41-22.反対派の反駁②
「それでは姉様。そして皆様。どうぞ私の論をお聞きくださいませ」
自信満々のコレットちゃんが反対派の代表として立ち上がった。ある意味最もフロルの手の内を知っている子だ。これは一筋縄ではいかないだろう。……まあ、コレットちゃんが向こうに行った以上、私としても本当にもう賛成で居続ける理由も無いのだけど。いっそ私も反対派に移ってしまおうかしら? フロルとグリアから怒られる? だよねぇ~。
「先ずは姉様ご自身も仰るとおり、やはりギヨルド強奪にはメリットがありません。実利に限るのであれば皆無とすら言えるでしょう。誇りと誓いの為に奪うにはリスクが高すぎます。最悪、現皇帝勢力の分裂すら招きかねません。こちらは先程カノン姉様がおっしゃったことでもありますね」
まあそこはツクヨミが奪うからさ。言う程デメリットも大きいわけじゃなくない?
「例え我々とツクヨミ姉様が敵対関係を主張しようとも、素直に信じぬ者達も必ず現れます。我らが主、ひいてはヴァガル帝国との関係性を邪推するでしょう。そしていずれ真実へと辿り着くのです。ツクヨミ姉様の干渉を二度に増やせばその可能性は単純に倍にした以上に高まることでしょう」
確かにその懸念もある。私達がどれだけ上手く立ち回ろうとも彼らはいずれ必ず気付くだろう。何故なら彼らからすればギヨルドをこの時点で落としておくメリットも存在するからだ。
彼らはツクヨミの力を知らない。そしてツクヨミがギヨルドを奪い取る際に全面戦争を仕掛けることはありえない。精々城一つを無力化するだけだ。勝手に玉座に座って歯向かう者達を洗脳し、強制的に味方につけるだけだ。そうして中からひっくり返すのだ。
だから彼らは勘違いするだろう。ギヨルドの王国軍が真っ向から戦えていたなら、凶悪な侵略者とて無事では済まなかったのだと。
結果、ツクヨミが今の段階で仕掛けたのは、反皇帝軍の兵力が纏め上げられる前だったからなのだと勘違いすることになる。それを脅威に思った皇帝が差し向けてきた悪辣な工作員だったと認識するはずだ。
ツクヨミと共に諸侯の前で私が実力を見せつければ彼らは確信に至るだろう。世界中にそんな化け物が何人も存在する筈がない。なら出どころは一つだと考える方が自然だ。そう考えて、全てはあのアルカの仕込みだったのだと納得してしまうのだろう。無理やり私を悪役にしたい勢力は未だに存在する筈だ。例え事実無根だったとしてもそんな答えを導き出していたことだろう。
当然その後の国取りについてもツクヨミの行動理由を裏付ける結果にしか繋がるまい。最初から全てが私の目論んだ茶番だったと考えるだろう。ヴァガルで私とツクヨミに関連性を持たせてしまえば気付かれる可能性は遥かに高くなる。
セレネ達も同じ事を考えていた筈だ。だからこそ私はちょい役なのだろう。クレアとセレネに力を授け、更には残った全てを神へと返上し、表社会からは姿を晦ますのだろう。
この計画には私の冤罪を晴らす意味も込められているのかもしれない。神から直接力を貰っていたのだから、かつて魔王と戦ったのも真実だったのだと関連付けて広めるつもりかもしれない。
当然地下の町の件も何かしら対策は考えてあるのだろう。私が力を失ってしまえば抑止力として通用しなくなってしまう。けどその辺りのことはまだ教えてもらえなさそうだ。やっぱりセレネ達は私を関与させるつもりは無いみたいだし。既に本来の計画の意味は無いと明言はしていても、そこは変えるつもりが無いらしい。
それより今はギヨルドの件だ。コレットちゃんは優先度の話ではなくデメリットの方を前面に押し出してきた。どうやらカノンの打ち立てた方針からは大きく変えているようだ。
「この問題点を解決する手段は果たして存在するのでしょうか。当然私もいくつか考えてみました。例えばツクヨミ姉様がギヨルドを奪う際に全面戦争を仕掛けたとします。ツクヨミ姉様は唯一人として怪我人を出すことすらなく、これを下して見せるでしょう。ギヨルドは全面降伏を決断するでしょう。圧倒的な力の差を見せつけられて自棄になる可能性も考えられますが、いずれは現実を認めざるをえないでしょう」
そこまでいくにもそれなりに手間暇掛ける必要はあるだろう。全面戦争の場に王族を一人残らず連れ込んで力の差を見せつけるくらいしないとそもそも信じてくれないだろうし。
ただそうまでしても信じてもらえるかはわからない。正直真っ向から全軍を怪我もさせずに打ち破る武力を信じるよりは、全員が一斉に幻術にでもかけられたと考える方がまだ信じられる話だろうし。
かと言って私達は虐殺がしたいわけじゃない。もちろん必要なら死傷者を厭わない戦いにだって身を投じることはあるだろう。だが今回はそんな必要が全く無い。怪我人を出す理由がない。だから加減しよう。ただそれだけの話だ。けどそうそう破るわけにもいかない最低限のルールでもある。
彼らが被害も無しに敗北を受け入れられるかは難しいところだが、その程度の問題はクリアできなきゃ国取りだってままならない。だから既に策はある筈だ。あまり気にすることでもない。
「無事に力の差を示しつつギヨルドを陥落せしめたとしましょう。さて。今度はそのギヨルドをどのように奪い返して見せましょうか。賛成派の案としては武闘大会の大舞台で我らが主様にこれを為してもらう算段でした」
私は侵略者に及ばない。これが教会組が公開予定の設定だ。出来ればそこを崩したくはない。
「しかし主様を関わらせるのは先に申し上げた通り問題があります。主様は元々並外れた強者として警戒されています。さぞかし影の支配者を気取る連中には推測し甲斐のある出来事となるでしょう。主様さえ関わっていなければ、遠方の大国で起きたという世迷言と認識する者達も大半を占めるでしょう。逆に問題児アルカの関与した一大事件となれば、相応に皆の視線も集めることとなるでしょう」
私の名前が出るか否かで信憑性に差が出るのか。ありえない話じゃなさそうだ。
「国取り計画との関係性を鑑みるならば、ニクス姉様にお越し頂くのが最も理に適っていることでしょう。一度は侵略者を退けた我らが女神。しかしそれは単なる小手調べにすぎませんでした。次に女神の本拠を責めた侵略者は今度こそ本気を出すのです。一度戦ったことによって対策も万全です。これならば物語としても収まりがよろしいかと存じます」
そうね。私以外に相応しいとしたらニクスよね。とは言えそれはあくまで侵略者との関係性の話だ。ニクスにはヴァガルを救う理由がない。武闘大会に偶々参加した、或いは侵略者の危険性を察して紛れ込んだにしても、そもそも何故皇帝フロルは侵略者を放って武闘大会なんか開いたのかって話になってしまう。その前から神と通じていないと無理がある。
女神ニクスと私の関係性はセレネを介して世界に広まっている筈だ。私がセレネと共に行動していた事は知れ渡っている。私がヴァガルにいることにも結果的に気づかれてしまうかもしれない。
やはりニクスではダメだ。一見私達と関係が無く、元々ヴァガルと縁の深い人物でないとだ。しかも皇帝がギヨルドを一人で落とした化け物にぶつけようと考える程の実力者でなければダメだ。そんな都合の良い人物が果たして……。
「さて。皆様もお気づきかと思います。ニクス姉様もまたその役を演じるには相応しくありません。今現在信仰が盛んな土地はヴァガルの地から遥か遠方の国にございます。わざわざ女神様ご本人が乗り込んでくる理由がございません」
とすると、後は一人だけか。
「そして実はここに都合の良い人物が一人だけ存在するのです。クレア姉様。貴方様ならば縁も力もございます。侵略者が小手調べの相手とするだけの理由も備えています」
クレアは隣国ムスペルに呼び出されていた。しかも入国した記録は残っているが、逆に出国した記録は無いはずだ。
そもそも今のクレアは元の姿から十年は若返っている。そしてクレアは私程注目されているわけでもない。元々ギルドでも度々行方を見失っていた問題児でもある。クレアが今何処で何をしているのかは誰も気がついていない筈だ。
どうしてヴァガルを訪れたかについてはステラの件でも絡ませてしまえばいい。ステラはフロルが亡命させていたことにでもしてしまおう。諸侯はフロルがステラを探していると知っていた筈だが、それはフロルの策だったことにすればいいのだ。諸侯すら騙し、ステラの身の安全の為にわざと知らないフリをした。サンドラ王妃にステラを託したのはフロル自身だった。そんな物語をでっち上げよう。クレアはステラの里帰りについてきたのだ。そして武闘大会と侵略者の事を知り、自らが討とうと名乗りをあげるのだ。
「勘弁してくれよぉ。ただでさえセリフ覚えるのに苦労してるってのに……」
え? 演技指導までされてたの? まさかそこがボトルネックで作戦が中々始まらないわけじゃないよね?
「ふふ♪ ですがやってみたくはありませんか? 自らの師と大舞台で思う存分戦えるのです♪ 最後の結果こそ定められたものではありますが、その過程についてはクレア姉様のお好きなようにして頂いて構わないのですよ?」
「うっ……わるかねぇけどよぉ……」
なんでコレットちゃんがクレア口説いてるの? 今は反対派でしょ? ここからは反対意見に繋げるんでしょ? 予めフロルの反論を封殺しようとしているだけなんでしょ?
「まあ冗談はこのくらいにしておきましょう。本当にクレア姉様がやる気になられても困りますし」
だよね~。
「とまあ、クレア姉様が主様の代わりに武闘大会に出ると言うのなら大部分の問題は解消されるのではないでしょうか」
あれ?
「そうなればツクヨミ姉様がギヨルドを落とすことも問題は無いはずです」
コレットちゃん?
「ですが」
もう。振り回してくれるわね。
「それでも私は姉様を止めてみせましょう。私はもう姉様に守られてばかりの幼子ではありません。どうかご安心頂きたいのです。その為だけに私は意地を張りましょう」
なるほど。ここまでが前置きだったのか。随分長かったわね。それにフロルの手口を真似るつもりのようだ。これもまた挑戦者としての拘りなのかしら。
「よいぞ。好きなようにかかって来るがいい。わらわはその尽くを打ち破ろう」
「はい! 姉様!」