41-16.賛成派の反駁①
「先ずは偽神の干渉についてだったな。これは認めよう。わらわは確かに影響を受けていたのだろう。うむ。ここで無駄な抵抗なんぞせんとも。一つ一つ認めていかねば論理の積み重ねなど成り立たんからな」
賛成派の反駁が始まった。フロルは先ず最初に同意を示してみせた。しかし当然これだけでは終わらない。
「なれば我々は『偽神が関与しているなら消極的になろう』という基本姿勢の方をこそ議論の的としよう」
当然そこを突き崩さねば賛成派の意見は通らないだろう。
「ダメよ。それは論点のすり替えよ。今話し合うべきことでは無いわ。最低限の約束事として根底に敷かれている以上この場ではなく改めて議論の場を用意しなさい」
カノンはバッサリと切り捨てにきた。カノンの言い分もまた正しいものだ。論点が増えていけば元の議題がぶれてしまう。偽神の件だって散々話し合ったことだ。またあれを繰り返すとなれば、相応にこの会議も長引くことになる。
「それは些か暴論に過ぎるのではないかね? まるで法のようではないか。しかし法とて絶対のものではない。必要とあらば見直しもされるものだ」
「裁判の最中に改定されることはありえないわ」
「しかしそもそもこれは法でも裁判でもない。ただの口約束の決め事だ。そこまで厳格でなくとも良いはずだ。小さなコミュニティだからこそ我々は小回りを利かせられる筈だ。そのメリットを殺してしまう判断は如何なものだろうか」
「小さなコミュニティだからこそ口約束が大切なのよ。家族ってそういうものでしょ」
「ならば何故偽神に関する約束だけが法のような拘束力を持つと言うのだ? 今カノンは単なる口約束だと認めたではないか。子の関心を約束だからと切って捨てるのか? それが正しき大人の姿勢か? あまつさえ子の方から話し合いを申し込んでいるのに? それでは健やかな子は育たんだろう」
それだと私達の意見は子どもの我儘みたいにならない?
「面倒だからと思考停止する親を見て育った子は、同じように思考を止めてしまうものだ。或いは親に話すだけ無駄だと感じ、親からすれば勝手な事ばかりする子供へと育つのだ。それと同じ事は我々にも言えるのだぞ。アルカが勝手ばかりをするのは無意識にそんな考えを抱いていたからでは無いのか?」
違うよ? そんなこと考えて無いよ? ちゃんと信頼してるよ? だから皆そんな目で見ないで……。
「何も約束を撤回しろと頼んでいるわけではない。あくまで例外を認めて欲しいという交渉だ。少しばかり話を聞いてくれても良いのではないかね?」
「……交渉は認めましょう。本当に今回だけの例外だと言うのなら」
「うむ。約束しよう」
渋々と承諾したカノン。しかししっかりと言質を取られてしまった。これではフロルの言っていた基本姿勢を議論の的とするという意見も潰されてしまった。あくまで今回限りの例外であるという枠の中で話し合わなければならない。フロルとしては最善の結果とは言えない筈だ。それでもフロルは満足そうに頷いて見せた。兎にも角にも相手から譲歩を引き出せたのは間違いない。少なくとも一歩は前進したはずだ。
それはそれとして、私の事を引き合いに出されるなんて聞いてなかった。めっちゃ恥ずかしい。居た堪れない。しかも総括すると私が子供だって話にならない? そう思われるのも無理はないけどさ……ぐすん。
「では話を続けよう。先ず最初に偽神の目的を思い返してみよう。そこに今回の件が例外と呼べる理由がある。偽神の目的は何か。それは当然私も聞き及んでいる。何よりアルカとノアの幸せを掴み取る事だ。その一つの指標としては家族が増える事だろう。我々の住むこの世界は奴にとって一つの箱庭に過ぎぬ。しかもその箱庭は際限無く湧いてくるのだ。一つくらい乱暴に扱っても構うまい。そろそろ似たりよったりで飽きてきたし大きな変化を産んでやろう。そんな考えの下、奴は二大国をぶつけようと画策した。その中心となったのが我が半身であるエステルだ」
「話しが逸れていないかしら?」
「うむ。そうだな。今更諸君に語って聞かせるような内容でもなかったな。しかし重要な部分だ。ここから読み取れる内容もあるだろう。それは何だと思うかね?」
フロルは誰に問いかけるでもなく独り言のように疑問を放ち、少しだけ間を置いてから言葉を続けた。
「そう。偽神が飽いているという事だ。自ら築き上げた箱庭を戦火で包もうなどというのは末期も末期だ。最も大切なノアが傷つくことすら厭ってはない。サンドボックスゲームで長い時間をかけて作り上げた建造物に爆薬を仕掛けるような所業だ」
フロルってゲームも好きなのよね。ルネルは複数人プレイが好きだけど、フロルは一人で黙々とやる系が好きみたい。
「諸君もマ◯クラくらいやった事があるだろう? あれは中々に面白い。偽神の気持ちも推し量れるというものだ。バックアップさえ取ってあるなら憂い無く破壊出来る。或いは世界そのものをまっさらな状態からやり直そうと思った事も一度や二度ではあるまい。そうして破壊し尽くした世界には何の興味も無くなるのだ。二度と思い返す事もあるまい。折角取ったバックアップも埋もれていくだけだ。我々の世界はそんなものの一つに過ぎん。偽神にとっては最早思い返す価値も無い。わかるかね? 我々はとうに忘れ去られている。最早奴の脅威なんぞ恐れる必要は無いのだ」
「約束が違うわ」
「違わんとも。これは私の考えを話したに過ぎん。本題はまだここからだ。もう暫し耳を傾けていておくれ」
「……続けなさい」
カノンは不満げながらも先を促してくれた。
「つまりここから何を言いたいのかと言うとだな。既に偽神はこの世界を訪れた。自らの目で見て価値無しと断じた。ならば直近でこれ以上の手を回してくる事はあるまい。奴は戦争の火種を撒くだけ撒いて興味を失ったのだ。再び興味を持つとしても遙か先の事だ。いよいよこの世界が限界に達し完全に消滅するのではとなってから、未練がましく開いてみる時だ。バックアップの保存先が容量不足で消さざるを得なくなった時、本当に消していいものかどうかと確認するのだ。奴が持つというこの時間軸の管理者としての力が薄れ始めた時、奴は我々の事を思い出すだろう。だからそれまで過剰に恐れる必要は無い。今は特に安全だ。奴から関心を向けられる事だけは絶対にありえない。わらわにはわかる。奴の気持ちが。アルカはアルカだ。どれだけ腐ってしまおうともな」
いや、うん。私は言ってる事理解出来るけどさ。……バックアップの例え皆には伝わらなくない? 別にマ◯クラは必修科目でもないんだし。そもそもそこまでやり込まないし。というかシーちゃんに頼めば容量はいくらでも増やせるだろうし。むしろ何で制限かけてたし。
「それでは弱いわね。フロルの所感以上の根拠は無いわ」
ごもっとも。
「わらわはアルカの理解者だ。その証拠にアルカも今の話は理解出来よう?」
「え? あ、まあ。うん」
いきなり話を振られて驚いてしまった。私には喋るなって言っていたのに。
「なれば偽神の事も理解出来る。当然の帰結だな」
「アルカと偽神を一緒にしないで」
おっと? カノンがちょっと苛ついてる?
そう言えば私が絡むと皆感情的になってディベートが成り立たなくなるとか言われたわね。もしかしてわざと? 私を引き合いに出す事でカノンの冷静さを崩そうとしてる?
フロル汚い。それはズルい。私には喋るなと言っておいて自分は利用するなんて。確かに手っ取り早いのかもだけど。まあでもフロルらしい。フロルはそういう子だ。元々。