41-19.反対派の反駁①
「論外よ。最初にハッキリ言いましょう。貴方の考えは話にならないわ。自ら戦争を起こすですって? よくそんな事が口に出来たわね。それが皇帝のあるべき姿だと? あなたは皇帝以前に統治者としても人としても失格よ。それでいったいどれだけの人が犠牲になると思っているの? それもあなた個人のくだらない拘りの為によ? 国としてなんら得る物も無いのによ? いったいそれで誰が付き従うと思うの?」
カノンは静かな怒りを湛えながら尚も言葉を続けていく。
「勘違いしないで頂戴。先程私が同意したのはあくまで圧力をかけるところまでよ。戦争が起きるかもしれないというのはその後の話よ。だから回避しましょうと話していたつもりだったのだけど? あなただけは違ったのかしら?」
これは本気だ。本気で怒っている。
「ツクヨミを駆り出さないなら自ら戦争を起こすだの、そうなるようバシュレー伯爵家に罰を与えるだの、つまりそれって私達を脅しているのよね? 私達が認めなければそれを実際に行う覚悟があるのよね? 私達がこれまで必死に止めようとしてきた戦争を自らの手で起こすのよね?」
フロルの主張が些か乱暴だったのは間違いない。けどフロルだって当然そんな事を望んでいるわけじゃない。だからツクヨミに頼ろうとしているのだ。フロルだって戦争は避けようとしている。カノンだってそれはわかっている筈だ。けどそれでも許せなかった。フロルの考えは認められなかった。皇帝として発する言葉と家族に向けて発する言葉は違うのだとしても、そんな甘えは認められなかったのだろう。
「あなたは間違いなく求心力を失うわ。あなた自身が口にした事よ。ヴァガル帝国の民はすべからく現皇帝の乱心を知ることとなるでしょう。当然私達も許しはしないわ。民にも家族にも泥をかけて、それであなたのお兄様が望んだ皇帝になれると思うの? これじゃあまるで無駄死にじゃない!」
「カノン!」
「! ……ごめんなさい。言葉が過ぎたわ」
トニアの静止で冷静になったカノンはすぐに頭を下げた。
「いや、良い。カノンの言う通りだ。わらわが調子に乗りすぎたのだ。カノン達が何の為に尽力してくれていたのか知りながら口にする事では無かった。勿論実際に戦争を起こしたりはせん。握り潰すならバシュレー伯爵家への罰も無しだ。信念としての言葉を撤回するつもりは無いが、それでも統治者として選択を誤りはせん。だが可能なら追及の為の手は伸ばしたい。それも諸々の条件を見定めた上で慎重に行おう。当然家族と決めた内容も含めてな。最終決定には必ず従う。すまんな。カノン。説得の為の手段も選ぶべきだった」
「いえ、ほんと、ごめんなさい……。わかってたの。フロルにそんなつもりは無いって。これはただ議論の為に必要な駆け引きだったんだって……。それなのに……」
「大丈夫だ。私は怒ってなどいないとも。それに元はと言えば私が過剰に焚き付けたのが原因だ。私はカノンを怒らせて冷静な判断力を失わせようとした。カノンならばこんな事は言われずともわかっているだろう? カノンは私の策に嵌まっただけだ。むしろ私を褒めておくれ。流石にこれは調子に乗りすぎか? すまんな。つい加減を忘れて甘えてしまう。カノンは頼り甲斐があるからな。何時も助かっているのだ」
「……ありがとう。フロル」
「こちらこそだ。さて少し休憩を入れようか。ここまでぶっ通しだったものな。なんならそのまま作戦会議に入ってもらってもかまわんよ。どうやら私達も論を立て直さねばならんようだ。今度はもう少し穏便な方法で説得するとしよう」
「ダメよそれは。フロルの意見は決して間違っていたわけではないわ。私が感情的に否定してしまっただけよ。あれも一つの論理だもの。だからもう一度チャンスを頂戴。今度は冷静に返してみせるから」
「うむ。勿論だ。折角の機会だものな。ここで終わってしまっては勿体ない。まだまだ楽しもうではないか」
「ふふ♪ 望む所よ♪」
良かった。無事に仲直り出来て。
フロルは自分で言うだけあって大人な対応を示してみせてくれた。たしかにフロルのやり方は褒められたものではなかったけど、こういう時は先に感情に飲まれてしまった方が負けだ。一先ず議論の方も賛成派の優勢と言ったところか。
「フロル、カノン。ここで一旦皆の意見も聞いてみようか。二人は皆の話を聞きながら休んでいてね。その後休憩と作戦会議にも入るわ。もしかしたら意見を変えたい子がクレア以外にもいるかもだし」
トニアの提案に皆が賛成を示した。フロル達の白熱っぷりに火がついた子もいるようだ。
「なら先ず私からよ」
セレネが司会の差配も待たずに名乗り出た。黙って眺めているのもそろそろ限界だったようだ。ナイスタイミングね。トニア。
「ノア。こちらにいらっしゃい。今ならまだ許してあげるわ」
おっとぉ? それはラフプレーじゃないかなぁ?
酷い盤外戦術だ。まさかド直球で引き抜きに来るなんて。それも若干脅す感じだ。ノアちゃんが屈する筈も無いけど。
「仕方ありませんね」
え? ノアちゃん?
ノアちゃんはあっさりと私達を捨てて反対派に寝返った。
「ちょっとノアちゃん!」
「言ったでしょう。私は元々中立です。クレアさんが移った分を補うなら私が適任です」
「ニクスも来なさい」
「ダメですよ。セレネ。調子に乗りすぎです」
本当よもう。仕方ない。セレネはノアちゃんに任せたわ。
「あの!」
「どうぞアムルさん」
まだ接点が少ないからかトニアがさん付けで呼んでる。そろそろ家族も増えすぎて顔見知り程度の関係性しかない子達も増えてきたわね。あの一年間を共にしていない子達は尚の事だ。また深層籠もりしようかしら?
「私賛成派に移ります!」
「理由を聞いても良いかしら?」
あ、一応そこは確認するんだ。ノアちゃんみたいな理由でも認められるみたいだから、そう厳しくはないだろうけど。
「私はニクスの信徒です! ニクスの意思に順じたいのです!」
「う~ん……」
トニアが困り顔だ。六百年前の宗教観は流石にご存じないらしい。
「認めてあげるわ。行きなさい。アムル」
えぇ……そこでセレネが承認するの? なんか急にセレネの策略みたいになっちゃったじゃん。アムルが工作員に見えちゃうじゃん。無いだろうけどさ。
「うちも! うちも移りたい!」
「「それはダメ(なのです)!」」
ジゼルぅ! そんな事言わないでよぉ!
「ダメだよ。アルカ。クロエ。本人の意志を尊重しなくちゃ。それじゃあジゼルさんの理由も聞いていいかな?」
「うち今の王国が好きやもん! 愛国心なんか無うても滅ぼしとうもなれへんで!」
「許可するわ。どうぞジゼルさん。移って」
「「えぇ~~!!!」」
「諦めよ。端からわかっていたことだろう」
そうだけどさぁ……。
「ならグリア! こっちに来て!」
「泥舟に乗れと?」
「グリアさえいれば心配要らないわ! たった今から豪華客船よ!」
「ふむ。まあ良いだろう。どうせ負け戦だ」
グリアは案外あっさりこちらに移ってくれた。セレネやトニアに確認も無しだ。どころかセレネも止める様子が無い。
「負け戦ってこっちが?」
「……ふっ♪」
グリアには何が見えてるの?
「またバランス崩れちゃったね。もう一人移る人はいるかしら?」
「私に! 私にチャンスをください!」
予想外の人物が手を上げた。皆の視線が一気にその小さな姿へと集まった。
「どういうつもりだ。コレット」
「次こそ姉様に勝ちたいのです! 負けたままではいられません!」
「それはカノンも同じだ。今回は諦めろ」
「いえ、私は別に良いわよ。コレットちゃんに譲ってあげても」
「先程望むところだと申したではないか」
「ええ。確かにまだ物足りなくはあるんだけどね。けど私完敗しちゃったもの。このまま反対派を率いるには力不足よ」
「それはコレットも同じだ」
「だからこそ良いんじゃない?」
「カノンが良いと言うなら構わんがな」
「ありがとうございます!!」
「しかし無様を晒せば許さんぞ。これは元々お前が原因で始まった騒ぎだ。それを否定すると言うなら相応の覚悟を持って臨むがいい」
「はい! 姉様!!」
気合十分だ。何やら勝機でも見出したのかもしれない。先程のお兄さんの話とかにも何か思う所でもあったのだろうか。
結局コレットちゃんの移籍は認められた。これでまた七人ずつだ。
賛成派がフロル、私、クロエ、ニクス、クレア、アムル、グリア。
反対派がカノン、セレネ、セフィ姉、アンジュ、ノアちゃん、ジゼル、コレットちゃん。
半分くらいメンバーが入れ替わってしまったけれど、なんだか今の状態の方が正しい形な気もする。ここからが後半戦となるのか、或いはあっさりと決着がついてしまうのか。
はてさていったいどうなることやらだ。