43-45.時をかける少女?
「つまりタイムリープって事?」
パトラちゃんには十三歳頃までの記憶があるそうだ。しかし肉体年齢は見た通りの八歳相当で間違い無いらしい。本来なら今から約三年後に家族に加わる筈だった子だ。
担当フィリアスこそ付いていないが、メタモルステッキの使用経験はそれなりにあるらしい。なんなら私達の誰よりも習熟しているとさえ言える。二年以上の実績があるのだから当然だ。まだこっちは一部の子達にしか渡していないのだ。
この場合の二年とはあくまで肉体年齢の話しであって、肉体的成長の伴わないアイリス内での活動時間も含めれば数十年単位で修行を積んでいると言えるだろう。今のメタモルステッキにはその為の機能が備わっている。何時でもどこでもアイリスに入り込めるのだ。言わばイメージトレーニングの凄い版だ。しかも肉体の補助もメタモルステッキが担ってくれるから実際に修行を積んだのと相違無い程だ。
そしてメタモルステッキの機能はそれだけではない。パトラちゃんの記憶を読み取った事で自動的にアップデートがなされた。五年の間にも随分と変化があったようだ。最初は旧式のメタモルステッキに驚いていたパトラちゃんだったが、そのズレもすぐに修正された。八歳の肉体であるという違いこそあるが、何の不自由も無く使いこなして見せてくれた。
「厳密には少々異なります。今回パトラの人格は置き換わっておりません。あくまで記憶だけが転写されたのです。意識ごと未来からやってきたわけではない、つまり未来のパトラが直接飛び越えて来たわけではない為、タイムリープと呼ぶのは不適切かと。この場合は未来予知が適切です」
なるほど。未来予知の範囲が広い版なのね。けど五年分は流石に広すぎるわね。結果的にパトラちゃんの主観は大きくズレてしまった。そのせいで自身の置かれた状況を禄に把握しようともせずに私を探しに来てしまった。パトラちゃん自身も相当混乱していたのだろう。碌な魔力も無い非力な八歳児の肉体では転移する事も叶わず、しかし十分な修行を積んでいたが故の自信と経験によって難なく自らの足で私に会いに来れてしまったのだ。この時代におけるパトラちゃんの全てを放り出してしまった事に気付かぬまま。
「パトラちゃん。あなたのご家族は今どこに?」
「……そっか。まだ」
「行きましょう」
「……うん」
パトラちゃんの実家は隣町に存在した。何の因果かカーティアちゃん達の実家のすぐ側だ。昨晩私がこちらにお邪魔してしまった事が原因なのかもしれない。あの時パトラちゃんは未来の記憶を受け取ってしまったのかもしれない。
「「パトラ!!」」
パトラちゃんを目にしたご両親はすぐさま駆け寄ってきてくれた。昨晩突然姿を消してしまったパトラちゃんを心配していたのだ。しかしパトラちゃん自身は随分と戸惑っている様子だ。二人に抱きしめられながらどう応じて良いかわからないようだ。
『あの子の両親は今から三年後に事故に遭うの』
それで私達の所に来たのね。
『ええ。カーティア達に頼まれてね。あの子達は元々妹分として可愛がっていたから』
だいぶ話しが見えてきたわね。
『そうね。これはたぶん意図的なものでしょうね』
私かパトラちゃん自身が過去に送り込んだのね。けれど何故その記憶は送ってこなかったのかしら。
『おそらくその二つには関係があるのではないでしょうか』
単純に記憶を送り込めない理由があった? 或いは私が勝手にやった事だから? パトラちゃん自身が何も知らなかったのはそういう事?
『いいえ。アルカが過去改変に手を出す筈は無いわ。私達の家族には他にも悲惨な過去を経験している子達だっているもの。パトラだけを特別扱いする理由も無い筈よ。そもそもあの子自身がとっくに乗り越えた事だもの。私達の二年間は決して短い時間ではないの。あの子の精神は既に成熟してる。実際今のあの子は何十年も前に亡くした両親と再会して戸惑っているみたいだわ』
……そうね。今のパトラちゃんをあんな風に歪めてまでやるべき事じゃないわよね。
『別の時間軸ではよっぽどの事があったのかしら』
そっか。地続きの未来から干渉を受けたわけじゃないから前提が違うかもしれないんだ。
『いえ。そう大きくは変わらないわね。少なくともパトラの記憶を見た限りでは』
『或いは逆なのやもしれません。今のマスターが未来の知識を引き寄せてしまったのではありませんか?』
ノルンがやってくれたみたいに?
『そうです。別の時間軸から記憶だけを引き寄せるならばそう難しい事ではない筈です』
少なくとも確立された技術ではあるのよね。ノルンから教われば私にも使える可能性はあるでしょうね。
『ただ当然だけど』
今の私は使えないと。その方法も知らないし。
『なのであくまで偶発的である可能性も否めません』
そういう事ね。
『先ずはこの場を収めましょう』
ええ。続きはまた後で。ルーシィとノルンも交えてね。
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一先ずパトラちゃんはご両親の下に残して帰宅した。イレーニアさんに間に入ってもらえたので直ぐに信頼してもらえたのは幸いだった。余計な事は言わず、迷子になっていたパトラちゃんを保護して送り届けたという事にしておいた。
パトラちゃんにはメタモルステッキを渡してある。何時でも私達と連絡を取ることが可能だ。彼女も一旦はそれで納得してくれた。また後でもう一度話し合おうと約束した事で、一応は安心してくれた様子だった。
「あらら。こんなのは私も初めてだよ」
一通りの状況を伝えると、ルーシィにしては珍しく驚きを示して見せた。
「偶然では説明がつかないわね。あの術はそう簡単なものではないの。間違いなくこはるの存在も原因ね」
「それはこっちの私? それとも別の時間軸の私?」
「前者よ。偽神の干渉であれば話は別だけど」
「ないね。少なくともあいつのやり方じゃないよ」
ルーシィもお姉ちゃんと同意見なのね。
「タイムパラドクスが目的ならあいつはもっと派手にやる筈だ。それに今回はおかーさんやノア姉に近すぎる。あいつ自身が直接乗り込んでくるような計画ならともかく、単なる実験的なお遊びでリスクを負うようなやつじゃない。そもそもそんな実験はとっくに済ませてるよ。今更新しく仕掛けてくるなんてありえない」
タイムパラドクスか。パトラちゃんが過去に戻って両親を救った事でそもそも救おうと思ったキッカケ自体がなくなってしまう。今回は言ってしまえばその程度だ。時の修正力は認識さえしていれば回避出来る。パトラちゃんが二人を救おうとすれば二人の生存は確定するだろう。二人が生き続ける事によって変わる事など大局的に見れば微々たるものだ。少なくとも偽神のこれまでの干渉とはかけ離れている。世界大戦を引き起こされる事も、一国が滅ぶような事も無い筈だ。
「偽神の件は一旦脇に置きましょう。確かに今回は考えづらいと思うの」
偽神の関与に関しては否定的な意見で満場一致のようだし、今は時間を掛けて掘り下げるべき時ではない筈だ。
「ノルンも言った通り、きっと問題は私にあるのよね。カティちゃんやマグナ達を引きずり込んだ事も間違いなく私が原因だと思うの」
ナナミについてはどうだろうか。本人もハルちゃんを求めてこの世界を目指していた筈だから、その合せ技と考えるべきなのだろうか。それともナナミがそういう意思を抱いた事も私と関係があるのだろうか。流石に飛躍し過ぎだろうか。
『ナイ』
『ナナミ』
『ジブンデ』
『キメタ』
うん。そうだよね。けど。
「やっぱり私は出歩くべきじゃなかったのかしら」
「関係ないわ。こはるが因果の特異点であってもただそれだけで絡め取ってしまうわけではないの。カティ達には生まれる前から繋がりがあった。マグナの時は穴が空いていた。ナナミは自ら求めていた。引き寄せたと言うなら引き寄せるだけの明確な理由がある筈なのよ。今回はパトラの記憶ね。こはるがそれを引き寄せると同時に、未来のパトラの記憶がこちらへ来ようとする力が働いていた筈なの」
矢印が互いに向き合っていないと繋がりは生まれない。ノルンはそう考えているようだ。
「パトラちゃん自身が望んだの?」
「些細な未練だったのかもしれない。強いストレスだったのかもしれない。それは誰にもわからない。少なくともこの時間軸のわたし達には推し量る事しか出来ないわ」
パトラちゃんはそんな想いを知られたくなかったのかもしれない。例え過去の自分に対してであっても。だから肝心な部分だけが抜け落ちているのかも。或いは本人すらも自覚なんてしていなかったのかもしれない。
「時間軸に穴が空いたって可能性はない? また邪神や偽神が攻めてきたって可能性は?」
「あり得るでしょうね。むしろその方が納得出来るわ」
「……イオス」
『無いわよ! 穴なんて! 私の管理は万全よ!』
そうよね。気付く筈だものね。邪神を撃退してから監視には力を入れているのでしょうし。
「一瞬だけ穴が空いたとかも? 侵入者の形跡は?」
『無いわ!』
即答だ。イオスが言うのだから間違いあるまい。決してお祭りを優先しているわけでは無い筈だ。
『偵察を放っておきます』
ありがとう、シーちゃん。お願いね。
『イエス、マスター』
勿論疑ってはいないんだけどね。念の為ね。