考えての事だった。
剣聖の長女にも関わらず、力を持たないエリスちゃんの事を良く思わない者達は少なからず存在する。
それらの害意から守るための加護でもあるのだ。
それに加えて、クレアの縁者でもあるエリスちゃんならば、王子も受け入れやすいだろうという思惑もある。
これって、私達が悪巧みしてる側じゃない?
普通に王様たちの提案で通したら良いんじゃない?
いやまあ、エリスちゃんだって嫌だろうけど。こんな王子。
とはいえ、国の為、貴族の家の為、最善を尽くそうとしているだけじゃないの?
流石に、公爵家の娘さんが勝手に婚約者を決められて可愛そうだなんて理由で、国の決め事に介入するわけにはいかない。
まあ、可哀想だとは思うけど。
それはそれだ。
少なくとも、私達が物申す権利等あるわけがない。
「我々の目的は殿下とエリス様の婚約を阻止する事です。
正直、私個人としては婚約に賛成の立場ですが……
ですが、私は殿下の意に従わざるを得ません。
いえ、殿下一人が反対しているのなら、無視しましたが。
失礼、個人的な事を話しすぎました。忘れて下さい」
そこで少し言葉を区切るマルセルさん。
心労が伝わってくる。
今回、一番可愛そうなのマルセルさんじゃないかしら。
これで首尾よく阻止したら、王様側からも何か言われるんだろうなぁ。
どうか、心を強く持って下さい。
「今回は剣聖閣下とエリス様御本人も反対しておられます。
ええ。正直その気持もよくわかります。
つまりですね、今回クレア様をお呼びしたのは、婚約阻止に協力して頂きたいからです。
案は二つです。
一つは、クレア様に殿下との婚姻を受け入れて頂きたいのです。
そしてもう一つ、エリス様の力を目覚めさせる手段に心当たりがあればお聞きしたいのです。
元々大きな力を持たなかったクレア様がいかにして、冒険者として名を馳せたのかお聞かせ願いたいのです。
いかがでしょうか」
「結婚は無しだ」
「そんなぁ!?」
悲痛な叫びを上げる王子を無視して、話を続けるマルセルさん。
そもそも、クレアとの結婚なんて受け入れられるの?
力を持たないエリスだからこそだったんじゃないの?
まあ、何か策はあるんだろうけど。
王様もこの王子が自分から結婚すると言い出せば、無理も飲み込むかもしれない。
「ならば、エリス様の件はどうでしょうか」
「そいつは……」
私の方に意識を向けるクレア。
多少の力を持っていたクレアとは違い、エリスちゃんには一切の力を感じない。
クレアもそれはわかっているので、流石に難しいと判断したのだろう。
おそらく、求められている力の水準はかなり高いはずだ。
クレアも自力でSランクまで上り詰めたとは言え、お姉さんはその時点のクレアより遥かに強いのだ。
流石、世界最大の大国を守護する者だけの事はある。
ただのSランク以上の力を得る方法を示さなければならない。
まあ、うん。私ならどうとでもなるんだけど。
でもそれだと、エリスちゃん貰っちゃう事になるわ。
不老魔術だけでなく、契約相手だって野放しには出来ない。
この世界に力をばらまくような真似はできない。
それだと本末転倒ね。
強制婚約イベントを破棄したと思ったら、冒険者と駆け落ちなんて。
「先ずは互いの今の実力を見てみるのはどうですか?
戦いを視るだけでも気付きはあるかもしれません。
エリスちゃんはどうやら力を見極めるのが得意なようなので」
「何故それを!?」
ノアちゃんから聞いたのよ。
『エリスさんからアルカへの興味が急激に強くなりました。
これ以上口説くのは止めて下さい』
勘弁してよノアちゃん。
私がいつ口説いたのよ……




