15-6.女神と聖女
私達は一先ず山を降りることにした。
神官さんを待とうかとも思ったのだが、
戻ってこなかった場合の事を考えると、
長居するわけにはいかなかった。
というのもこの山は想像以上に険しいものだったのだ。
それも山頂ともなると、
近くにまともな川や食料は見当たらない。
この神殿も少なくとも六百年以上前のものだ。
しかも、あの神官さん以外に誰もいない。
もはや山道なども存在しなかった。
今の私には飛行魔法も無い。
山の中からでは町の方角すら危うい。
一応、セレネの結界を足場にして空中に道を作る事で、
無理やり山を下る事も出来るのだが、
セレネには私が邪神の干渉を受けた時に助けてもらわねばならない。
あまり負担を増やすべきでは無いだろう。
セレネはそれくらい大丈夫だと言っていたが、
念の為ノアちゃんと二人でセレネを説得した。
この先、暫くはまともな寝床も無いのだから。
大丈夫だと思っていても予想以上に消耗する可能性はある。
何時までも二人に頼り切っていないで、
私も早く力を取り戻さねば。
女神はおバカなのかしら。
これで私が力を欲して邪神に取り込まれたらどうする気なの?
流石にそれはないだろうけど。
まあ、私達の素の身体能力は十分に高い。
どれだけ険しくても、普通に降りる分には大丈夫だろう。
妙な強敵とか出ないよね?
あかん。
余計な事は考えるな。
変な事を考えると大体フラグになるんだから。
私は女神との話しを思い出しながら歩を進める。
女神は聖女アムルを許して救って欲しいと言った。
許すとはこの世界の現状についてだろうか。
女神ニクスの信仰心を失わせた事について
言っているのだろうか。
許す許さないなんて女神本人の問題じゃないの?
私達が何を許すのだろう。
救うという事はまだどこかに生きているのだろうか。
どこかに囚われているのだろうか。
セレネとノアちゃんが聖女アムルと
似ている事にも関係あるのだろうか。
聖女アムルも邪神の被害者だと言っていた。
魔王の件を指しているの?
それともアムル本人も直接的に干渉されたの?
異世界人ではなくても邪神に干渉されてしまうの?
わからない。
セレネにも感じた疑問を聞いてみた。
「その話しを聞いて一つ思い出した事があるの。
聖女の力を授かったあの試練でアムルと魔王の戦いを追体験した時、
アムルからは困難に立ち向かう強い意思を感じたの」
「あの時、アムルが感じていたのは、
女神ニクスへの恨みや戦う事への拒絶では無かったの」
「絶対にやり遂げて見せるという強い気持ちだった。
きっとそれは、魔王を止めて救い出してみせるという決意だったのだと思う」
「そうすると、
ルネルさんから聞いた話とは噛み合わない気もするのだけど、
そもそも、聖女の心変わりについては、
ルネルさんも当時の勇者から聞いただけだった」
「むしろ、聖女になった後、
最初にルネルさんの元を訪れた段階では、
まだ女神を信仰していたと言っていたのよ」
「きっとアムルが変わってしまったのは、
聖女に選ばれた時ではなくて、
魔王を封印した後なのよ」
「むしろ、アムルは自らの意思で
聖女になったのではないかしら。
そうして、大好きな魔王を救おうとした。
けれど、上手くは行かず、
いつか誰かが助けてくれる事を願って、
封印せざるを得なかった」
「魔王を封印された邪神は、
今度はアムルに狙いを定めた」
「魔王にまた会いたいという気持ち。
封印を解いて魔王を救い出したいという気持ち。
そんな強い想いを邪神に利用されてしまったのではないかしら」
「それなら女神が気付いて止めたでしょ?」
「そうね。
そこはどうしてかはわからないわ。
けれど、あながち的外れでも無いと思うの。
きっと、女神は気づけなかった。
もしくは気付いていても止められなかった」
「邪神が一枚上手だったのかもしれない。
聖女や勇者を何人も指名出来ない制約でもあるのかもしれない。
聖女アムルを世界の敵にしたく無かったのかもしれない」
「女神はアムルを許してほしいと願った。
たぶんそれは、
初代聖女の汚名を雪いでほしいという事なのよ」
「アムルは邪神に唆されて女神に敵対してしまった。
その事実だけを見て、
ただ初代聖女としての所業を否定するのではなく、
アムルも被害者なのだと人々に認識してほしいのよ」
「女神ニクスは聖女アムルの心を救って欲しいと願った。
まだどこかに生きているのか、
邪神に心だけ囚われてしまったのか。
何もわからないけど、
少なくとも女神は心の底からアムルの事を案じているのよ。
六百年も前に生きた人の事を未だに気にしているの。
きっと、ニクスにとってアムルはそれ程までに大切な人だったのよ」
「女神ニクスの話を聞いて、
私はそんな風に思ったわ」
セレネはそう語った。