44-42.ただ勝利のために
まずい。ジャン姉が弱点を克服しちゃった。
「逃げてばかりじゃ勝てないわよ♪」
一度でもパニックに陥れば簡単には這い上がってこれない筈だったのに。それこそがジャン姉最大の弱点だったのに。きっとシイナが強制的に思考加速を発動させたんだ。そうして落ち着いて考えるだけの時間を確保した。
強引すぎる。きっと弱点はそのまま残っているのだろう。単に時間稼ぎの手段を取り入れただけだ。けれどそれが何より効果的だ。これはジャン姉自身も自分の弱点を認識していた証拠だ。どうせアルカが伝えたのだろう。余計な事を。
『ねえ、なんでジャン姉は喋りながら弾避けてるの?』
思考加速に慣れない内はお喋りなんて出来ない筈だ。ただ身体を動かすだけならともかく、相手にも聞き取れるように話すのは至難の業だ。
『シイナのサポートが戻っているからよ』
『もう少し頑張ってほしかったなぁ』
『悪かったわね。これでも精一杯やったのよ。パトラがもう一秒早く撃ってくれれば勝てたでしょうね』
『そういう事は先に言ってよ』
『限界だと伝えたじゃない』
『もっと切羽詰まったように言ってくれなきゃ』
『わかったわ。次までには演技力も磨いておくわね』
『今回勝たなきゃ意味無いよ』
『何度でも遊べばいいじゃない』
『今回はどうしても勝ちたいの。わかってるでしょ』
『そうね。なら頑張りなさい』
とは言ってもなぁ。どうやって取り押さえたもんだか。例えお互いに思考加速を使ったって、ジャン姉が時間稼ぎに徹すれば詰めきる事は出来ないだろう。下手に追い詰めればハルカ姉と合流して仕切り直してしまうかもしれない。ジャン姉もジャン姉なりの理由で私との直接対決に拘っているのは間違いないが、今のジャン姉は私の想像を超えている。私も思い込みに囚われず、広い視野を以って応じるべきだ。
『いいわね。その調子よ』
ありがと。ついでにアドバイスとか貰えない?
『たかが思考加速よ。ゲームである以上多少の補正は掛かっているけれど、それでも実戦経験はパトラの方が遥かに上なのよ。少なくともあなたはその記憶を持っているでしょ』
……そうだね。つまり恐れず突っ込めって事だね。
『ええ♪ 記憶に身体を委ねなさい♪ あなたは自分が思っている以上に強い子よ♪』
うん!
「出てきたわね♪」
ジャン姉は油断しきっている。木の陰から現れた私に向かって、ニヤリとほくそ笑みながら銃を向けている。
私は構わずに走り出した。ジャン姉は思考加速に入って私に狙いを定める。このゲームはよく出来ている。覚視の間合いはいつもより遥かに短く制限されているが、決して均一に補正されているわけではない。むしろ個々人の技量が正確に反映されているのだ。
「!?」
ジャン姉の弾丸は視えている。覚視には自信がある。レヴィ姉とお揃いの特別な覚視だ。私には未来が視えている。レヴィ姉のに比べたら殆ど無いような極短時間のものだけど。けど問題ない。接近戦を仕掛けるなら十分過ぎる時間だ。
「何よそれ!? 今まで使ってなかったじゃない!!」
シイナが教えたのかな。そういう手の内まで明かすのは流石にずるくない? まあ正直私も今の今まで使えるとは思ってなかったんだけどね。実際外だと使えないし。今の私の身体じゃ上手く扱えないみたいだ。けどここは「ILis」の中だから。それに今は本気でジャン姉に勝ちたいと思ってる。その意識が目覚めさせたのだろう。私の真の力を。
「っ!?」
十分な距離に近づいた。私の覚視の間合いにジャン姉を捉えた。ジャン姉はまだ覚視を使えない。だから知らないだろう。思考加速だけでは覚視の間合いで攻撃を当てる事なんて出来はしない。覚視は力の流れや他者の意識を読み取る技術だ。私はノア姉みたいに相手の心まで読めるわけじゃないけど代わりに未来が視える。けど未来なんて視るまでもない。事が起こってからしか反応出来ないジャン姉では追いつけない。近接戦闘に持ち込めた時点で私の勝ちは揺るがない。
『『パトラ! アウト!!』』
「えっ!?」
『『ジャンヌ! アウト!!』』
「あら?」
『シイナぁぁぁあああ!! 今のは反則よ!!!!!』
「今のって……」
足元が真赤に染まっている。ペイントで。
『トラップよ!! 地雷よ!!』
「え? そんな筈」
少なくとも私には視えなかった。さっきまでは確実に無かった筈だ。
『パトラの足の真下に直接生成したのよ!! これじゃあシイナが直接パトラを討ち取ったようなものだわ!!』
『心外ですね。私はジャンヌの指示に従って設置しただけです。元よりこの場はこちらの陣ですよ? いつ何時罠を仕掛けようが我々の自由です。ルール上もなんら問題はありません。むしろゾンビ行為を行ったパトラの方こそ問題では?』
『ゾンビですって!? それこそ言いがかりよ! パトラがアウトになる前に弾丸は射出されていたのよ! でなきゃシステムが止める筈だわ!!』
『そうです。問題があればシステムが止めるのです。あなたの言う通りですね、アイリス。つまりこれはシステムに認められた正式な勝利であるという事です』
『ふっざけんじゃないわよ!! パトラの覚視を欺けたのはあなたがシステム外の存在だからよ!! それでもジャンヌが意識を向けていたなら気付いた筈よ! けどジャンヌはパトラの足元に意識を向けていなかったわ! つまり思考加速中に仕掛けたのでしょう! あなたがジャンヌの思考加速を発動してあなたが状況を説明したのでしょう! パトラが引き金を引く直前に!』
『ピンチになったら思考加速を発動するようにと指示されていましたので』
『それじゃあ操り人形じゃない! ジャンヌとパトラの決闘とは言えないわ!』
『全てはジャンヌの差配です。この子は足りない技能を補う為に私というサポーターを利用したに過ぎません』
『だからって!』
「ちょっと一回落ち着いてよ、二人とも」
「そうよ。あなた達が本気で喧嘩してどうするのよ」
『私は落ち着いていますよ。勝利おめでとうございます。ジャンヌ』
『パトラもなんとか言いなさい! あんなの反則だって!』
「ううん。私の負けだよ」
『なんでよ!?』
「シイナが説明した通りだよ。それに私には勝つチャンスだってあったんだもん。最初から本気を出せていたならとっくに勝てていたの。けど私は気付かなかった。いくつも読み違えた。ラーラ姉の事はもっと大切に扱うと思っていたし。本当はもうその時点からジャン姉の術中に嵌ってたんだよ」
「そうね。私もたぶん同じ事を考えはしたわ。けどあの子、想像以上に不器用だったから」
それで足手まといになるって判断したんだ。無理もない。
『くっ! わかったわよ! 認めてやるわよ!』
「ありがとう、アイリス。お陰で後少しの所まで追い詰められたよ」
『もう一度よ!! 今度は私が勝たせるわ!!』
「うん♪ 今度こそ勝とうね♪」




