45-34.女神の秘密
「……ごめんなさい」
「「「ご無事で何よりです」」」
「……母様。この子達も」
「力が足りていないんだね。良いよ。この子達にも少し分けてあげる」
「ありがとう。母様」
ニクスが力を流し込むと、アレクト、ティポネ、メガイラの三魔神は完全な人型へとその姿を変化させた。
「悪いけど最低限にさせてもらったよ。これ以上は御主人様から直接貰ってね」
「「「感謝致します!」」」
これ以上流しちゃうとニクスの眷属になっちゃうもんね。
「母様。私戻る事にしたわ」
「そっか。うん。落ち着いたらまたおいで。鍛え直してあげるから。力はいくらあっても良いものだからね」
「うん。本当にありがとう」
「気にしないで。娘は母に頼るものだよ」
あら? 本当にこのまま帰してしまうのかしら?
「最後に聞いても良いかな?」
「何でも答えるわ」
「君はどうして弱っていたの? 力を失うにしても早すぎるよね。もしかして誰かにあげちゃった?」
「……忘れたわ」
「そっか」
「……ごめんなさい」
「ううん。わかってるよ。ちゃんと全部わかってる」
「……ありがとう。母様」
「うん。こちらこそ。またね。ヘカテ」
イオスが開いたのだろう。突然出現したゲートを潜ってトリウィアと三柱の従神達は自らの世界へと帰っていった。
「アルカ。見ているんでしょ?」
ばれてーら。
「えへへ~♪」
「すみません。ニクス」
「まったく。どうやって入ってきたんだか。とんだ悪ガキちゃん達だね。というかルージュはいい加減服くらい着なよ」
「おへやー!」
「部屋の中なら着なくても良いなんて誰が教えたのさ」
違うよ? そんな風には教えてないよ?
「それよりニクス。どうしてトリウィア達を帰してしまったのですか? 彼女がこれまで何をしてきたのか確認がまだだったんですよ?」
「そうも言ってられないでしょ。多分トリウィアの守護世界はもう直限界を迎えてしまうよ。ここで帰さないと間に合わなくなるんだよ」
「時間の問題ならばどうにでもなった筈です。それこそ鍛えてから帰したって遅くはない筈です」
「かくしごとー!」
そうね。ニクスは何か誤魔化している気がする。きっとそれはトリウィアを気遣っての事なのだろう。ニクスはあの子の何に気付いたのだろうか。何故私達にも秘密にしようと考えたのだろうか。
「勘違いしないで。ちゃんと話すよ。言ったでしょ。わかってるって。単に時間を省いただけ。必要が無いからあれ以上聞かなかっただけだ。アルカもおいで。私が話してあげる」
私もニクスの神の座に招かれた。皆でこたつを囲むとニクスは早速話を始めてくれた。
「あの子はずっとアルカの側にいたんだよ」
「それはここ十年くらいの話でしょ? それ以前は?」
「この世界の何処かに潜んでいたんだと思うよ。きっと私が引き籠もっていた間も代わりに世界を見守ってくれていたんだ。ずっと力を使い続けていたからあれっぽっちしか残っていなかったんだ。ふふ。おかしな子だよね。自分の仕事が嫌で逃げ出して来たのに私の仕事を手伝ってくれてるなんて」
「どうしてそう思ったの?」
「あの子が答えなかったからさ。あの子は何でも答えると言ったんだ。けどこの質問には答えなかった。それが答えだ」
そうね。そうなのかもしれないわね。
「あの子は良い子だよ」
「ニクスが言うなら間違いないのでしょうね」
「ふふ♪ ありがとう♪」
良い子だから心を痛めたのだ。それはわかる。ニクスの心の痛みを直接目の当たりにした私には心当たりのある話だ。
「けれどあの子達だけで帰してしまって良かったの?」
「誰か遣いでも出してくれるの? ミーシャとか?」
「絶対嫌がるわね。本人は」
「でも先代のした約束はミーシャが履行しないとね♪」
単身赴任かぁ。長くなりそうだなぁ。
「と言うかミーシャ以外にそれが出来る存在は居ないんだ。でないとアルカが手を貸した事になっちゃうからね。その点ミーシャは既に約束がある。それも先代が結んだ約束だ。口実としては十分だろうね。都合が良すぎるくらいに」
世界一個分の因果を抱え込む事にはならないと。それを回避する為に神の結んだ約束が利用できるわけね。
「そろそろ教えてくれる? 先代ってどういう事なの? 神って寿命は無いのよね?」
「だからって死なないわけじゃない。いや、正確には人の死とは完全に別物なんだけどね。どちらかと言うなら消滅だ。転生なんて基本的に不可能だし、その痕跡は完全に失われてしまうんだ。だから教育するしかない。次代を自らの手で育て上げる事が最も望ましいとされてはいるんだ」
ニクスはそのパターンなのね。けれどミーシャは違う気がする。先代アルテミス、或いはディアーナと呼ばれた神はある日突然居なくなってしまったのかもしれない。
「そうは言っても神の完全消滅って滅多な事じゃ起こり得ないし、事前に計画を立てるなんて不可能に近い。それは計画的な自死だ。そんな覚悟を持つくらいなら生きる事に執着するだろう。神だってそこは人と同じだ。いいや。神の場合は人以上だろうね。基本的に神の心は強い。そう簡単には病みすらしない。何千、何万、それ以上に時間を掛けてすり減った結果だ。その上私やあの子のように立ち直る事だって決して難しいわけじゃない。神が千年程度サボった所で普通は問題になりすらしない。その程度の休息でも私達はまたやり直せてしまうんだ。今回のように再起の機会さえあればね」
それでも期限が来てしまったのは、トリウィアの守護する世界がこちらより速く時間の流れる世界だからなのだろう。トリウィアがこの世界に来てから千年程度しか経っていなかったのだとしても、向こうでは一万年以上経過していた可能性がある。そしてそのズレこそが神々の心を荒ませる原因でもあるのかもしれない。基本的に守護神は孤独なのだろう。
だから家族を得たニクスは立ち直る事が出来たし、トリウィアは従神達を作り上げたのだろう。いくら神の心が強いからって全く傷がつかないというわけではないのだ。つまり自死を選んできた者達も少なからず存在したのだろう。
「先代の約束って効力はあるの?」
「あるよ。枠は同じだからね」
「守護神としての先代って意味ではなかったのね」
「基本的に役目も引き継ぐから実質イコールみたいな所はあるけどね」
「ニクスの先代は……」
「もういないよ。私が全て引き継いだから」
「……ごめんなさい」
「なんで今さら謝るのさ。それより折角話してあげてるんだから他に何か聞きたい事はないの? こんな大盤振る舞い滅多に無いよ?」
「……なら……ミーシャの先代は?」
「ごめん。詳しい事は知らないんだ。気付いたら代替わりしてたから」
「ニクスの先代がミーシャを育てたの?」
「うん。一時的に預かっていたよ。その時にノルンもね」
それは同時にニクスが先代と共に暮らしていた頃の話しなのだろう。三人は母娘と言うより姉妹や幼馴染みたいな関係だったわけだ。それならニクスが最初の頃にノルンを疎ましく思っていたのもなんとなく察せられる気がする。
「もしかしてニクスの方が年下なの?」
「そうだよ。だから母って呼ばれるのは嫌だったんだ」
なるほど……そりゃそうだよね。義理の姉が母を亡くした途端に自分を母と呼び始めたんだもん。複雑なんてもんじゃないよね。理屈ではわかっていても心が納得しないよね。否応なく意識させられるんだから堪ったもんじゃないよね。それでもノルンが母と呼び続ける理由もわからないでもないけど。きっと亡き母本人からもそういうものだって教えられてきたのだろうし。
「そこらへんはアルカのお陰で吹っ切れたけどね♪ 家族の形なんてどんな形でも良いんだよ。今の私はノルンとミーシャを大切に思ってる。もちろんヘカテもね。重要なのはそれだけだ。そう学んだんだよ」
「そっか。うん」
ニクスの変化は随分と大きかったようだ。以前のニクスならトリウィアの事ももっと邪険に扱った筈だ。今日ほど親身に接した事は無かったのかもしれない。けれど今は違う。だからこそトリウィアの心を動かす事が出来たのだろう。
「ミーシャに相談してみましょう」
「そうだね。ミーシャには私を見習って頑張ってもらわないとね♪」




