27-7.戦う目的
少女は強かった。
少なくとも力の総量は私とも大差ないだろう。
世界を丸ごと飲み込んだだけの事はある。
つまりそれだけの人間を排除してきたという事でもある。
おそらく征服後に産まれたのであろう、クルル達とは違う。
この子がどれだけ仲間に優しくとも、人間にとっては敵なのだろう。
私はこの世界の過去に何があったのかは知らない。
本当にこの子に攻め滅ぼされたのかなんて確信も無い。
精々、現状がダンジョンコアの主なのだから、現在人間が存在しない理由もこの子にあるのだろうとしか判断出来ない。
けれど、この世界の神からちゃんと話を聞いたわけでもないのだから、ハルちゃんベースのこの子がダンジョンに反逆した事が全ての始まりだとは確定していない。
あくまでも私達の想像でしかない。
その前からこの世界の人類は滅びていたのかもしれない。
この子は空っぽの世界を占拠しただけかもしれない。
仲間達の事を大切に思える子だ。
ここにいた子達もコアに吸収させたのではなく、転移や収納でこの場から逃がしただけかもしれない。
私を倒してから呼び戻すつもりなのかもしれない。
もしかしたら全て話せば仲良くなれるのかもしれない。
私は戦いながらそんな事ばかり考えてしまう。
どうしてもこの子が全ての元凶だと思いたくないのだろう。
思考がこの子を擁護する方向に偏っている自覚はある。
別に私はこの世界の人々に思い入れがあるわけでもない。
そもそも正直、人間相手よりこの子達への気持ちの方が大きいくらいだ。
何せ、全員ハルちゃんをモデルとして生み出された存在だ。
その時点で好意を抱いてしまうのは仕方がないことだ。
この子の良いところはすぐに目についても、悪い部分は意識しないと湧いてこない。
だから、眼の前の少女へ敵意を抱けるわけじゃない。
戦いに集中しきれているわけでもない。
それでも、ハルちゃんとシーちゃんがいる私に負けはない。
ハルちゃんは少女を解析して私に対策を伝えてくれる。
少女がどれだけの研鑽を積んでいようとも、根本的にはハルちゃんの延長でしか無い。
少女が何を仕掛けても、私に同化したハルちゃんが尽くを見破っていく。
シーちゃんは物理的に守ってくれる。
ナノマシンで全身を強化したシーちゃんは、私達の戦いにも問題なく付いてこれている。
先日まで戦闘経験なんて無かったはずなのに、この世界で吸血鬼たちを乱獲した日々が急激な成長を促したのかもしれない。
全員が全員無抵抗だったわけじゃないはずだ。
クルル達以外は私が何もしなくても確保されていた。
結局、私が参加したのは最初の一回目だけだった。
シーちゃんは随分と頼もしくなった。
というか、頼もしいどころの話じゃない。
私の補助もしながら、地上の吸血鬼達を捕獲していたのだ。
複製体とやらで同時進行していたらしい。
二人どころじゃなかった。
数百人は平気で分裂できるらしい。
その高度な処理能力を今も戦闘で遺憾なく発揮している。
私の守りだけでなく、少女の転移や霧化も妨げている。
いったい何をやっているのだろうか。
私には原理すらわからない。
このままじゃダメだ。
いくら何でも二人に頼りすぎだ。
せめて少女を手に掛けるのは私の役目だ。
シーちゃんはおろか、ハルちゃんにやらせるのは論外だ。
この子もハルちゃんの娘なのだ。
まずは眼の前の戦いに集中しよう。
とにかくこの少女の力を削りきろう。
命を奪うかどうかはまたそれから考えよう。
別にそんな必要はないかもしれないのだから。
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私達は数日は戦い続けていた。
そろそろお互いに限界が近い。
どれだけ力を得ようとも、私は人間だ。
補給と休息がなければ生きてはいけない。
少女は既に満身創痍だ。
随分と前から私達の力の差は開いていった。
最初の頃は互角だった。
けれど、一人で戦うこの子では私達には勝てない。
それでも諦めきれない何かがあるのだろう。
ギリギリの所で仕留めきれない状況が続く。
あと一発入れられれば、無力化して拘束出来るはずだ。
そう思うのに、何度攻撃しても倒れてくれない。
何時までも諦めずに立ち向かってくる。
『もういい』
『ほごかんがえない』
『しまつする』
『かくごきめる』
『このこ』
『ひともまものも』
『ころしすぎた』
『ひきいれる』
『ダメ』
『あきらめる』
『アルカ』
『まだわからないわ。
そんなのは全部想像よ』
『そうでもない』
『フィリアス』
『しってる』
『かたんした』
『こもいた』
『既に確保した子達の中にも人間を滅ぼした時の事を知っていて、尚且つ参加していた子達がいるのね?
まあ、それはそうよね。当然いないわけが無いわ。
それでもやっぱり、この子も確保する。
全ての責任を押し付けるなんてダメよ。
そもそも、単なる生存競争じゃない。
この子だけが責められる様な話じゃないわ』
『アルカ』
『もうげんかい』
『もうダメ』
『これいじょうダメ』
『何言ってるのよ。
私はまだまだ平気よ。
こうして余計な話をする程度には余裕があるじゃない』
『うそつき』
『アルカわかってる』
『でも後少しなのよ』
『むり』
『しぬまであきらめない』
『なら尚の事じゃない。
せめてそれが何なのかも知らずに消し飛ばすわけにはいかないわ』
『わからずや』
『ハルちゃん、お願い。
私、この子が欲しいわ。
クルルの時はハルちゃんの頼みを聞いたでしょ?』
『……しかたない』
『ハルちゃんズ』
『ぜんいん』
『しゅつどう』
『いまなら』
『じゅうぶん』
『たたかえる』
私の中からクルルを含むハルちゃんズのメンバーが同化を解いて飛び出してきた。
他のフィリアス達の制御は大丈夫なのかしら。
まあ、ハルちゃんが判断したのなら気にする必要はないか。
私が戦っていたこの数日で既に教育も終わっているのだろう。
「なによそれ……」
眼の前の少女が数日ぶりに言葉を発した。
思わず漏れ出たという感じだ。
「他の子達も全員無事よ。
だから、今からでも降参してくれない?
あなたの事も私が守るから」
「……」
私の言葉になのか、この状況に出てきた援軍になのかはわからないけれど、少女の心は遂に屈したようだ。
その場に崩れ落ちる様にしゃがみこんだ。




