25-22.姉姫
「今日は何処に連れて行ってくれるの?」
「正直カノンが一番悩んだわ。
一番普通の場所には慣れている上に、恋愛に限ってはその普通を好んでいるふしがある。
少なくとも、普通の範疇でロマンチックな雰囲気を期待してるのは間違いないと思ったの。
かといって珍しいものも好きでしょ?
エルフの国や地下の町だって行ってみたいはずだわ。
ただ、今回の趣旨にはそぐわないだけで。
だからまあ基本に忠実しつつ、サプライズも用意したわ」
「ふふ。いっぱい考えてくれたのね。
けれど良いの?サプライズがあるなんて言ってしまって」
「ドキドキするでしょ?
なにかな~って思いながら楽しんでね!」
「良いわね!そういうの好きよ!
アルカも私の事をよくわかってくれているのね!」
「でっしょ~」
私は、カノンを連れてとある国の首都を訪れた。
文化がカノンの国と大きく違わない国でありながら、食事や景色等は結構違う。
この国は私の知っている限り、この大陸で一番裕福な国だと思う。
カノンの国と比べても更に大きくて発展している。
そしてここの食事はとても美味しかった。
きっとカノンも気にいるだろう。
デートの内容も基本に忠実にだ。
演劇や音楽もこの地方ならでわのものばかりだ。
海も近いので美味しい魚料理もあるし、海運業も発展しているので、豊富なスパイスまで揃っている。
予想通り、カノンはスパイスをふんだんに利用した食事に目を輝かせた。
カノンは商人としても優秀だ。
この国はいい刺激になるだろう。
『スパイスだけに?』
『やめて!そんなつもり無かったの!』
『アルカと母様は何を言っているのです?』
『…………ふ』
ナノハのはどっち?
面白かったの?鼻で笑ったの?
ナノハの笑い方は小さすぎるし、相変わらずハルちゃん以外の感情は常に読み取っているわけじゃないからわからないわ……
『…………ちゃんとつないで』
『……いつでもかんじて』
『私を口説き落とせたら考えるわ』
『…………ちゃんとがまんしてるのに』
ごめん。そうよね。
今デート中だから我慢してくれていたんだものね。
『…………しゅうちゅうして』
『うん。後でね。ナノハ』
私はカノンとのデートを続ける。
一日中かけてもまだまだ気になる所は残っていたが、夕方には切り上げて、自宅に転移した。
晩ご飯は私の手作りだ。
今日は基本から逸れない範疇で驚かせる事を重視した。
まだあの国の食事も気になるものがあるけれど、晩ごはんももっと驚かせたい。
私は事前に用意しておいたラーメンを収納空間から取り出す。
ニクス、お姉ちゃん、ハルちゃん、ノアちゃんにも協力してもらったので、以前作ったものとは完成度が段違いだ。
正直作ったのはだいぶ前だけど、収納空間は時間が止まっているから関係ない。
他にも様々な料理を並べていく。
なんだかノアちゃんとセレネに指輪を贈った時のようだ。
見たことのない料理の数々に目を輝かせるカノンと共に夕食を食べ始める。
私がノアちゃんに教えて、ノアちゃんがカノンに出した事のないものはもうあまり無かった。
インパクトのあるラーメンが残っていたのは幸いだった。
まあ、手間がかかるからタイミングが無かったのだろう。
なんせ、今となっては二十人近い人数がいるのだし。
「これがサプライズ?
見たこと無い料理ばかりだし、どれも美味しい!
とっても驚いたわ!」
「違うわ。もっと驚く事が待っているの」
「もっと?
何かしら。指輪はまだ出来上がってないだろうし……」
「ふふ。食事が終わったら始めましょうね」
「始める?何かする事があるのね!
良いわ!今は折角の食事を楽しみましょう!」
カノンは言葉通り楽しそうに食事を再開した。
カノンは何時でも笑顔だ。
明るく楽しくがモットーなだけはある。
何かあっても大概の事はすぐに切り替えてくれる。
サプライズの内容も受け入れられると良いのだけど。
少しだけ不安はある。
普通はお嫁さんに贈るものでもないし。
というか、人に贈るものでもない。
大分感覚がズレている気はする。
実際、この件はノアちゃんに許可を貰う必要もあったのでお願いしたが、かなりきつめにそんな話をされてしまった。
それでも最終的には認めてくれたのだけど。
必要性はわかってくれたのだろう。
カノンも例え最初は抵抗があっても、きっといつか良かったと思ってくれるだろう。
食事を終えた私達はリビングに移動した。
私は隣に座るカノンに向かって宣言する。
「これから贈るものは、カノンにとって抵抗があるかもしれないわ。
だから、どうしても無理なら拒絶して構わない。
人としてそれが正しいとすら思う。
正直お嫁さんに贈るものでもない。
けれど、私は必要だと思ったの。
カノンのこれからに役立つと思うの。
そして受け入れて貰えるなら、絶対に後悔はさせないと思うの。
だからよく考えてね。
今受け取れなかったら、きっと同じのをもう一度贈る事は出来ないわ。
次は似た別のものになってしまうと思う。
覚悟は良い?」
「なんだか怖いわ。
けれど、信じるわ。
アルカが必要だと言うのならそうなのでしょう。
お願い。アルカ」
「わかった。スミレ出てきて」
私の中から紫の少女が出現する。
紫の髪に紫のドレス。
新しいフィリアスだ。
ルチアとアウラに近い六人目のハルちゃんの娘だ。
「え?」
「スミレ、この子があなたの主よ。
どう?気に入ってくれた?」
「うん!とっても気が合いそうだわ!」
スミレはどうしてか、カノンに良く似た性格をしていた。
ラピスもいるのだからあり得ない事では無いのだろうけれど、ハルちゃんを元にして産まれたとは信じがたい。
「カノン、この子があなたへのサプライズプレゼントよ。
受け取ってくれる?」
「え?プレゼント?だってこの子は……」
「この子は魔物よ。
元吸血鬼。今は神獣化した、フィリアスという種族。
昨日、ダンジョンコアを使ってハルちゃんが生み出してくれたのよ。
ルチアとアウラの事は知っているでしょ?
ノアちゃんとセレネも同じように契約しているわ。
カノンにはスミレと契約して欲しいの。
そうすれば、スミレを介して私との契約も結べるわ。
そうでなくとも、スミレは転移とかの高位魔法も一通り使えるの。
カノンの訓練や日常生活の助けになってくれるわ」
「アルカが守ってくれるんじゃなかったの?」
「もちろん一緒にいるつもりよ。
けれど、もしかしたらずっとは難しいかもしれないの。
スミレにはカノンに同化してもらって、常に一緒にいてもらいたいの」
「……少し考えさせて」
「わかったわ。
私は部屋にいるから、スミレとも少し話をしてみてね」
私はカノンとスミレを残してその場を後にした。
「カノンは受け入れてくれるかしら」
『わからない』
「無理ってなったらまたノアちゃんにも叱られそうね」
『あたらしく』
『うみだす』
『だめって』
『きのうも』
『いっぱい』
『おこられた』
「でも、最終的には許してくれたから」
『カノン』
『ひつよう』
『そとにでる』
「アリアとルカにも必要になりそうよね」
『ラピスとリヴィア』
『じゅうぶん』
「そうなんだけどね。
けれど、やっぱり自分だけの為に中で見ててくれる存在って心強いと思うのだけど」
『アルカだけ』
『かも』
『ノアとセレネ』
『いやがった』
『カノンも』
『かんがえたいって』
「そうね~」
『マスター達も神というものなのですか?』
「違うわ。ただの人間よ。
シーちゃんの世界にも神っていたの?」
『わかりません。過去の事は何も。
けれど、私の感覚はいないはずだと言っています。
おとぎ話の類だと認識しています』
「不思議ね~
記憶は無くてもそういう感覚だけ残っているなんて。
そもそもどうして記憶?記録?喪失なんて事になってしまったのかしら。
私もお姉ちゃんもそんな事なかったのだけど」
『せかいごえ』
『かんけいない』
『おそらく何者かが意図的に消したのだと思われます。
記録を全て抹消した上で時空の狭間に流されたのではないかと』
「時空の狭間?
シーちゃんは世界の外側の知識を持っているの?」
『わかりません。
そのようなものがある気はしていますが、詳細については不明です。
言葉と大雑把な意味は知っていますが、科学的な根拠を持っているわけではありません』
「なるほど?
じゃあ、何で流されたって思ったの?」
『……何故でしょう?』
「聞かれても……」
『すみません……』
「気にしないで~
記憶が無くても、今のシーちゃんには私のものっていう居場所があるわ。
全ての問題は私達、というか殆どハルちゃんが解決してあげるから、心配せずに日々を楽しんでいてね」
『はい!』
『ノアとセレネ』
『けいやくする』
『まだすうじつ』
『かえれない』
「ごめんね、シーちゃん。
もう暫くハルちゃんは貸してあげられなかったわ」
『いえ!ラピスもいます!沢山遊んでくれています!
それにマスターの姿は常に見ています!
お気になさらず!』
「なんだかラピスにも会いたくなってきたわ。
いないと寂しいものね」
『カノンくる』
「ありがとう。ハルちゃん」




