9-9.覚悟
日が暮れてもノアちゃんはその場を動こうとしなかった。
「そろそろ行きましょう。
セレネも心配するわ」
「アルカぁ・・・」
ノアちゃんは卵を抱えたまま私を見上げる。
連れて帰ると言いたいのだろう。
流石に無理だ。
この世界で魔物を飼ったなんて話し聞いたことがない。
ましてやドラゴンだ。
普通の人の手におえるものじゃない。
「ノアちゃん。
連れて帰る事は出来ないわ。
ノアちゃんもそれはわかっているのでしょう?」
「だけど・・・」
ここに置いておけばすぐに魔物達の餌食だろう。
今後定期的に様子を見に来るなんて言っても意味がない。
「私がちゃんとお世話するから!
お願いします!アルカ!」
私が連れて行くつもりがないと理解して、
その上で直球で頼んでくるノアちゃん。
私は厳しく返すしかない。
「流石に無理よ。
いくらノアちゃんのお願いだってこればかりは聞けないわ」
「でも・・・」
「魔物を飼ったなんて話しは聞いたことが無いし、
その子が誰かを傷つけたらノアちゃんはどうするの?」
「・・・そうなる前に私が責任を持つから」
「どうやって?」
「ちゃんと躾けるから!」
「できると信じられる根拠が無いわ」
「・・・この子が誰かを傷つけそうになったら私がけじめをつけるから」
その時は自分で始末すると言うのか。
そこまで決心が硬いのか。
それとも衝動的に言ってしまったのか。
ノアちゃんはしっかりしていてもまだ子供だ。
それでも、ドラゴンの子供が妙な動きをしそうになったら、
誰かを傷つける前に始末するだけの技量はある。
それが本当に出来るかどうかはともかく。
頭ではわかっていても心が拒絶するなんて事はありえる事だ。
我ながら甘すぎる。
ノアちゃんの言葉を聞いて仕方がないと思い始めている。
けれど、やるならノアちゃんにちゃんと覚悟を持ってもらう必要がある。
「・・・その時は私が代わりにやるわ」
「え?」
「だから約束して欲しいの。
そんな事はさせないと全力で頑張ると。
もし代わりに私が手を下しても私を許してくれると」
「とっても自分勝手な事を言っているけれど、
いつかノアちゃんに致命的に嫌われるくらいなら、
今この場でノアちゃんに嫌われてもその卵は置いていくわ。
それならまだ仲直りできるって信じているから」
「・・・絶対にアルカにそんな事させない。
させたってアルカの事を恨んだりしない」
「今はそう思うけれど、
それはとっても難しい事なの。
もし私がセレネを意図的に傷つけたらノアちゃんは許せる?」
「アルカはそんな事しない!」
「もしの話しよ。
ちゃんと考えられないならこの話はおしまい。
厳しい事を言うけれど、
これは起こり得ることなの」
「ノアちゃんはこの先その子に愛情を持っていく。
その愛情を私が傷つけるかもしれない。
その事をしっかり考えて」
「これは私がノアちゃんとセレネと一緒に暮らすと決めた時も同じことなの。
中途半端な気持ちで出来ることではないの。
誰かの生活を守るっている事は、
誰かの命を預かるっていう事は、
相手を愛していなければ出来ることじゃない。
最初は愛していなくても、
そう接していれば愛するようになるものなの」
「私はノアちゃんとセレネを傷つける奴がいたら絶対に許せない。
だから私ならこんな約束は出来ない。
ノアちゃんはどう?
本当に私を許すことが出来る?
そこまでの覚悟を持つことが出来る?」
別に今ここで本気でそこまで想像できるなんて思っていない。
やるならそこまでの覚悟を持って欲しい。
ただそれだけだ。
「・・・そんな言い方ズルいよ。
私がアルカを嫌いになれるわけない!
そんな想像できるわけないよ!」
私はノアちゃんを抱きしめながら続ける。
「そうね。私だってノアちゃんを嫌う想像なんてできないわ。
けれどそれだけの覚悟は持って欲しいの。
その子を育てるなら必要なことなの」
「・・・わかった。
今はまだ良くわからないけど、
ちゃんと考えます」
「そうね。それで良いわ。
けれど、例え私はどれだけノアちゃんに嫌われても
絶対にノアちゃんを放したりしないから。
覚悟してね」
「・・・はい」
私はノアちゃんと卵を連れて教会に転移した。