27-8.契約
「あなたは今からイロハよ」
私はへたり込んだ少女と強制的に契約を結んだ。
交渉も確認も無しだ。
隙を見せた今を逃すつもりはない。
どんな理由で膝をついたのだろうとも、今は気にしない。
私はイロハと契約を交わしたその直後、意識を手放した。
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目覚めると船の中だった。
あの戦いから一日が経過したらしい。
その間に既にコアも手に入れたようだ。
ただ、コアの制御を奪うことには難航しているようだ。
未だダンジョンの消滅はなされていない。
流石のハルちゃんでも、世界を覆う規模のダンジョンコアを御しきるのは容易ではなかった。
それでもそう時間が掛かるわけではないだろう。
イロハに出来た事をハルちゃんが出来ないはずがない。
あの戦いで何度もそれを証明してきた。
イロハの方が何年長く生きていたとしても、ハルちゃんはすぐに追いついてみせた。
私は目覚めて状況を把握してすぐに、イロハの捕らえられた部屋に移動する。
隣にはシーちゃんとハルちゃんが付き添っている。
今回は強制的に同化させる事はできなかったらしい。
あの戦いで消耗して尚、イロハの力は強大だった。
少なくとも、素のハルちゃんとは力の差があった。
戦いの疲労と神獣化の影響で気を失ったイロハが相手でも、そこまでの干渉は出来なかったそうだ。
隷属契約の強化効率を見直せないかしら。
もっとハルちゃん達にも力をあげたいのだけど。
というか、よく私は契約出来たわね。
体感的には七対三くらいかしら。
一応優位は保てているけれど、イロハが万全なら逆転される可能性は十分にあったわね。
あと地味に、契約時のコンディション次第では同格や格上も隷属させられるのは朗報かもしれない。
今回、この世界に呼ばれたのと似た様な事が、今後も続く可能性は高い。
それを考えれば尚の事、今回イロハを手に入れられたのは幸いだった。
もっと強い相手がいないとも限らないのだし。
何せ、イロハはフィリアスとは程遠い存在だった。
素の力はあくまでも吸血鬼由来でしかない。
素質的に見ればクルルにすら及ばない。
イロハのベースは私と契約をする前のハルちゃんだ。
一先ず、私と契約前のハルちゃんを元にした子を第一世代とし、私と契約を結び、ルチア達を産み出すためにハルちゃんが情報を更新し直した後に産まれた子達を第二世代と呼ぶことにした。
ハルちゃんズで言えば、サナ、ナノハ、ラピス、チグサが第一世代。
ルチア、アウラ、スミレ、クルルが第二世代だ。
チグサはタイミング的には第二世代でもおかしくなかったのだけど、そうではなかった。
理由はわからない。タイムラグでもあったのだろうか。
まあ、何故かチグサは素で耐えて話しかけてきたけど。
私との同化中でハルちゃんの補助があれば、進化が完全に終わっていなくても、サナ達も少しは話をできた。
なんだったら、ハルちゃんは自力で耐えて私の補助までしてくれてたし。
チグサは我慢強い所があるから、案外根性で平気なふりをしていただけかもしれない。
というか、どの道私と契約してしまえば関係無い。
契約時に神獣化で苦しんでしまうかどうかの違いしかない。
最終的にフィリアスに進化すればどっちでも同じことだ。
それに、イロハが第一世代なのは、よく考えれば当然の事だった。
クルルが産まれたばかりなのに対して、周囲に住んでいた吸血鬼達にルチア達と同様の神聖耐性はなかったのだ。
契約による神獣化で苦しみ始めてしまった。
イロハはただ、世界規模のダンジョンコアから引き出した莫大な力と、それに見劣りしないだけの研鑽を積んできただけだ。
ハルちゃんよりずっと長い生をハルちゃんと同じ様に努力し続けて生きてきた。
今回の件の原因はルチア達を生み出した時の情報更新が原因ではなかった。
それよりももっと前だ。
ハルちゃんが一人で生きていた頃のどこかのタイミングでイロハは誕生したはずだ。
ノルンはこの世界の時間の流れは私達の世界より速いと言っていた。
ならば、数百年どころの話ではない。
イロハが生きてきたのは数千年は確実だ。
下手すると万年単位かもしれない。
けれど、それなら納得だ。
イロハはハルちゃんのあり得たかもしれない姿だ。
私と出会うこともなく、人間と敵対してしまった未来だ。
ハルちゃんもイロハと同じように研鑽を積んだことだろう。
世界中のダンジョンコアを集めて同等の力を得ていたかもしれない。
いずれは、ダンジョンで世界を覆っていたかもしれない。
まあ、その前にルネルに討伐されるだろうけど。
この世界とっては不幸なことに、人類側に力を持つ者がいなかったのだろう。
イロハの事は一旦置いておこう。
この数日戦いながら沢山考えた。
後は本人と話をするだけだ。
これ以上イロハの事を考えるのはその後で構わない。
最終的にこの世界の第二世代はたったの三人だけだった。
第二世代が生み出せるからと言って、第一世代が生み出せないわけじゃないだろう。
コスパの問題とかもあったのかもしれない。
神力を使う者がいなければ弱点とか関係ないし。
もしくは、イロハがダンジョンコアに取り込ませてしまった子達には、第二世代の子もいたのかもしれない。
そんな事は確認する気も無いけど。
そういえば、第二世代にはもう一つ共通点があった。
三人ともが私に対してかなり積極的に好意を向けてくる。
まあ、クルルは初対面時はそうでも無かったのだけど、始めての同化以降、すっかり懐いてくれた。
ルチア、アウラ、チグサもいつの間にか好意を向けてくれるようになった。
他の相方持ちの子には最近まで避けられてたけど、それは好意が抑えられなくなると本能的にわかっていたかららしい。
ルチアとアウラは愛し合う事への興味だけでは無く、私への好意もあり、あのような強引な流れに持ち込んだのだろう。
スミレも今はカノンに集中しているけど、私にも興味があるのは間違いない。
チグサは色々あって疑ってしまったけれど、契約以降は一貫して気持ちを向けてくれていた。
これからはもっと素直に甘えさせてあげよう。
第一世代が私を嫌っているとかそういう事も無いのだけど、ともかくこの世界で出会った三人も積極的に側にいてくれる様になった。
今はどうしているのかしら。
私の中には誰もいない。
流石に寝込んでいる間はそっとしておいてくれた様だ。
ハルちゃん達の指示かもしれない。
船の何処かにはいるのだろうけど、流石に数百メートルはある船の中の、数千人規模の気配の中から特定の誰かを見つけるなんて私には無理だ。ノアちゃんなら出来そうだけど。
契約の繋がりを辿ろうにも、その契約が多すぎる。
クルル以外のハルちゃんズならともかく、クルル達はまだ日が浅すぎる。
私がイロハの収監された部屋に辿り着くと、ベットに腰掛けていたイロハが睨みつけてきた。
「体調はどう?」
私はイロハの様子に構わず話しかける。
「……皆をどうするつもり?」
「まだ決めかねているわ。
とりあえずは、ここで暮らしてもらおうかしら。
皆も気に入ってくれたみたいだし」
「は?」
「ハルちゃん、イロハにはどこまで話してあるの?」
「なにも」
「珍しいわね。
何時もなら先に必要な事は済ませてしまうのに」
「イロハ」
「アルカのことば」
「ひつよう」
「そう。
そうよね。
ごめんなさい。イロハの気持ちを汲んでくれたのね。
ありがとう、ハルちゃん。気を使ってくれて」
「うん」
私はイロハに私達の事情を説明し始めた。




