41-23.反対派の反駁③
「ここまでは辻褄合わせばかりに言及してしまいましたが、戦後の懸念については依然として残っております。現ギヨルド王家を追いやってしまうのは得策ではありません。彼らは良き治世を続けています。ここ数年は特に目覚ましい成長を続けているようです。おそらく姉様の影響も少なくはない筈です。若き皇帝陛下の目指す変革を少なからず支持する者達も現れ始めています」
あら。向こうにも見る目がある人もいるのね。
「ですが先日のムスペル侵攻騒動でその評価も揺らいでいます。再び簒奪派が勢い付いたのもそれが原因です。侵攻取り止めはこれを加速させる事はあっても穏健派が力を取り戻すキッカケにはなり得ないでしょう」
このあたりはジゼルやアンジュの入れ知恵かしら。なんだか随分とややこしい事になっているようだ。反乱軍も一枚岩ではないらしい。
「姉様がどれだけのものを積み上げようと崩れ去るのは一瞬なのです。たった一つの判断で多くの者が見限ります」
まあ世の中そんなものよね。よく知らない人が相手なら尚更だ。鬼の首を取ったように騒ぎ立てる奴が、あること無いこと広めちゃうからね。私も何度か覚えがある。
「しかしそれは優しき者が上に立つ場合に限ります。圧倒的な強者が意図的に振りまく恐怖は人々の叛意を長く摘み取り続けるでしょう」
正直コレットちゃんの話し方は回りくどい。未だに何が言いたいのか見えてこない。フロルとは正反対だ。ついさっきそっくりな手口を示してみせたのに。これもまた意図的な振る舞いなのだろうか。フロルが嫌がる方法で挑発しているのだろうか。
「ツクヨミ姉様の干渉はギヨルドの民を歪めてしまうでしょう。そこに必ずしも圧政は必要ありません。独裁を敷かずとも人々を絶望させるには十分事足ります」
そうね。たった一人で国を落とす化け物に支配されてしまえば逃げ出すか、立ち向かうか、見ぬふりをするか、或いは信仰でも始めるか。どのみち多くの人々の生活を一変させてしまうでしょうね。
「強すぎる力は毒なのです。それを事更に振りまけば力無き民をも消耗させることとなります。ギヨルドの民もまた我らが皇帝陛下の民なのです。彼らはたった一度の恐怖を生涯忘れる事なく抱き続けるでしょう。人は負の感情に容易く囚われます。どうか彼らにも御慈悲を。自ら国を乱す判断はお控えください。斯様な力に頼らずとも姉様には十分以上の器がございます。我らが皇帝陛下。どうか恐怖ではなく慈悲を持って我らをお導きください」
コレットちゃんはギヨルドの民を口実として持ち出してきた。けれどこれはフロルも想定していた論法だ。既にその対策も話し合ってある。その場にはコレットちゃんも同席していた。当然フロルが何と返してくるのかも知っている。それに対しての反論も用意しているのだろうか。
「痛み無き傷はすぐに忘れ去られる。彼らは王がすげ変わろうと気にはせん。税の割合さえ以前と変わらぬなら多くの者は騒ぎ立てるようなこともせん。それでも僅かに騒ぎ立てる者達も現れようが、いずれ必ず飽きられ淘汰されるだろう。杞憂だ。全くの見当違いだ。出直してこい」
少しだけ失望を含んだ声音で言葉を返すフロル。
「痛み無き傷? 皇帝陛下ともあろうお方がそのように軽くみていらっしゃるのですか?」
すぐさまコレットちゃんも言葉を返してきた。やはりフロルの答えを前提とした策を仕掛けてくるのだろう。
「彼らもまた誇りを抱いているのです。皇帝陛下から見れば取るに足らない小さな誇りかもしれません。ですがそれでも一部の者たちは誇りと共に散るでしょう。王家を守れなかった。国を守れなかった。民を守れなかった。侵略者がその手にする場面を目の当たりにしながら何も出来なかった。彼らは絶望に打ちひしがれるでしょう。自ら命を断つ者すらいるでしょう。地下に潜って抗おうとする者達もいるでしょう。そんな忠義者達こそが姉様の仰る『僅かに騒ぎ立てる者達』なのです。姉様はそんな彼らこそを淘汰しようとしているのです。どうかお考え直しを。彼らこそ姉様が守るべき民なのです。統治者として相応しい選択を期待します」
「コレットちゃん。これはディベートよ。個人攻撃のような論法は控えてね」
「あ! いえ!? 違うんです姉様! これはその!」
「よい。面白い意見だ。一考の価値はある。トニアも一々気にするな。私とコレットの仲だ。妙な勘違いなんぞ起こしはせんよ」
「二人でやりあうだけならディベートの意味がないでしょ。二人とも皆を代表する立場だってことは忘れないでね」
「はい! トニア姉様!」
「むぅ」
もう。フロルったら。
コレットちゃんはフロルを意識しすぎね。完全にピンポイントな対策を練ってきてる感じだ。方向性が偏るのも致し方ない。カノンと違って最初からそのつもりで策を考えてきてるから軌道修正は難しそうだ。トニアに警告を食らっちゃったけどここからどう展開していくのかしら? それともフロルが返せずに終わっちゃう? 流石に無いと思うけど。いったいどうなることやら。
「如何なツクヨミとて、たったの一撃で全ての臣民を制御下に置くのは不可能だ。必ず取り零しは出るだろう。コレットの言い分も正しいものだ。さりとて秘密裏に進めたところで意味は無い。王に化け、少しずつ内側から侵蝕していく手も無いでもないがな。しかしそのような姑息な手に頼っていては脅威を示せん。ただのペテン師でしかない。トリックがあると示すようなものだ。私達の後の目的を考えるならばツクヨミには派手に動いてもらわねばならん。圧倒的な力の差を衆目に見せつけねばならん。しかしそうなればコレットの言う通りだ。必ず抗う者は現れる。それは欲の為とは限らん。忠義や情愛が故に命賭けで挑んでくる者も少なくはあるまい」
今度はフロルがコレットちゃんの論を補強した。もう幾度となく繰り返された流れだ。
「困った。これは八方塞がりだ。我とて悪戯に民を脅かしたいわけではない。しかしこれはツクヨミの手を借りずとも同じ話ではなかろうか。ギヨルドは我が直轄領に手を出した。制裁は必要だ。その負担が結果的に民へと及ぶのも致し方のないことだ。国家とはそういうものだ。わらわはギヨルド王家に矛先を向けるのではない。ギヨルド王国に罪を償えと迫るのだ。ギヨルド王家がジスカール伯を突き出して事なきを得ようとするのか、国庫とは別に王家の為にと蓄えられた資産を解放するのか、或いは民に負担を強いるのか。その償い方にまでわらわが口出しするつもりはない。しかしどのみち同じことだ。民への影響は免れん」
「それでも影響の差は計り知れないものとなるでしょう」
「全ては推論だ。全ての民が等しく心を折られる可能性もある。そこはツクヨミのパフォーマンス次第だ」
「まるで夢物語ではありませんか。現実はより複雑なものなのです。勧善懲悪とはまいりません。二次的な損壊も数多と起こり得るのです」
「それこそ検証が必要なのではないかね? 最初にアルカが告げた通りだ。国取りの前にギヨルドを実験台としよう。民の反応をよくよく観察するのだ。我らならば必ず次の作戦に活かせる筈だ。ギヨルドの者達に負担を強いる事で、今後我らの民となる者達を必要以上に傷付けずに済むのだ」
「なんと勝手なお考えでしょう。例え神とて、この世界を自らの実験場のように扱うのは傲慢が過ぎるのではありませんか?」
「此度はその神が参列している。迂闊だなコレットよ」
「あ……」
真っ赤になっちゃった。可愛い。素で抜けていたようだ。
「だそうだが、ニクスよ。ふふ♪ 言われておるぞ♪」
傲慢な神様ことニクスさん。どうぞご回答を。
「まあ、うん。ぶっちゃけ実験は何度もしてるよ。どころか取捨選択だって珍しいことじゃない。そうでなきゃとっくに世界なんて滅びてるからね」
そうしてこの世界に呼び出されたのが私だ。私の人生はニクスの傲慢によって大きく狂わされた。もちろん恨みを抱いた過去もある。ニクスは元々そういう神様だ。少なくともこの世界においては試練と災を司る神だ。人から見たら傲慢だと思われることだって何度もやっている筈だ。だけどニクスを詳しく知る者達は皆許してきた。多少ポンのコツではあるけど、勤勉で真摯で一途な誰よりこの世界を想ってきた存在だ。私達の中でそれを疑う者は誰もいないだろう。
「ごめんなさい……」
「いや、うん。気にしないで。私に言ったわけじゃないのもわかってるし。そもそも事実だし」
「うぅ……」
「あ、いや、その。あはは~……」
気遣い下手か!
「コレットよ。落ち込んでいる暇は無いぞ。話を続けるがいい」
フロルが優しく助け舟を出した。このままコレットちゃんを追い詰めるつもりは無いようだ。
「はい。姉様」
コレットちゃんも自らの頬を打って顔を上げた。どうやらまだ心は折れていないらしい。頑張れ。コレットちゃん。




